↓第31話 ん? このひとは……。

 迷子たちは食堂のテレビをじーっと眺めた。

 そこに映るのはガッシリとした身体つきの男性。

 ほどよく日に焼けた肌に、丸刈りの頭。

 彼は無数のフラッシュがかれる中、ピシッとしたスーツ姿で頭を下げていた。


「ん? この人どこかで……」


 迷子はその姿に、見覚えがあった。


「あ、これ最近話題になってたやつだ。ほら迷子ちゃん、公郷くごうホールディングスの――」


 そんなことを言う澪に、


「公郷? ……ああ! 長男の『公郷悟くごうさとる』さんですね!」


 迷子は思い出したように手を叩く。


『公郷悟』(24歳)は、神奈川県を中心に、会員制のトレーニングジムを全国展開している会社の社長だ。

 迷子は才城財閥のパーティーで、何度か見かけたことがあった。


「でも、謝罪会見って?」


「知らない? ほら、失踪してたんだよ」


 澪は画面を観ながら説明する。


「父親のパワハラで精神を病んだの。公郷ホールディングスの会長、『公郷勇雄くごういさお』さんは息子たちに容赦ないって有名みたいだから」


 テレビでは失踪の経緯が語られている。

 父親の勇雄は、経営に行き詰まった悟に圧力をかけていた。

 プレッシャーに耐えかねた悟は家を飛び出し、知らない土地をさまよっているところを近隣住民に保護されたらしい。


「小さいころから息子たちには、文武両道を叩き込んでいたみたい。どうやら厳しさの度合いを越えちゃったみたいだけど……。ちなみに悟さん以外の社員も、同じような目に遭った人がいるんだって。この会見は、失踪して迷惑をかけたことへの謝罪みたいだね」


 画面が切り替わり、別の日に取材した映像が流れる。

 場所は勇雄の自宅。

 マスコミがパワハラの件を取材するも、玄関から人が出てくる気配は――ない。

 おそらく中にいるのだろうが、質問攻めを回避しているものと思われる。


「このオヤジも会見を開くことになるだろうな」


「仕事にも影響しそうねぇ」


 映像を観ながら、うららとゆららが呟く。

 テレビは別の家に訪問するマスコミの映像に切り替わった。

 こちらは悟の弟、『公郷奏多くごうかなた』(20歳)の家。

 彼の職業はバリトンのオペラ歌手。

 兄とは違い色白で、後ろで結った髪がトレードマーク。

 ステージの上では長身に黒いスーツがよく映える。

 オペラ以外にも多岐にわたる音楽に精通しており、プレイヤーとしても有名。

 そのせいか、音楽に関わる人間からは一躍注目を集めていた。


「今回、悟さんの騒動がきっかけで全国ツアーが中止になったの。うわさでは囲み取材を回避するためじゃないかって言われてる」


 澪は残念そうに視線を落とす。


「最悪だよ。本当なら合唱団のみんなで、このツアーに行く予定だったのに……」


 チケットは払い戻す予定だとのこと。

 プロの歌声を生で聴くチャンスを失い、相当ショックのようだ。


「もしかしてみおちゃん、奏多さんのファンだったとか?」


「最近ハマったの。合唱団でサイトの動画が流行ってて、すっごい歌声なんだ。迷子ちゃんにもオススメ!」


「へぇ……」


「あと舞台に上がるときに毎回違った香水をつけるの。なんでもこだわりがあるらしくて、それがSNSでバズってよく売れるんだ!」


 澪はポケットに入れていた手のひらサイズの小瓶を出す。

 奏多の影響で売れた香水の一つらしく、合唱団の中で流行っているという。


「スンスン……いい香りですね。ちなみにツアーの再開は?」


「未定だよ。少なくともこの騒動が収まるまでは期待できないと思う」


 奏多の家を、遠くからカメラが映し出す。

 射光カーテンの向こうに長髪のシルエットが動いている姿が確認できた。

 外出を控えて生活していることが窺える。

 しばらくするとスタジオの映像に切り替わり、番組の司会者たちが様々な意見を述べはじめた。

 澪はチャンネルを変えて、小さなため息を吐く。

 リラックスするつもりが、なんだか余計に疲れてしまった。


「……もう一度お茶、淹れましょうか?」


 澪の言葉に甘えて、三人はお茶のおかわりをいただくことにする。

 茶葉の香りが心地いい。

 迷子は湯飲みに口をつけて、ホッと肩の力を抜くのだが。


 なぜか茶葉の香りが頭に残って、妙な違和感を覚えていた――





――――――――――――

●お読みいただきありがとうございます。

 次回もお時間のある方は、ごゆるりとお立ち寄りください。

 それではまた(^^)

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