↓第17話 うしろからの、視線。

「わぉ……」


 迷子は眼前の建物を見上げる。

 高度約120メートル。

 ホテル『テソロ』。

 生徒会・書記を務める『仁紫室にしむろジュンヤ』が運営する施設だ。

 30階までは富裕層向けの宿泊施設で、それより上の階は娯楽施設やパーティールーム専用になっている。


「なんかてっぺんの形が独特だなぁ。船みたいになってんぜ?」


 うららが額に手をかざしながら見上げる。

 ゆららが続けて説明した。


「屋上は南国の雰囲気を漂わせる庭園と、プールになっているみたいねぇ」


「シンガポールのマリーナベイサンズみたいで楽しそうです!」


 ちょっとわくわくする迷子。

 豪奢な入口をくぐり、三人は一階のフロントへと進んだ。


「すみません。こちらに仁紫室ジュンヤさんはいらっしゃいますか?」


 カウンターに乗り出して問う迷子。


「ご予約の方ですか?」


「才城迷子です。昨日の事件について少しお話を伺いたくて」


「……少々お待ちください」


 慇懃いんぎんに頭を下げたスタッフは、内線電話で仁紫室に連絡する。

 しばらくして話が終わると、迷子のもとにやってきて笑顔を見せた。


「お待たせいたしました。屋上までご案内いたします」


 どうやら会えるらしい。

 スタッフに招かれて、三人はエレベーターへ移動した――



       ☆       ☆       ☆



 エレベーターの中は周りがガラス張りになっており、外の風景が一望できた。

 高いところから見る海の景色も味があるもので、白い砂浜と宝石のようにきらめく水平線は、一枚の絵画を観るように芸術的な風景だった。

 しかし西の空から灰色の雲が迫っている。

 海が荒れなければいいのだが……。


「お待たせいたしました。この先に仁紫室様がいらっしゃいます」


 屋上に到着して、スタッフが迷子たちを送り出す。

 外に出ると、ヤシの木やサラサラの砂浜が目に飛び込んできた。

 まるで浜辺にいるみたいだ。

 プールは真水のようだが、これなら海に行かなくてもリゾート気分を満喫できそう。


「ん~、あそこに人がいますね……」


 迷子は目を凝らす。

 水辺の向こうに、大きなパラソルが開いていた。

 生徒会・書記にしてホテル『テソロ』のオーナー。

 デッキチェアに横たわるその人こそ、『仁紫室にしむろジュンヤ』本人だった。

 ビーチパーカーにショートパンツという出で立ちは、この屋上リゾートを満喫するにふさわしい。


「やぁ、話は聞いてるよ」


 水辺をぐるっと回り、迷子たちは彼のもとへとやってくる。

 手をかざす仁紫室の両脇には、黒いスーツにサングラスを着用したSPが立っていた。

 いわおのように大きな身体で、無表情のまま後ろ手を組んでいる。

 表情はロボットのようで、辺りを警戒していた。

 傍には大きなモニターがあり、今期のアニメが一時停止した状態になっている。

 どうやら仁紫室の趣味らしい。


「いやぁ、まさか才城家のお嬢様がボクのホテルに来てくれるとはね」


 髪を掻き上げながらさわやかに言う。

 見た目は幼さの残る中性的な顔つきだが、どこか大人びた色気を声に滲ませていた。


「はじめまして仁紫室さん。今日は事件のことで伺いました」


「なんでも聞いてよ。なんなら一緒にアニメ観る? おさえているのは今期だけじゃないよ。昭和の名作から海外モノまで、ボクの知らない作品はないね」


 得意気に言う仁紫室。

 アニメに関してはかなり詳しいようだ。


「おっといけない。趣味の話になるとつい夢中になってね。さっそく本題に入ろう。昨日、岩礁で見つかった死体のことだよね?」


「はい。そのことで知っていることがあれば教えてほしいんです」


「いいけどあんまり役に立てないと思うよ」


「それはどういうことです?」


「彼と会ったのは一度きりで、それ以来姿を見てないんだ」


「お会いした場所というのは?」


「このホテルだよ。宿泊に来たのを断ったんだ。どこから来たかもわからないし、何せお金も身分証も持ってないんだから」


「そのときに揉めたりはしませんでしたか?」


「一応、揉めたかも……。ボクが断ると今度は働かせてくれと言ってきたんだ。テソロでは『清掃員のバイト』を募集していて、フロントでその情報が流れてるよ」


 フロアや通路には、ホテルの案内を表示するモニターが設置してある。

 そこで清掃員募集の告知を流しているが、今でも募集は続いている。


「でも雇えるのは女性だけなんだ。そこをなんとかしろと食い下がられて……わかってもらうまで時間がかかったよ」


「う~ん、ちなみに仁紫室さんは彼の顔に見覚えはありませんか?」


「ないよ。さっきも言ったけど初対面だしね」


「『どこかで会ったことがある』みたいなのもないですか?」


「んー……ないなぁ。客商売してるせいか、会った人物はまず思い出せる。彼を見たのはあのときが初めてだね。まぁ、アニメのキャラなら似てるのがいっぱいいそうだけど」


 仁紫室はつまり、『X』に対して初対面だと言い切った。

『どこかで会ったことがある』という感覚がないのは、迷子や他の容疑者とは異なる意見だ。


「ちなみに仁紫室さん、昨日の午後三時ごろはどちらにいましたか?」


「その時間は確か……ここでアニメを観ていたよ」


「それを証明してくれる人は?」


「ここのみんなに聞いてもらうか、あるいは監視カメラの映像を観てもらえばいいよ」


 仁紫室が目配せすると、傍らにいたSPが懐から端末を取り出す。

 監視カメラのデータを表示させ、昨日の映像を選択した。

 すると午後三時ごろに仁紫室がのんびりとアニメを観賞している姿が確認できる。

 アリバイは成立した。


「……なるほどです。では最後の質問です。仁紫室さんも今度の選挙で会長の座を狙うつもりですか?」


「そりゃあもちろん。票さえ集めればトップになれるからね。会長の箔はなにかと便利だし、持っていて損はない。現会長には悪いけど、今度の選挙でそのイスをいただくよ」


 仁紫室は自信を滲ませた。


「ありがとうございます。話は以上です」


「犯人が見つかるといいね」


 軽くお礼を述べたあと、迷子たちは屋上をあとにした。

 帰りのエレベーターで、三人はそれぞれの意見を交わし合う。


「う~ん、またもアリバイが成立しましたねぇ。彼は犯人じゃないんでしょうか?」


「どうだろうな。でもアイツのかたわらにはSPがいたろ? そいつに頼めば『X』を消すなんて楽勝なんじゃね?」


「まぁ、できなくもないわぁ。自分の手を汚さなくて済むしぃ。でも、それだと殺す理由はなにぃ? 『X』さんを断ったことが、殺す理由になるぅ?」


「あるいは選挙に不利な秘密を『X』さんに知られたのでは? だから仁紫室さんは岩礁に呼び出して後ろから「おりゃー!」ってやったとか?」


「「おりゃー!」かどうかはわかんねぇけど、でも秘密を抱えてる気はするな。ホテルのいたるところにSPがいるぜ。なにをそんなに警戒してるんだ?」


「生徒会選挙はどうもきな臭いわねぇ。ここはもう少し深掘りする必要があるかもぉ」


「そうですね。会長の座を巡る争い――なんかドラマみたいです」


「とりあえず聞き込みも大詰めねぇ。4人目は『右左津間人うさつまと』。現時点で一番怪しい人物かもぉ」


「だな。死体を撮ったり殴られたり、『X』となにかあったことは間違いないだろ」


「有力な情報が聞けるかもしれません。さっそく彼のもとへ向かいましょう!」


 そんなことを話していると、エレベーターは一階に到着する。

 フロアに出て出口へ向かっていると、ふと外から視線を感じた。


「?」


 迷子はガラス張りの壁まで走っていき、外へ視線を巡らせる。

 ……が、そこには誰もいない。


「どした迷子?」


「メイちゃん?」


「え、あ……なんでもありません」


 気のせいだと思い、迷子は二人のもとへ駆けていく。

 実際だれもいないようだし、考えすぎかと思ったが……。

 このとき、とある人物が壁の向こうで、三人をじーっと観察していた――





――――――――――――

●お読みいただきありがとうございます。

 次回の更新は、10月9日の予定です。

 お時間のある方は、ごゆるりとお立ち寄りください。

 それではまた(^^)

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