↓第11話 たんていの、出番。

「…………ん」


 畳の上で目を覚ました澪は、頭を押さえながら身体を起こす。

 ここは星蓮荘の和室だ。


「みおちゃん?」


「迷子ちゃん……ありがとう、運んでくれたんだね」


「どこも痛くない?」


「わたしは大丈夫、それよりさっきのって――」


 澪は岩礁で見た死体を思い出す。

 迷子は言葉を選びながら話した。


「今、地元警察の人が現場を調べています。いったいなんであんなことになったのか、詳しいことはまだわかっていません」


「……そう」


 澪は力なく下を向いた。


「でもよぉ、不自然な点はいくつかあったぜ」


 現場検証を終えた二人も宿に戻っていた。

 広縁ひろえんから海を眺めていたうららが口を挟む。


「野次馬に聞いたんだけどさ、あの岩礁は引き潮のときだけ岩場が露出するみたいだな。特にこれといった観光スポットでもないし、魚介類が獲れる穴場でもないって」


「つまり、わざわざ行くような場所ではないということですか?」


 迷子が確認するように尋ねる。


「そうだな。さっき死体を発見したヤツらだって、たまたま海岸を探検していた観光客らしいぜ? 下手をすれば死体の発見は相当おくれていたかもな。それになにより、あの男は何をしに岩礁に近づいたのかさっぱりだ」


「なるほど、死体を発見したのは偶然。男性の目的もわからずですか……」


 迷子はあごに指を這わせながら黙考する。


「ちなみに鑑識はどうでした?」


 そして今度はゆららに話を振った。


「ええ、死体の状態はいたって新鮮だったわぁ。死亡推定時刻は15時前後といったところ。私たちが浜辺にいるときに亡くなったんでしょうねぇ。眼球の白濁や注射痕がないから、おそらく毒物を投与した可能性は低いかもぉ。そして『後頭部には裂傷』『身体には無数の擦り傷』が見つかったわぁ」


「『裂傷』と『擦り傷』?」


「鈍器のようなもので頭部を殴られたのかもぉ。ちなみに擦り傷は、古いものから新しいものまで様々ねぇ」


 ゆららは思考を巡らせるように、唇に指をあてた。


「今わかっていることはそれくらいねぇ。余談だけどみんなの前でお腹を開くのはマズいから、あとのことは地元警察にお任せしたわぁ」


 確かに岩礁で解剖するのはマズイ……。

 そのあたりの常識は、ゆららなりに判断したようだ。


「それと迷子、近くに死体の身元を示すような手掛かりは一切なかったぜ。死因に繋がるような凶器のたぐいもな」


「一切ですか? サイフも免許証も?」


「保険証も学生証も、なにもかもだ」


 迷子は思い出す。

 彼はお金を持っていないと澪が言っていた。

 地元の人間ではないようだし、野宿をしていたとも言っていた。

 身元不明の人間が星蓮海岸に居座る理由はなにか?

 そしてなぜ岩礁で死んだのか?

 不可解な点が多い。


「あの、迷子ちゃん。もしかして事件の謎を解こうとしてる?」


 控え目に尋ねる澪に、


「ん、そのつもりですけど?」


 さも当たり前のように迷子は返答する。


「みおちゃんも知っての通り、わたしは『閃光の迷探偵』です! この星に解けない謎はありません!」


「はぁ……おまえの閃き捜査に振り回されるこっちの身も考えろよな」


 いつも振り回されているうららは嘆息する。

 ゆららも同じような反応だ。


「フフン、めちゃカッコいいじゃないですか。『閃光の迷探偵』ですよ?」


「喜んでいる場合かよ。『閃光』なんて聞こえはいいけど、SNSで半分ネタになってついた名前だろ?」


「ネタじゃなくてリスペクトです! ピンと閃くから『閃光』なんですよ!」


 迷子はうららにプンプン怒る。

 彼女が関わった事件は、ネットやニュースなどで取り上げられることがあった。

 事件が解決する一方で、思いつくままに行動するそのスタイルは、数々の迷推理を生み出すことになる。

 ピンと閃いての行動。

 いつしかこの行いが、SNS上で『閃光の迷探偵』という名称を生み出すきっかけとなった。


「とにかく謎があれば挑むまでです。それが探偵の使命というものでしょう」


 ドンと胸を張る迷子だが、しかしうららが異議を申し立てた。


「そうは言ってもさ、そもそもあたしたちは休暇に来たんだぜ? たまの夏休みくらい、ゆっくりしてもいいだろ?」


「そうねぇ。私も久しぶりの休暇だし、できれば羽を伸ばしたいわぁ」


 ゆららも頷きを返すと、続けてうららが喋りはじめた。


「なぁ迷子、地元警察も動いてるんだ。ここはプロに任せて、あたしたちはリゾート気分を満喫しようぜ?」


 この言葉に、迷子はうなる。

 たしかに専属で働くメイドたちの気持ちを考えれば、ごもっともな意見だ。

 少し考えていたのだが、そこで口を挟んだのが澪だった。


「ち、ちょっと待ってくださいっ!」


「わっ、なんだよみおっち?」


「澪ちゃんどうしたのぉ?」


 唐突に割り込んだ澪に、二人は狼狽うろたえる。


「す、すみませんいきなり。事件を解決してほしくって……」


 視線を泳がせながら、澪はオドオドした様子で喋りはじめた。


「迷子ちゃんの活躍はわたしも知っていました。迷推理の果てに事件を解決するって、すごいなぁって思ったんです。関わった事件は必ず解決するから、この事件もお願いしない手はないと思って」


 それを聞いた迷子が腰に手を当てて、堂々と胸を張る。


「もちろんですとも! わかりましたみおちゃん。サインが欲しいんですね?」


「いや、それはいいかな」


 即答する澪に、ペンを出そうとした迷子は勢いを失う。


「ま、待てよみおっち! 警察だって頼りになるぜ?」


「そうよ澪ちゃん。それとも彼らを信用できない理由が?」


 言葉を返すメイドたちに、澪はブルブルと首を振った。


「あ、いや、そういうわけじゃないんです! 警察の方は優秀ですし、捜査が進めば真相は明らかになると思います。でも、今回の事件は『そういった類』ではない気がするんです……」


「そういった類?」


 迷子が眉をしかめる。


「みおちゃん、どういうことです?」


「えと、『こういう事件』を頼むなら、探偵さんのほうが向いてるかな……って」


「なんだよみおっち。はっきり言ってくれよ」


 答えを急ぐうららに対し、


「つ……つまり、死んだあの人は――」


 澪は少し視線を泳がせる。

 そして意を決するように前を向くと、


「殺されたの! 星蓮海岸の女神に!」


 自分の口ではっきりと、そう言った――





――――――――――――

●お読みいただきありがとうございます。

 次回の更新は10月3日、21時ごろの予定です。

 お時間のある方は、ごゆるりとお立ち寄りください。

 それではまた(^^)

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