↓第16話 ようきな、ハンドサイン。

「ウェーイ! んで、才城家のお嬢さんがオレになんの用だ~い?」


 屋外につくられた屋根のない開放的な楽屋。

 そこにやってきた日鷹ひだかは、さっそく待機していた迷子から質問を受けた。


「日鷹さんは呪いを信じますか!?」


「ウェーイ?」


 食い気味な迷子の質問に、首をかしげる日鷹。

 その瞬間にうららの肘鉄が脇腹に入り、迷子は「はうっッ!?」と悶絶もんぜつする。

 白目をく主人を一瞬でゆららが蘇生させると、再起動した迷子は改めて質問を開始した。


「ゴホン! ……え~今回来たのは他でもありません。昨日起こった事件のことを聴くためです」


「ウェーイ? あの大男が死んだってヤツ?」


「はい。その男性と揉めていたという証言がありますが、お二人の間でなにかあったのですか?」


「ウェーイ。あるにはあったね~」


「と、いうと?」


「ウチは音響スタッフのバイトを募集してるんだよね~。あの男が面接に来たんだけど、オレが開幕断ったってハナシだよ」


「それは面接もなしに不採用にしたと?」


「イエスだウェーイ。だって見た目コワいじゃん! 半パンいっちょのゴリラが、お金も身分証も持ってないって怪しすぎっしょ?」


 日鷹はハンドサインを交えながら語る。


「とりあえずキケンな空気しかないんで~、『バンケット』からはソッコー退場してもらったってワケ」


「なるほど。ちなみにここの施設は会員制なんですか?」


「ウェーイ。チケットがあったら入れるけど、会員証があればいつでも出入りできるよ。特別なパーティーに参加できる特典もついてるし、どう? メイコちゃんも入会してみる的な~?」


 気安く話し掛けるなとばかりに、うららとゆららの鋭い視線が飛ぶ。

 ちなみに富裕層向けということもあり、入会金はそれなりに高額のようだ。


「まぁ、気が向いたらいつでも声をかけてよ。――そうだ、お近づきの印に飲み物でもどう~?」


 すると日鷹は、近くにいた女性スタッフを呼ぶ。

 水着姿の彼女は、側のテーブルに置いてあったシャンパン風のボトルを抱え、グラスを日鷹に手渡した。


「これ、ウチで作ってるオリジナルなんだ~」


 女性がグラスに飲み物を注ぐ。

 そのドリンクは澄んだピンク色をしており、小さな気泡がパチパチと弾けていた。


「わぁ、きれいですね!」


「さ、メイコちゃんたちにもグラスを――」


 そう言いながら日鷹がグラスに口をつけた瞬間――


「…………!!」


 彼は突然顔色を変えて、女性にグラスを突き返した。


「ヘイヘイヘイ! オレが飲みたいのはコレじゃないね~!」


 口元を拭いながら、女性に代わりを持ってくるよう指示する。

 かなり険のある物言いだが、しかし女性はヘラヘラした様子でまともに話を聞いていないようにも見えた。

 どこか目がうつろなのは気のせいだろうか?


「…………」


 迷子は女性を気にしながら、視線を日鷹のほうに戻す。


「ごめんね~メイコちゃん! よりにもよって試作品を持ってくるなんて、あり得ないってハナシ!」


「いえ、わたしは大丈夫です。それより日鷹さん、あの建物はなんですか?」


 迷子が見つめる先には、ライブハウスみたいな四角い建物が建っている。

 全体が高級感のある黒塗りで、さっきの女性はその建物へと入っていった。


「ウェーイ、あれはVIPルームだよ」


「VIPルーム?」


「ウェーイ。選ばれた者だけが入れる場所さ。ドリンクの在庫もそこに置いてある」


「へぇ、そのVIPというのは誰でもなれるんですか?」


「選ばれる基準は優秀なスタッフや熱烈なオーディエンスだけさ。どう、サイコーでしょ? ま、選ぶ基準はオレ次第ってワケだけど、よかったらメイコちゃんも入っちゃう~?」


 迷子は受け流すように「けっこうです」と、きっぱり断った。


「話を戻しますが、昨日の午後三時前後、日鷹さんはどちらにいましたか?」


「その時間ならステージにいたよ。オーディエンスやスタッフに聞いてみるといいんじゃね?」


 再び近くにいたスタッフを呼ぶ日鷹。

 確認をしたところ、携帯端末に録画していたライブの映像を見せてくれた。

 どうやらアリバイは成立するらしい。


「では、死体の男性について何か知っていることはありませんか?」


「ウェーイ……知ってるもなにも初めて会ったヤツだしねぇ~。ぶっちゃけいなくなってホッとしてるんだよ~。だってあいつガチで怖かったっつーの! あんなヤツにウロつかれてファンが来なくなったらどうすんだってハナシ!」


 さらに日鷹は、


「それに生徒会の選挙だって近いじゃん? ここで票を取り損なえば、それこそすべて水のバブル、水泡にKiss☆ってカンジ~?」


 票が目的で施設を運営していることは、隠そうともしなかった。


「やはり日鷹さんも会長の座を狙ってるんですね?」


「そりゃもちろん! この学園に入学したからには、誰だって王様になりたいっしょ! 学園のトップになって、みんなをオレのグルーヴに巻き込んでやんよ~!」


 言いながら日鷹は、ノリノリのハンドサインでキメる。


「……なるほど、そうですか」


「ってコトで~、メイコちゃんもオレの応援ヨロシクってなカンジで~」


 そう言ってウインクをキメるが、なにか思い出したようにその顔色が変わる。


「……ヘイヘイヘイ。ちょっと待てってハナシ」


「?」


「おかしいってハナシ。オレってばあの男を知ってるかもってハナシ!」


「面識があるということですか?」


「いや、それはないってハナシ。さっきも言ったけど、オレってば初対面だし? だけどこれってヘンじゃん。初対面のヤツと過去に会ったことがあるって……どうなってんの? 矛盾のパラドックス?」


 日鷹は混乱しているようだった。


「むむむ……これはどういうことでしょう?」


 迷子はチラリとメイド二人を見る。


「そういや勝神かすかみも同じようなことを言ってたな」


 うららがさきほどの聞き込みを思い出し、


「ええ、それにメイちゃんもよぉ」


 ゆららが頷きながら迷子の顔を見た。


 勝神に続き、日鷹もいだく『X』への既視感。

 しかしその感覚は曖昧で、彼はいつまでたっても思い出せない様子だった。


「う~……ギブアップっしょ!」


 そうして項垂れるように椅子に座り込む。

 そんな中、男性スタッフが彼を呼びにきた。


「日鷹さん、そろそろ出番ッス」


 日鷹は手をかざしながら「ウェ~イ」とOKサインを出すと、


「そんなワケで、そろそろ行かなくちゃってなカンジで!」


 両手を合わせてウインクを飛ばした。

 彼を待ち望むステージからの歓声が大きくなってくる。


「わかりました。お忙しい中、ありがとうございます」


 迷子が軽くお辞儀をすると、「ウェ~イ」とハンドサインをかざしながら日鷹は去っていった。

 聞き込みを終えた三人は、静かになった楽屋で言葉を交わす。


「ん~なんか臭うぜ」


「スンスン……え、わたしそんなに汗かいてませんよ?」


「そうじゃねえって。あの日鷹って野郎がヤベェってハナシ」


「姉さん、口癖感染うつってるけどぉ……とにかくヤベェのは間違いないわぁ」


「どういうことです?」


「ほら、あのピンク色の飲み物よぉ」


「さっきスタッフさんが持ってきたあれですか?」


「そうだぜ。日鷹はオリジナルドリンクって言ってたけど、ぶっちゃけアレ酒だぜ? 距離はあったけど微かにアルコール臭がしてたからな」


「え、そうなんですか!?」


「間違いないわぁ。ボトルを持ってきた女性の目もうつろだったしぃ」


 つまり飲酒していたのだろう。

 日鷹に怒られてもヘラヘラしていたのは、気分が高揚こうようしていたからだ。


「ちょっと待ってください、彼らは未成年ですよね?」


「だからヤベェんだろ。きっとあの黒い建物ハコん中で、ウェイウェイやってんじゃねーの? 密室でバレないようにしてさ」


「もしそうなら大変ねぇ。事実がおおやけになれば、選挙どころの話じゃないわぁ」


「たしかに……って、待ってください。これはひょっとして――」


「どうしたよ迷子?」


「ウェーイ! わたし、わかっちゃったかもですっ!」


 飛び上がった迷子はラッパーみたいにハンドサインをキメる。


「え、犯人のことか?」


「そうです!」


「メイちゃん、それはいったい?」


 詰め寄る二人に、迷子はコホンと咳払いを挟んで口を開く。


「飲酒の現場を目撃した『X』さんが、日鷹さんを脅したんです。日鷹さんは口封じのために『X』さんを殺したとすれば、ひとけのない岩礁に死体があったのもうなずけます!」


「なるほど、日鷹には『X』を殺す動機があったってことか」


「でもそれだと変ねぇ。その時間、日鷹さんはDJライブの真っ最中でしょお? アリバイがある以上、犯行は不可能だわぁ」


「いえ、それが可能なんです」


「なんだって?」


「どんな方法があるのぉ?」


「ふっふっふっ、聞いて驚かないでください。日鷹さんが使ったからくり。その方法はつまり――」


 迷子は少し間を溜めるようにして、


「星蓮海岸の女神を召喚したんですYO!!」


 バーン! と再びハンドサインをブチかました。


「…………え?」


「メイちゃん、推理がスクラッチしてるわぁ……」


「むむむ、ちゃんと考えてますYO! 歌で呪いをかける女神とDJ。人を魅了する二人のバイブスは似ているはずです。つまり、音楽が好きという熱い想いが、女神を召喚するきっかけになったんですYO!」


「いや、おまえのリリック、バグったトリックだZE……」


「韻を踏むというより地雷踏んでるわぁ……」


「そんなことないですYO! 悪くないと思いますがNE!」


 悪いことしかないと思っているうららとゆらら……。


「とにかく落ち着こうぜ。ヤツは怪しいが犯人っていう確証はない。捜査はまだはじまったばっかだし、ここは慎重に情報を集めたほうがよくね?」


「そうねぇ。まだ容疑者もいることだしぃ」


「むぅ、決めるにはまだ早いということですか……わかりました。それでは次の容疑者のもとへ向かいましょう!」


 迷子は気持ちを切り替えて聞き込みを続行する。

 容疑者は全部で4人いるが、はたしてこの中に犯人はいるのだろうか?


「え~と次の方は……」


 迷子はカタルシス帳を開いて確認する。

 次に会うのは『仁紫室にしむろジュンヤ』。

 

 生徒会で書記を務める彼は、このあと『ある一点において』、ほかの容疑者と違った証言を残すのだった――





――――――――――――

●お読みいただきありがとうございます。

 次回の更新は、10月8日の予定です。

 お時間のある方は、ごゆるりとお立ち寄りください。

 それではまた(^^)

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