↓第28話 じけんの、てがかり。

 養殖場からしばらく歩いたところに星蓮岬がある。

 ここは昔、星蓮海岸の女神が歌った場所とされ、地元の人に言い伝えられていた。

 岬の近くには公園があり、そこにはトイレや水飲み場もある。

『X』が野宿をするには、うってつけの場所だと迷子は思った。


「ここが岬ですか。というか、景色がきれいですね」


「うん。特に夕日が沈む瞬間は最高だよ」


 澪は水平線を眺めながら微笑む。

 そろそろ辺りがオレンジ色に染まりはじめ、海面が宝石を散りばめたように輝いていた。


「みおちゃんはよくここへ来るんですか?」


「うん、疲れたときとかね。気晴らしに歌ったりするよ」


「そういえば初等部のころも合唱団に所属していましたよね。あのころからみおちゃんの歌はとてもすばらしかったです!」


「そ、そんなことないよ! 迷子ちゃんがあのとき誘ってくれなかったら、わたしは歌うことを好きになっていないと思うし」


 謙遜けんそんする澪は、少し昔のことを思い出す。

 それは転校する前の話。

 彼女は迷子に誘われて、学園の合唱団に所属することになった。

 迷子は音痴を自覚していたため、自分の代わりに澪を大会のメンバーに推薦したのだ。

 それがきっかけで歌の才能を開花させ、澪は合唱団のメンバーには欠かせない存在となる。

 以後、合唱団は数々の賞を受賞し、転校した現在も、彼女は星蓮学園の合唱部で歌を歌っている。


「懐かしいですねぇ。学園の裏庭でこっそり練習しているみおちゃんを見たときには、『勝った!』って思いましたよ。音痴のわたしとは大違いです」


「や、やめてよ恥ずかしい! わたしが堂々と歌えるようになったのは、そんなふうに真っ直ぐ誘ってくれた迷子ちゃんのおかげなんだし。それに……いつも楽しそうに歌ってた迷子ちゃんには、とても救われたの」


「へ?」


「周りからどう見られようが、自分の好きなことは好きでいいんだって思えるようになったから。わたしみたいにオドオドした人間でも、楽しく歌っていいんだって自信を持つことができた。星蓮学園に来てからも胸を張って歌い続けていられるのは、迷子ちゃんのおかげだよ」


 ――ありがとう――


 そう伝える澪の表情は、心の底から感謝をあらわしていた。


「な、なんか告白みたいで照れますねぇ……。ちなみに将来のことは決めてないと言ってましたが、歌の道とかは?」


「ううん。実は卒業を機に、辞めようと思ってるの」


「え……?」


「これは言ってなかったけど、星蓮荘を畳んだあとに土地を売って引っ越さないかって話が出てて……。パパとママが新しい土地でカフェをするみたいなの。そこでわたしも働かないかって」


「……そうだったんですか」


「歌は好きだけど、でもパパとママが喜ぶんならそれもいいかな、って」


 澪は複雑な笑みを浮かべる。

 自分は将来、なにをすればいいのか迷っているようにも見えた。


「とにかく卒業までは歌を続けるね。それまで合唱部を楽しまないと!」


 澪は迷子に振り返り、


「さ、捜査再開!」


 そう言って微笑む。

 迷子は小さく頷いて、現場を見て回ることにした。


「う~ん、『X』さんはここで野宿をしていると言ってましたが、やっぱりテントやご飯を作る道具なんかは持ってないですよね?」


「うん、そうだと思う。わたしと初めて会ったときから手ぶらだったし。ましてやお金もないもん。ご飯は星蓮荘で食べるとして、寝るところは適当な場所を見つけて使ってたんじゃないかな?」


「幸い近くには公園の遊具もあります。寝ようと思えば雨風しのぐくらいはできそうですね」


 次に迷子は、岬の先端へと歩みを進める。


「ん? これは鉄製の柵ですか」


「それは転落防止のためだよ、落ちたら危ないし」


「というかなんだか地面が荒れてません? 誰か暴れたような……」


 下を見ると、砂地やそこに生えた草が踏み荒らされていた。

 複数の靴跡が散見できるが、乱れていて曖昧な形だ。


「言われてみれば……観光客がはしゃいだのかな? でも、岬の先端で暴れると危ないし、ふつうはやらないかも」


「ん~、ちなみにこの下はどうなっているんです?」


 迷子は柵に掴まり、そぉ~っと身を乗り出すように崖の下を覗き込む。


「わっ! あぶないよ迷子ちゃん!」


「ん~~~? あれ? この風景はもしかして――」


 迷子は身を乗り出したまま澪のほうを向き、


「『X』さんが死んだ場所ですか?」


 そう尋ねた。


「あ、そうだよ。そこから現場が見下ろせると思う」


 澪も恐る恐る下を覗いて、すぐさま後退った。

 迷子は柵に掴まったまま話す。


「なるほど、下が死亡した場所……ということはもしかして?」


 そしてハッとなにかに気づいた。


「わかりましたよ、みおちゃん!」


「え?」


「犯人と『X』さんはここで争ったんです! その結果、『X』さんはここから転落したんです! これなら岩礁に死体があった理由が説明できます!」


 迷子は会心のドヤ顔をキメるが、


「それは違うと思うよ」


 澪はあっさりと否定した。


「もしここから転落したら、あの人の身体はもっと損壊していたと思う。身体中の細かい傷や後頭部の裂傷の理由はわからないけど、少なくとも転落はないと思うな……」


「な、なるほど……となればやはり『X』さんは岩礁に出向いて死んだということでしょうか? でも、それならいったいなぜ?」


 魚も獲れない、観光スポットでもない岩礁で発見された『X』の死体。

 その現場で死ぬ理由を考えて、迷子の思考が迷走しはじめる――


「みおちゃん、やっぱり彼は女神の呪いで殺されたんじゃ――」


 続きを言おうとした瞬間。

 びゅうっと突風が吹いて、迷子の身体がグラリとバランスを崩した。


「わっ……わわわわっ!?」


「め、迷子ちゃんっ!?」


 咄嗟に澪が手を伸ばし、小さな身体を引き寄せる。

 二人は柵の内側へと引き戻され、なんとか事なきを得た。


「あ、ありがとうみおちゃん。もう少しで海の「もずく」になるところでした……」


「それは「藻屑」だよ。ほんと笑えないんだから……」


 呆れ半分、安心半分のため息をこぼす澪。


「むむむ、あなどれませんね女神。事件解決を恐れてわたしを呪い殺す作戦のようです」


「いや、落ちかけたのは迷子ちゃんの不注意だけど……」


 なんでも女神のせいにする迷子に、澪はそれ以上ツッコまなかった。

 砂埃すなぼこりを払い、二人は立ち上がる。

 ふと前を見ると、景色はさっきにも増して夕焼けの色を濃くしていた。

 そんな時、澪の携帯端末がヴゥゥ……と振動する。


「あ、そろそろ夕食の支度しないと」


「アラームですか。――あれ、みおちゃん携帯変えました?」


「ううん、これはお店用の。こっちがいつも使ってるやつ」


 澪は二つの携帯端末を見せて説明する。

 プライベートと仕事で、機種を使い分けているようだ。


「そうでしたか。……って、ん?」


 すると今度は、迷子の端末が振動する。

 どうやら、うららから電話だ。

 さっそく通話をはじめる。


「――もしもし?」


『おい迷子、興味深いことがわかったぜ!』


「興味深い? まさか、女神の呪いですか!?」


『おまえのアタマが呪われてるよ。とにかく帰ってこいって!』


 詳しいことは直に話すということで、一旦、通話を切る。

 迷子は澪に語りかけた。


「事件に進展の気配です。いきましょう、みおちゃん!」


「うん!」


 夕日を背に、二人は星蓮岬をあとにする。

 このあとメイドたちから語られたことは、事件解決には欠かせない内容だった――





――――――――――――

●お読みいただきありがとうございます。

 次回もお時間のある方は、ごゆるりとお立ち寄りください。

 それではまた(^^)

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