↓第10話 かわりはてた、死体。

 浜辺に戻った迷子たちの耳に飛び込んできたのは、誰かの悲鳴だった。

 場所は星蓮荘の、さらに奥の岩場。

 ひとけのない岩礁地帯だった。


「いそぎましょう!」


 三人はリゾート地と逆の方向に走り出す。

 妙な胸騒ぎは、だんだんとその色を濃くした。


「――……ッ!」


 現場に到着した迷子は、息を呑む。

 そこで目にしたのは、死体だった。

 柱のように突き出した無数の岩の間に、大柄な男性の死体が仰向けになって引っ掛かっている。

 そして、その男の顔には見覚えがあった。


「この人ってたしか……」


「ああ、間違いないぜ」


「食堂にいた、あの人ねぇ」


 三人は思い出す。

 それは星蓮荘の食堂にやってきた、あの大柄な男だった。

 ついさっきまで生きていた人間が、変わり果てた姿で発見されたのだ。


「とにかくこの場を治めましょう!」


 本物の死体を前に、周囲の野次馬はパニックを起こしている。

 迷っている場合ではない。

 迷子はとりあえず、この場を治めることを優先とした。


「あれ? あそこにいるのって『閃光の迷探偵』じゃね?」


 野次馬の一人が、迷子に気づいて携帯端末を向ける。

 その様子を察しながらも、迷子は現場に近づかないよう、ギャラリーに声をかけた。


『閃光の迷探偵』。


 それは迷子につけられた愛称。

 いわゆるニックネームだ。

 迷子は『とある理由』から各地で起こる事件に首を突っ込み、そして解決してきた実績を持つ。

 その度に『迷推理』を展開することが多く、メイド二人のサポートを得て、なんとか解決にもちこんできた。


「ククク……」


 そんな中。

 薄笑いを浮かべた人物が人混みを掻き分けてやってくる。

 食堂でコップを割ったあの男だった。


「ククク……いいぞ……いいぞぉぉォォ!!」


 やけに興奮した様子で、携帯端末のカメラを死体のほうに向けている。

 どうやら映像を配信しているらしく、現場を舐めるように撮影しながら死体の実況をはじめてしまった。


「ヒャハハハァァァ!! ついにこのときがキタぁぁァァッ! 星蓮海岸の呪いがッ……女神の天罰が下ったんだぁぁァァァッッ!!」


 取り憑かれたように奇声を上げる男。

 その異様な光景に、周囲には別の動揺が広がった。


「おい、テメェ――」


 青筋を立てたうららが、男の肩を掴もうと手を伸ばす。

 するとゆららが間に入り、それを制するように無言で首を横に振った。


「ヒャハハーーッ!! オイ、どけよお前らァッ! 女神が天罰を下されたんだぞぉ! この神聖な場を勝手に仕切ってんじゃねぇェェェッ!!」


 両目を血走らせ、男は焦点の合っていない視線でゆららを睨む。

 まるで自分が神にでもなったかのように、傲慢ごうまんな態度で彼女の肩に手を置いた。


「申し訳ありませんが、現場を荒らすなら帰っていただけますぅ?」


「あん? だからなんでオマエが仕切ってんだよ!」


「ハァ、困ったわねぇ」


 黙っていたゆららが、スッと顔を上げる。

 薄っすらと見開かれた瞳が、男の視線と交わった。


「――……え?」


 真夏にもかかわらず、ひやりとした気配に男は息を呑む。

 いつも微笑ましいゆららの眼差しが、刃のような鋭さを帯びた。


「どうしても帰らない、と?」


 その瞬間。

 ゆららの肩に触れていた男の手が「バチン!」と吹き飛んだ。


「!? あぎゃぁぁァァ…………っッ!?」


 男は思わず後退る。

 一瞬、ゆららの肩がしなるような動きをしたが、傍目ではなにが起こったのかわからない。


「いっ、いてぇぇぇェェッ……!! あっ……ああァァッッ!!」


 男は肩を押さえてうずくまる。

 ゆららは見下ろすように男の前に立つと、


「最後通告です。捜査の邪魔よぉ」


 にっこりと微笑んだ。


「ひっッ……ひぃやあぁぁァァー--っッ……!!」


 男はブルブルと震えながらこの場を立ち去る。

 うららは妹に目を細めながら、ため息を吐いた。


「……おまえも容赦ねぇのな」


「ふふ、私はフツウよぉ?」


 なんでもないように振る舞うゆらら。

 そんな二人の間に、迷子が好奇心に満ちた目で顔を出した。


「ねぇ、ゆららん。さっきの「バチン!」ってやつ、どうやったんですか?」


「あれは力の波を腕から肩に伝えただけ。その衝撃で手が弾け飛んだのぉ」


「ちからの、なみ?」


「気をつけろよ迷子、これもれっきとした暗殺術だ。コイツのおっぱい触ったら両腕吹き飛ぶぞ」


 うららの耳打ちに、「……ばくはつ!」と、迷子は戦慄せんりつする。


「コホン! 姉さんこんなときに冗談言ってる場合ぃ?」


「え、聞こえてた? って、わ、わかったからあたしの手首を握るな。ちょ、ガチで痛、待っ……え、ギヤァァぁぁー--ッ!」


 おっぱいどころかうららの手首が爆発しそうだ……。

 迷子が話題を切り替える。


「と、とにかくです! 海水にさらされるまえに死体の状況を知りたいのですが――」


 うららの手首を握っていたゆららが振り返り、頷く。

 そして死体の前まで移動し、しゃがんでゆっくりと手を合わせた。


「それではこれより、鑑識をはじめますわぁ」


 ニンジャは時に、敵の死体から情報を持ち帰る必要がある。

 そのためゆららは苦楽園流の検死術を叩き込まれており、死体がある場合、彼女は鑑識の役割を果たすのが常だった。


「…………」


 筋肉の硬直。

 関節や指の曲がり具合。

 体温の変化など。

 素手で死体を触りながら、ゆららは的確に細かい情報を読み取っていく。


 …………。

 

 そのとき。

 迷子たちの前に、見知った顔が現れた。


「……これは……」


 澪だ。

 騒ぎを聞きつけてここまで来たようだが、視界に入った死体を前に顔色が変わる。


「え、ウソ……そんな……なんで……こんなことに……」


「みおちゃん!」


 澪は一人呟いたあと、フッと糸が切れるように岩礁の上に倒れ込んでしまった。


「しっかりしてください! みおちゃん! みおちゃん!」


 迷子は慌てて駆け寄る。

 澪は気を失い、起きる気配がなかった。


「迷子、とりあえずみおっちを安全な場所へ!」


 うららは気を利かせて指示を出す。

 現場のことは一旦、メイド二人に任せることにした。

 迷子は小さな身体で澪を担ぐと、おぼつかない足取りで岩礁を離れる。


「んしょ……んしょ……」


 しばらくすると、海岸にけたたましいサイレンの音が鳴り響いた。

 迷子は振り返る。

 道路沿いには無数のパトランプ。

 その反射する赤い色が、このときはなぜか呪いのように見えたのだった――





――――――――――――

●お読みいただきありがとうございます。

 次回の更新は10月2日、21時ごろの予定です。

 お時間のある方は、ごゆるりとお立ち寄りください。

 それではまた(^^)

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