↓第29話 はんにんの、ねらい。
星蓮荘に戻った迷子と澪。
メイド二人はすでに中で待機していた。
食堂のテーブルに4人が座り、さっそくうららが口を開く。
「現時点の検死情報を持ってきたぜ。ゆららの見立て通り、『X』の致命傷になったのは後頭部の裂傷で間違いなさそうだ」
「……やはりそうですか」
「それに凶器も岩じゃないかって。まぁ、そこんところはもう少し時間が掛かるみたいだけど、一つ気になることを言ってたぜ」
「気になること?」
「傷口に微生物が付着してたらしいんだ」
「びせいぶつ?」
「ああ。なんでもあの岩礁地帯にしか生息しない珍しい種類なんだって」
「ということは、『X』さんは岩礁地帯に転がっている岩を使って殴られたんですか?」
「そうかもな。凶器になりそうなサイズの岩ならゴロゴロ転がってるし、使ったあとに海に捨てれば、証拠を隠せて一石二鳥だ」
それに続けて、ゆららが話しはじめた。
「ちなみに『X』さんの体内から毒物の類は検出されなかったようねぇ。少なくとも毒殺じゃあないわぁ」
「そうですか。ちなみにその岩礁についてですが、有力な証拠などは見つかりませんでしたか?」
「ダメねぇ、あそこは波の影響を受けやすいからぁ。下手したら証拠だけでなく、『X』さんの死体も流されてたかもぉ」
「岩礁に引っ掛かってたのは奇跡かもな。沖に流されてたら事件にすらなってなかったかもだぜ」
うららは肩をすくめる。
「う~ん、現場から手掛かりを見つけるのは難しそうですね……。ちなみにその他の情報は?」
「ええ、仁紫室さんについての続報だけど――」
迷子の問いに、ゆららが口を開く。
「単刀直入に言うと、裏で『売春の斡旋』に関与しているらしいのぉ」
「ば、ばいしゅん!?」と、迷子はガタンと席から乗り出す。
話を聞いていた澪も、一瞬、動きが止まった。
「ウワサによればそういった仕事を希望する女性を集めて、ホテルの部屋を貸し出しているってぇ。相手はVIPの富裕層ばかりだから、支払われる報酬は相当なものとかぁ」
「どうりでリア充だらけだぜ。中には星蓮学園の生徒もいるって話だ」
すると澪が、
「そ、それって事件じゃないですか! たいへん、すぐ電話しないと!」
端末を取り、警察に電話しようとする。
しかしそれを、うららが制した。
「おちつけみおっち。事はそう簡単じゃないんだ」
「ど、どういうことです?」
「ウワサがあるだけで証拠がないんだよ」
「それなら、内部の人間に聴取でもすれば……!?」
「自ら売春を希望したヤツだぜ? 事情は人それぞれだろうが、仕事を失うわけにはいかないんだろ」
「つまり……自分から証拠をさらけ出すようなことはしないと?」
「それにテソロの表向きはただの富裕層向けホテルだ。捜査するだけの理由がないと、警察も動きようがない」
うららの言葉に、澪は落胆した。
彼女もこのウワサについては、薄々耳にしていたのだろう。
なんとも言えない感情が、モヤモヤと胸の内にわだかまる。
「でもみおっち、これで終わりじゃないぜ」
「……え?」
「仁紫室が怪しいのは確かだ。事件に関わっているかもしれない人間を、このまま放置しておくわけにはいかないぜ」
澪のとなりに座り、ゆららが続きを話す。
「これは仮の話だけどぉ、もし売春の件が『X』さんと関係していたらどう? 秘密を知った彼を仁紫室さんが始末したとして、なんら不思議じゃないわよねぇ?」
しかもSPを使えば、仁紫室のアリバイを作ることもできる。
あくまで仮説ではあるが、一応、筋は通る。
「売春だけじゃなく殺人の疑いがある以上、こっちも黙ってるわけにはいかないじゃなぁい?」
「ゆららさん、いったい何をするつもりで?」
「うふふ」
ゆららは唇に人差し指を当てる。
「テソロではバイトを募集していたわぁ。まずは面接を受けて内部の人間になるのぉ。内側から詳細を探れば、いろいろと調べやすいでしょう?」
「それって……潜入捜査ってやつですか!?」
澪は驚いた表情を見せる。
「大丈夫よ澪ちゃん。危ないことはしないし、こういうのはニンジャの得意分野なのぉ。もし売春の証拠を押さえたら、少なくとも仁紫室さんの動きを一時的に止めることはできるわぁ」
別件で引っ張って『X』の件を聴取するなんて、ドラマみたいなやり方もなくはない。
もとより売春が本当なら、それを止めることには意味があった。
「で、でも待って! みなさんは一度テソロで聞き込みをしています。それだと相手もこちらを警戒して面接で落とすんじゃあ……」
「はは、大丈夫だぜ」
心配する澪に、うららはなんでもないように手を振ってみせた。
「言ったろ、こういうのは得意だって?」
「とりあえず大船に乗ったつもりで構わないわぁ」
二人の言葉に澪は、「わ、わかりました……」と返事を返すしかなかった。
面接に受かるつもりなのだろうか?
だとすればどんな策があるのか?
考えてもわからない……。
そんなとき、澪の端末がアラーム音を響かせる。
「あ、いけない! 夕食の準備しないと!」
「そういえばお腹減ったぜ~」
「澪ちゃん、今晩も期待してるわぁ」
ゆるい雰囲気な二人に、澪は「す、すぐに用意しますので!」と、返事を返す。
厨房に入って調理をしていると、席に座った迷子がこちらを振り向いて親指を立てた。
メイド二人を信用しろというサインだ。
けど、澪にとってはなんともいえない。
潜入捜査なんてうまくいくのだろうか?
「…………」
小気味よい包丁のリズムに、どことなく不安が混じる。
このとき迷子たちが「とある作戦」を考えていることに、澪はまだ気づていない――
――――――――――――
●お読みいただきありがとうございます。
次回もお時間のある方は、ごゆるりとお立ち寄りください。
それではまた(^^)
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