↓第30話 へんな、いわかん。

「ふぅー。ごちそうさまでした!」


 夕食を終えた迷子は、湯飲み片手に顔をほころばせる。

 他のみんなもお茶をすすりながら一息ついていた。

 束の間のまったりした時間。

 天井に設置したブラウン管のテレビからは、BGM程度にニュースが垂れ流してある。


「あれ? なにやってるんですか?」


 迷子は澪に話しかける。

 彼女は食堂の雛壇ひなだんの前で考え込んでいた。

 そこは海で拾ってきた流木や石などを飾っている場所だ。

 かつて『オレンジ色の石』があったところを眺め、「う~ん……」と首を捻っている。


「なんだみおっち、石を盗んだ犯人が気になるのか?」


「あ、いえ。なんというかここだけ空白になってるのも変かなぁと思って。代わりになるものを置こうと考えているんですが……」


「なかなか決まらないのぉ?」


「はい、収まりのいい素材がなくて。明日あたりに集めてこようかと思っているんです」


「それならみおちゃん、とってもいいものがありますよ!」


 湯飲みをタンとテーブルに置いて、迷子が勢いよく部屋に走っていった。

 二階でガチャガチャと音がして、数分も経たないうちに階段から駆け下りてくる。


「これですっ! これを飾りましょう!」


「……これは!」


 バーンと差し出されたそれは、迷子の直筆サイン色紙だった。

 お世辞にもきれいとは言えない筆跡で「めいこ」と書いてある……。


「みおっち。こいつのことは忘れてくれ」


 うららが平坦な声音で、迷子の色紙を取り上げる。


「ちょ、返してくださいうららん! この色紙は100億兆円の価値があるんですから!」


「ねぇよ。なんだよ100億兆円って」


「とてつもなく価値があるということです! ただの紙と思ったら大間違いですよ!」


 手を伸ばして色紙を取り返そうとする迷子。

 グイグイ迫る主人を引き剥がそうと必死のうらら。

 そんな二人の姿を見て、「――ふふ、それもいいかも」と、澪はおかしそうに呟いた。


「迷子ちゃん、そのサインちょうだい」


「え、いいんですか?」


「迷子ちゃんが活躍したら、それこそ100億兆円になるかも」


「フフン、さすがみおちゃんです! 見る目があります!」


「やめとけよみおっち、それこそ本物の呪いにかかっちまうぞ」


「失礼ですようららん! それどころかこの宿には、ご利益の嵐が吹き荒れます!」


「嵐で吹っ飛ばされるの間違いだろ。いいからみおっち、星蓮荘が崩壊する前に今すぐそのサインに火を――」


 そんなとき。

 色紙を奪い返そうとしていた迷子の手が止まる。

 急におとなしくなったことを不思議に思ったのか、「め、迷子?」とうららが彼女の顔を覗き込んだ。


「そうですよ……」


「へ?」


「そうです……そういうことだったんです!」


「なにか閃いたの? 迷子ちゃん?」


「わかりましたよ。ここにあった『石』がなんでなくなったのか? それは『X』さんを殺害するために、犯人が持ち出したからです!」


 辺りは一瞬、静まりかえる。


「ここにあった石は、漬物石ほどの大きさがありました。殺傷力もあって凶器にはバッチリです! 犯人はこれで『X』さんを殴ったあと、海の中に石を投げ捨てたんです!」


 どうだ! と言わんばかりに胸を張る迷子。

 それを横目に、ゆららがお茶をすすりながら答えた。


「メイちゃん。それはないわぁ」


「へ? どうしてです?」


「さっきも言ったでしょ、『X』さんが死んでいたのは岩礁。現場付近には凶器となる石がゴロゴロと落ちて、わざわざ食堂から持ち出す意味はないわぁ」


「そうだぜ。仮に食堂から凶器を持ち出すとしても、軽くて殺傷力のある包丁のほうがよっぽど自然だろ? 雛壇の石を凶器にするのは無理があるぜ」


 二人の推理に、「なるほど……」と迷子は頷く。


「じゃあこういうのはどうでしょう? あえてここから持ち出すことに意味があるとしたら? つまり星蓮海岸の女神が、ドロボウの犯行に見せかけるための偽装工作を――」


「だから女神から離れろ! 犯人は神でも幽霊でもねぇって!」


 相変わらずの主人に、ゴスっと手刀を振り下ろすうらら。

 頭を摩りながら、「うぅ……」と迷子は小さくなった。


「まぁまぁ二人とも。どうですお茶のおかわりでも?」


 澪が気を利かせながら、なんとなくテレビのチャンネルを変える。

 するとある番組で、リモコンを持つ手が止まった。


『この度は誠に申し訳ございません』


 映し出されたのは、とあるニュースの映像。

 それは、澪がよく知る人物の謝罪会見だった――





――――――――――――

●お読みいただきありがとうございます。

 次回もお時間のある方は、ごゆるりとお立ち寄りください。

 それではまた(^^)

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