↓第9話 のんきにしている場合じゃ……。

 迷子は浮き輪に身体をあずけて、プカプカと海上を漂っていた。

 どこまでも続く青い空。

 綿あめみたいな入道雲。

 のびのびと羽を広げるウミネコたち。

 まぶたを閉じたまま、静かな波の音が身体を包む。


「……いいですねぇ」


 何もしなことが最高の贅沢といわんばかりに、迷子はクラゲのように脱力した。


「……スゥ……ハァ……」


 すると少し離れた岩場に、うららの姿があった。

 目を閉じた状態で、精神統一するように独特な呼吸を繰り返している。


「スゥ…………――――」


 そして、


「――――ッッッ!!」


 カッと目を見開いたかと思うと、そのまま空中に高くジャンプして、くるりと一回転。

 燦々さんさんと照りつける太陽と重なったかと思うと、カカト落としのようなポーズで海面向かって一気に落下した。


「ちぇああアアアぁぁァァあああぁぁァァァっっッ!!」


 気合の入った咆哮ほうこうと共に、激しく水面を打つ美脚。

 ズッパーーーンと大きな破裂音がすると、身の丈ほどある水柱が上がった。


「ひゃっほー! やったぜ!」


 両手を突き上げるうらら。

 海面を見ると、一匹、また一匹と仰向けになった魚が浮いていた。


「な、なんですか今の!?」


 眠りかけていた迷子が、浮き輪から身を起こす。

 うららがニカっと八重歯を光らせた。


石打漁いしうちりょうの応用だよ。海面に激しい音響を発生させて、泳いでいた小魚を仮死状態にさせたんだ。無人島に置き去りにされたときによく使ったんだぜ」


「無人島に置き去りって……どういう状況ですか?」


「ニンジャ修業だよ。東南アジアの無人島はおもしろい魚がいっぱい獲れるぜ!」


「サバイバルyou●uberになったら稼げそうですね……」


「帰ったらみおっちに料理してもらおうぜ。ヒャハ! あっちにもいるぞ!」


「……とにかく静かにしてください。わたしはもう寝ますから」


 そう言うと迷子は浮き輪の上で仰向けになる。

 揺りかごのような波に揺られていると、あっという間に「スヤァ」と眠りに落ちた。

 聞こえるのは海鳥の声と波の音。

 穏やかな風はただ静かに。

 迷子をどんどん沖のほうへと流していった――



       ☆       ☆       ☆



「いえーい! 大量だぜーっ!」


 うららはサーフキャップに魚を詰めて、浜辺まで戻ってくる。

 そこには砂を掘った簡易的な生け簀がつくられており、持ってきた魚はその中に入れて泳がせていた。


「わくわくだぜ! みおっちどんな料理してくれんのかな~。迷子のヤツも喜ぶだろうな~」


 ルンルン気分で身体を揺らすうらら。


「よっし! これ見せてアイツを驚かせてやろ――」


 そう言って振り返ったのだが。

 海面のどこにも迷子の姿は――ない。


「――めい……?」


 視線を巡らせるうらら。

 徐々に状況を理解して、顔面からサァーっと血の気が引いていく。


「めいこぉぉォォォー--ッッ!!」


 沖へ流されたのだと確信するや否や、うららは涙目で海へ飛び込む。

 犬かきしかできない主人がおぼれる姿を想像して、いてもたってもいられない気持ちだった。


「うわぁぁぁぁん!! めいこぉぉォォー--ッッ!!」


 が、そのとき。

 視界の向こうになにか見える。

 よく見るとそれは岩場だった。

 潮が引いたせいか、さっきまで見えなかった岩礁があらわになったのだろう。

 しかも、その上に二人の人影がある。


「あれは……!?」


 妹のゆららと迷子の姿だった。

 迷子はゆららの膝枕で、スヤスヤと眠っている。


「メイコォォォぉぉぉー---ッッ!!」


 トビウオのように海面を跳ねたうららは、スチャっと岩場に着地する。

 すぐさま寝息を立てる迷子に近づき、主人の安否を確認した。


「ぶ、無事か!? どこもケガしてないか!?」


「あらぁ姉さん、随分と派手な登場で」


「よかったぁ、無事だ……。っていうか、なんでおまえがここにいんだよ?」


「なんでって、沖を眺めていたらメイちゃんが流されていたのでぇ」


 ゆららは迷子の頭を撫でる。


「魚に夢中になって監視をおこたるなんて、姉さんもお子ちゃまでちゅね~」


「はうっッ!?」


 わざとらしく言った一言が、姉のハートをえぐる。


「わ、悪かったよ……」


「その言葉はメイちゃんが起きたときに言ってくださいねぇ」


 そんなやりとりをしていると、迷子がふと目を覚ます。


「ン……ん……?」


「! めいこ!」


「ふあ~……あれ? ここは?」


「ごめんな迷子ぉぉぉ~~~!!」


「わわわっ! ちょ、どうしたんですかうららんそんな抱きついて……って、わぷっ! それにゆららんまで! ここはどこです!?」


 うららに頬ずりされて困惑する迷子。

 自分が流されたとは、夢にも思ってないだろう。


「よかった~! 今日は一緒に寝てやってもいいぜ!」


「イヤですよ、うららん寝相悪いですし……」


「――あらぁ?」


 そんな中、浜辺のほうに異変を感じてゆららは意識を向ける。

 なにやら人の動きが慌ただしい。


「? どうしたよゆらら?」


「リゾート地の反対側に人が走っていますわぁ」


「なんです? イベントですか?」


「いいえ、もよおしのたぐいは聞いていませんし、あそこはただの岩礁地帯のはず。観光スポットでもないし、魚が獲れるような穴場でもないはずよぉ」


「じゃあ、なんで?」


「……気になりますねぇ」


 迷子は浜辺を見つめる。

 そして振り返り、メイドの二人に目配せした。


「迷ってる場合じゃありません!」


 岩礁地帯でなにが起こっているのか?

 それを確かめるために、三人は海へと飛び込む。

 浮き輪に乗った主人を引っ張り、メイド二人は浜辺へと向かった。

 波の音は依然として穏やかではあったが。

 あたりに流れる潮風が、迷子たちに妙な胸騒ぎをもたらしていた――





――――――――――――

●お読みいただきありがとうございます。

 次回の更新は10月1日、21時ごろの予定です。

 お時間のある方は、ごゆるりとお立ち寄りください。

 それではまた(^^)

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