↓第14話 すごく、おいしそう。

 迷子たちが最初に向かったのは、生徒会会長『勝神良太かすかみりょうた』の経営するレストラン――『帝鯨ていげい』。


 大きな店舗の周囲には、巨大な提灯ちょうちんや大漁旗などを掲げ、遠くから見ても目立つ演出がなされていた。


 表の看板には、王冠をかぶったコミカルなクジラが描かれており、これは『帝鯨』のマスコットキャラだという。


「スンスン……あっ、いい匂いがします! あそこに行列ができてますよ! 外で食べるスペースもあるんですねじゅるり!」


「おい、捜査対象がイカ焼きになってんぞ?」


「私たちはこっちねぇ」


 左右からメイドに挟まれた迷子は、ズルズル引きずられて店のドアを潜る。


「いらっしゃいませー!」


 すると快活な声が響き、女性のウェイトレスが笑顔で出迎えてくれた。


「わぁ、けっこう広いですねぇ」


 迷子は店内を見渡した。

 室内は約1000席を完備していて、ショッピングモールのフードコートを思わせる。

 6カ所の厨房で、異なるメニューが作られているようだ。

 お客はそれぞれのブースで注文し、セルフサービス方式で料理を受け取る。

 特定のエリアにウェイトレスが配置されているが、これはお客を案内したり、机やフロアを清掃する専門のスタッフらしい。


「ん? あそこの席なんか変わってません?」


 迷子は目を凝らしながら歩いていく。

 その隔離された空間は、至るところに様々なジャンルのレコードが飾られてあった。


「クラシック、ジャズ、レゲエ――棚にもいっぱい置いてあるぜ」


 うららがジャケットに視線を這わす。


「どうもここのオーナーの趣味みたいねぇ。ほら、壁に説明書きが」


 そう言ってゆららが指を差すと、その文面に迷子が目を通した。


「フムフム……勝神さんはなかなかの音楽好きですね」


 オーナーの趣味を理解すると、「とりあえずなにか注文しましょう!」と言って、迷子は厨房のほうへと走る。

 聞き込みをするよりもまず、早くご飯が食べたいといった様子だ。


「あれ? ここのお店、品切れ多くないです?」


 迷子はそれぞれの店先に掲げられた大型のデジタルメニュー表を見て、首をかしげた。

 どこも『天然モノの海の幸』を使った様々な料理が表示されているが、そのほとんどに『SOLD OUT』のランプが点灯していたからだ。

 さっそく店のスタッフに尋ねてみる。


「すみません、もう売り切れちゃったんですか?」


「そ、そうなんです。かなり繁盛しているもので……」


 問われたスタッフは、視線を逸らしながら返答した。


「ふぅん、そうなんですか」


 お昼はお客が殺到する時間。

 このタイミングで食材のストックがないのはどうかと思うが、供給が追いつかないほど店が繁盛しているということなのかもしれない。

 迷子たちは仕方なく、用意できるメニューを選択した。


「あ、それとオーナーさんとお会いすることってできますか?」


「え、会長のことですか?」


「そうです。わたし、才城迷子と申します。昨日の事件のことでお話を伺えればと」


 スタッフは迷子の胸元に光るブローチを見る。

 精緻せいちに施された『藍の葉の家紋』は、才城家の人間であることを示す紛れもない証拠だった。


「かしこまりました。しばらくフロアでお待ちください」


「ありがとうございます!」


 迷子たちは料理を受け取ると、再びレコードの並ぶあの席へと戻っていった。

 ちなみに迷子は『海鮮丼ぶり』。

 うららは『焼き魚定食』。

 ゆららは『刺身の盛り合わせ』を頼んだ。

 それぞれのぜんがテーブルの上に並ぶ。


「それでは手を合わせて――」


 いただきます!

 の合図で、三人は料理に箸をつけた。


「ん~ッ! おいしいです! この時期にしては珍しく脂がのってます!」


「やっべぇ、ガチでヤバイぜ! 魚ってこんなにヤバかったのか!」


「ほんと、語彙力を失うおいしさねぇ」


 近海の幸に魅了されながら、三人は料理を食べ続けた。

 あっという間に完食して、しばらく余韻に浸る。

 お茶を飲みながらゆっくりしていると、コツコツと床を鳴らす革靴の音が近づいてきた。


「どうです、お気に召していただけましたか?」


 そう言って、背の高い男性が胸元に手を当てていた。


。――はじめまして、ここのオーナーを務めます『勝神良太』と申します」


「はじめましうっぷ。才城迷子と申しまっぷ」


 ちょっと食べすぎたらしい。

 咳払いで仕切り直した迷子は、改めて勝神の容姿に視線を巡らせる。

 彼の腰には『帝鯨』の刺繍ししゅうが入った黒いソムリエエプロンが巻かれており、長い黒髪は後ろで一つに束ねられて清潔感があった。

 目元はにっこりと笑っているが、どこか計算高いキツネのような狡猾こうかつさを匂わせる。


「これは驚いた。本当に才城家のお嬢様が来るなんて」


 勝神は『藍の葉の家紋』を一瞥いちべつし、細いまぶたを薄っすらと見開いた。

 紳士そうに構えているが、その裏には人を見下すような冷ややかさが窺える。


「さっそくですが勝神さん、今日は二、三お聞きしたいことがありまして」


「なんなりと」


 迷子はカタルシス帳を開き、質問に入る。


「昨日、星蓮海岸で水死体が発見されました。そのことについて知っていることがあれば、お窺いしたいのですが」


「水死体? ああ、騒ぎになっていたアレか」


「勝神さんは被害者の男性と揉めていたとの証言があります。それは本当ですか?」


「なるほど、俺を疑ってるワケか」


「形式的な質問です」


「いいだろう、別に隠すことじゃあない。確かに揉めたよ。食事がしたいと言うが金を持ってなかったんだ。『貧乏人は帰れ』と言ってやったよ」


「な……いくらなんでもその発言はどうかと思いますが」


 迷子は眉をひそめる。


「いいさ事実なんだし。それにあの風貌で身分証も持ってないんだ。どう考えても怪しすぎだろ? 店をうろつかれても迷惑だし、警察に突き出さなかっただけ感謝してほしいね」


 髪を撫でつける勝神を見て、迷子はムッと頬を膨らませる。

 冷静に呼吸を整えて、質問の続きを口にした。


「では、具体的にどのようなやり取りがあったんですか?」


「そうだな……端的に言えば口論だ。あとは胸ぐらを掴まれたくらいか? 一瞬、殴られるとも思ったが、相手もそれ以上は手を出さなかったよ」


「彼と会ったのは一度きりですか? それ以降この店に訪れましたか?」


「追い払ってからは来てないな。仕返しされるとも思ったが、それ以降は姿すら見ていない」


「なるほど。ちなみに昨日の午後三時ごろは、どこでなにをしていましたか?」


「その時間はたしか、店にいたよ。なんなら監視カメラで確認してくれ。スタッフに聞いてくれてもいい」


 そう言うと勝神は「オイ!」と手を挙げて、近くにいたウェイトレスを呼び止める。

 その女性に聞いたところ、勝神はその時間に事務所で入金の準備をしていたことがわかった。


「わかりました。では、死体の男性は知り合いですか?」


「まさか。あんなヤツ初めて見たよ」


 勝神は冗談みたいに言う。


「この辺りの住民ではないと?」


「そうだな。この辺りじゃあ見たこともない――」


 そうやって肩をすくめてみせたのだが、


「……いや、まてよ」


「どうしました?」


「変だな……アイツ、どこかで会ったか?」


 勝神はあごに指を這わせる。

 顔をしかめる彼に、迷子は続けて質問した。


「もしかして以前、この海岸に来ていたお客さんとかですか?」


「いや、そんなハズはない。あんなゴリラみたいなヤツ、来たら一発でわかるハズだ」


 勝神は記憶をたどる。


「おかしいな。知らないハズなのに、どこかで会ったような気がする……」


 そんな彼を見て、うららとゆららも顔を見合わせた。

 昨日、食堂で迷子も同じような反応をしていたからだ。


【勘違いだったら申し訳ないんですけど、以前どこかでお会いしましたっけ?】


 迷子がそう言うと、『X』はピクリと眉を動かしていた。

 そのまま手元に置かれたコップの水を一気に飲み干し、


「人違いだ」


 と、バツが悪そうに視線を逸らしたのを、メイドたちは覚えている。


「――ダメだ、わからない。すまないがこれ以上、俺が話せることはなさそうだ」


「……わかりました」


 時間も限られているので、最後に迷子はこの質問をぶつけてみる。


「それと勝神さん。二学期からはじまる生徒会選挙についてですが、やはり次も会長に立候補する予定で?」


「もちろん。星蓮学園のトップってのは箔がつくんでね。なんでもない肩書きだが、いろんなところで融通が利く。ある種のチートアイテムだよ。利用できるものは利用する。社会で名を上げるためにも、俺は会長の座を譲る気はない」


 その態度からは、どことなく地位や名声に執着しているような雰囲気が窺えた。

 上を目指すことに、彼なりの哲学があるのだろうか?


「――質問は以上です。ありがとうございました」


 迷子は軽くお辞儀をして、質問を終える。

 そして手帳を閉じようとしたそのとき、


「それより――」


 勝神は薄っすらと目を開き、こんなことを言う。


「俺からもひとつ頼みがある。この店の料理をSNSで拡散してほしい。アンタもそれなりに有名人だろ? 広告を打つよりいい宣伝になる」


「拡散……ですか?」


「そうだ。ウチの料理はどれも最高だ。実際食べてわかっただろ? こっちは捜査に協力してやったんだ。これくらいの見返りは求めて当然だろ?」


 かなり上からの物言いだった。

 うららが拳を握って立ち上がろうとした瞬間、迷子はそれを制して「わかりました」とうなずく。


「確かにここの料理は最高ですね。素材もいいものを使い、鮮度を保った適切な調理を施しています」


「フフ、それじゃあ――」


「ですから拡散しましょう。「料理はおいしかった」、と」


「なに……ッ!?」


「あとはそうですね。BGMの趣味はいいかもしれません。いっそ音楽をメインにした喫茶店など開いてはいかがです?」


「きっ、キサマ……ッ!」


 勝神は額に青筋を立てる。


「料理はおいしかった」――裏を返せば、それ以外に問題があるとも解釈できる。


「経営に熱心なのはいいですけど、勝神さんからは殺伐としたなにかを感じます。楽しくご飯を食べに来たお客さんにその気配を悟られるのは、いかがなものかと」


「このォ、言わせておけばぁ……ッ!」


「ほんとうに票がほしいだけで、この店を開いたんですか?」


 迷子は問う。

 しかし、わかったふうな口を聞くなとばかりに勝神はかぶりを振る。


「う、うるさい……ッ!」


 そして反射的に、迷子の胸ぐらを掴みにかかった。


「…………ッ!?」


 と、そのとき。

 彼の動きがピタリと止まる。


「へぇ、よく気づいたじゃん」


「賢明な判断ねぇ」


 横から放たれる二つの殺気。

 勝神が恐る恐るそちらを見ると、うららとゆららがニッコリと笑っていた。

 べつに彼女たちは、立ち上がって勝神を止めようとしていたわけではない。

 ただしうららは焼き魚の小骨を口にくわえて。

 ゆららは甘エビの頭を指先でつまんでいるだけだ。

 しかしその小骨の先端と甘エビの触角は、確実に勝神の眼を狙っている。


「グッ……!」


 勝神は押し黙る。

 もしこのまま殴りかかっていたら、彼は両目を失明していただろう。

 たとえ残飯だろうが、ニンジャの前では充分すぎる凶器になる。

 ここで暴力に訴えるのは、適切ではない。


「ぐぐぐっッ……!」


 彼は伸ばした手を引っ込める。

 脂汗がじんわりとにじみ、身体中の鳥肌が止まらなかった。


「……仕事に戻る。用が済んだらさっさと帰ってくれ!」


 そう言い捨てると、勝神は踵を返して厨房のほうへと消えていった。

 辺りを満たしていた緊張感が、一気に霧散むさんする。


「ふぅ、ひとまず聞き込みは終わりましたね」


「フン、いけすかないヤロウだぜ」


「まぁまぁ姉さん。それより勝神さんにはアリバイがありましたねぇ。『X』さんを殺したのは彼ではないということぉ?」


 考えるゆららを見て、迷子は答える。


「やっぱり星蓮海岸の呪いですよ! 女神が「うおりゃー!」って殴ったんです!」


「ねぇよ。迷推理してるヒマがあったら次いこうぜ」


 ツッコミを入れるうらら。

 残りの3人の証言が気になるところだ。


「じゃあ次は副会長の『日鷹ひだか』さんのところに行きましょう。ついでに呪いのことも聞いちゃいます!」


 そう言って席から立ち上がろうとした迷子だが、


「と、そのまえに――」


 くるりと回ってスイーツコーナーの方を見る。


「あっちに気になるデザートがあったんです! 迷ってる場合じゃありませんっ!」


 テーブルのスプーンを持ったまま、一直線にスイーツコーナーへと走り出した。


「もう、メイちゃんったら……」


「きっと前世はありだな」


 呆れたようにため息をつく二人。

 スイーツを爆食いする主人を横目に、ひとまず自分たちも甘いもので脳を休めることにした。


 このあと、日鷹のもとへ向かう三人だが。


 彼の証言は、迷子たちを混乱の渦へとおとしいれることになる――





――――――――――――

●お読みいただきありがとうございます。

 次回の更新は、10月6日の予定です。

 お時間のある方は、ごゆるりとお立ち寄りください。

 それではまた(^^)

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