↓第12話 るっきんぐ、神絵。

「……え、なんて?」


 辺りが一瞬、静まり返る。

 うららが目をパチパチさせながら問うと、澪はビクッと肩を震わせた。


「あ、すみません! ちゃんと説明しますので!」


 そして呼吸を整え、思い出すように語りはじめる。


「あの人が来たばかりのころは、たしかに怪しい人だと思いました。けど食堂に顔を出すうちに言葉を交わすようになり、わたしたちは次第に親しくなったんです。ある日のこと、わたしが会話の中で愚痴をこぼしたことがありました」


「愚痴?」とゆらら。


「はい。端的に言って将来に対する不安です。もうじき星蓮荘はなくなるし、学園を卒業したあとの進路も決まっていません。いろいろ考えていたら頭がぐちゃぐちゃになって……あの人に話したんです。こんなことを出会って間もない人に言うのも変ですけど、でも不思議と話せたんですよね。なんだか前から知っていた知人のようで――」


窓の外の海を見つめながら澪は続ける。


「しかもあの人は、まるで自分事のように聞いてくれたんです。イヤな顔ひとつせずに。正直救われたっていうか……話したことで気持ちが楽になりました」


「へぇ、けっこういいヤツだな。んで、それと星蓮海岸の女神がどう関わってくるんだ?」と、うらら。


 澪は両手の指を絡めながら話した。


「あの人はたまに変なことを言ってたんです。「俺は呪いから逃げてきた」って。こんなこと聞いたら、一瞬「え?」ってなりますよね?」


「う~ん、どういうことかしらぁ?」


 聞きながらゆららが頬に手を当てる。


「呪いって、あいつまさかオカルトマニアとか?」


 うららは訝し気に眉をひそめた。


「いいえ、おそらくそんな趣味はなかったと思います。……とはいえ、彼が死んだ以上その真意を確かめる術はありません。でも嘘をつく人にも思えないし、なにか意味があるように思えてならないんです」


「つまり、星蓮海岸の伝説に関係していると思ったのねぇ?」と、ゆらら。


「はい。『呪い』と言われて思い当たるのがそれでしたので……」


「たしかに気になる物言いではあるわねぇ」


「なぁ、ネットに載ってるけど、この海岸は伝説を信じてやってくる旅行客も多いんだろ? だったらやっぱりそいつオカルトマニアなんじゃね?」


 携帯端末に指を這わせながら、うららが言う。

 ゆららは少し考えて、澪に頷きを返した。


「とりあえず話はわかったわぁ。超常現象の類――まぁ、非科学的な捜査は探偵のほうが向いてそうだしねぇ」


「幽霊とか異世界とかな!」


 うららはアニメや漫画の画像を検索して、画面を見せる。

 澪は申し訳なさそうな声音で続きを話した。


「すみません勝手なイメージで……。でも、彼はどこから来て、誰だったのか? そして呪いとはなんだったのか? 謎を抱えて死んでしまったあの人のことが、気になって仕方ないんです」


 澪の眼差しは真剣だ。


「個人的なことで申し訳ありません。お金はお支払いしますので、探偵としてわたしの依頼を受けてくださいませんか?」


 メイド二人が再び顔を見合わせる。


「う~ん、呪いなんてホントにあるのかぁ?」


「そのあたりはなんとも。メイちゃんはどう思う?」


 難色を示したゆららが主人に話を振るが、


「――?」


 しかし、そこに迷子の姿はなかった。


「メイちゃぁ~ん?」


「え、まさか神隠し……?」


 うららとゆららが探していると、押入れのほうからガタガタと物音が聴こえてくる。

 戸の隙間が少し開いていた。


「……?」


 うららがそぉっと耳を近づけてみる。

 すると呪文のような呟きが、繰り返し聞こえてきた。


「あれは神絵師です。あれは神絵師です。あれは神――」


 迷子の声だった。

 どうやら天井の絵を、神絵師のイラストに脳内変換しているようだった……。


「お、お~い迷子?」


「め、メイちゃ~ん……?」


 二人が戸を開けようとしたそのとき、


「はいッ、ハァ~イッ! ハイッ!! もう怖くないッ! こ・わ・くなぁ~~~いっッ!!」


 バァンとふすまが開き、中から勢いよく迷子が飛び出してきた。


「わぁっ! おどかすなよ!」


「フフフ、心配いりませんようららん。呪いだろうが伝説だろうが、わたしの敵じゃありません! むしろ女神様とチェキ会しちゃうまであります!」


 そんな威勢のいい声で、天井の絵を指差す。

 ただし目の周りが赤い……。


「泣いてるじゃねーか。しかも足が震えてるぜ?」


「う、うるさいです! グスッ……! も、問題ありませんからっ!」


 ゴスゴスと自分の膝を叩いて鼓舞する迷子。

 鼻をすすって、話しを続けた。


「いいですか? 友達が助けを求めたらそれに応えるのがフレンドです! つまり、わたしのハートは最初からきまっているんですよ!」


 そう言うと、ショルダーポーチから『あるもの』を取り出す。


「そう、この『カタルシス帳』に誓って!」


 手にかざすのは、魔導書のように装飾が施された豪奢ごうしゃな手帳。


『カタルシス帳』と命名されたそれは、迷子がミステリ作家の祖母から授かった大切な手帳だ。

 ここには今までに解決してきた事件の全容や、気になることが事細かく記載されている。


「相手は星蓮海岸の女神です。おそらく一筋縄ではいかないでしょう」


「ええ……ガチでやるのか?」


「本気ぃ? メイちゃん?」


 迷子はメイド二人へ向き直る。


「迷っている場合じゃありません」


 そう言って、瞳の奥に閃光を宿らせた。

 こうなったら、止まらない。


「……ハァ、わかったよ。だからそんな目で見るなって」


「まぁ、暴走するのは、いつものことだしねぇ」


 そのやりとりを見ていた澪の表情が、明るくなった。


「そ、それじゃあ――」


「やるよみおっち。ただし宿の食事は豪華にな」


「私はゆったりとした温泉に入りたいわぁ」


「はい、もちろんです! みなさんにはうんとサービスしますので!」


 澪は何度も頭を下げてお礼を言った。


「フフン、それでは依頼成立ということで!」


 迷子は澪と握手を交わす。

 かくして星蓮海岸で起きた怪事件を捜査することになった迷子たちだが。

 この出来事が生徒会を巻き込む事態に発展するなど、このときは誰も予想だにしていなかった――





――――――――――――

●お読みいただきありがとうございます。

 次回の更新は10月4日、21時ごろの予定です。

 お時間のある方は、ごゆるりとお立ち寄りください。

 それではまた(^^)

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