↓第21話 かぜをひいては、大変。

「ど、どうしたんですみなさん!?」


 土砂降りに打たれた迷子たちを見て、澪は驚いたように声を上げた。

 玄関に立つ三人の衣服はべっとりと肌に張りつき、乱れた髪はすだれのように視界を塞いでいる。


「う~……呪われました」


「と、とにかくみなさんこちらへ!」


 風邪を引いては大変と、澪は三人を露天風呂に案内する。

 星蓮荘を出て裏の階段を上っていくと、脱衣所となる小屋が見えてきた。


「ここを使ってください。タオルや浴衣もありますので」


「サンキューみおっち。マジ助かったぜ」


「ほんと、ありがたいわぁ」


 ほっとした二人を見て、澪が微笑む。


「ここは星蓮荘自慢の露天風呂なんです。衣類は洗っておくのでゆっくりしてください」


 そう言って三人分の着替えをカゴに入れると、宿のほうへと戻っていく。


「へっくし! うう……それではさっそくお言葉に甘えて――」


 冷えた身体を摩りながら、迷子は引き戸を開ける。

 目の前の光景に、思わず見惚れてしまった。


「ふわぁ……!」


 立ち上る湯気の向こうに広がるのは、星蓮海岸の絶景。

 あっという間に夕立ちは過ぎ去り、水平線の彼方が燃えるような朱色に染まっている。

 海面に反射する金色のプリズムが、きらきらと笑っているように見えた。


「すげぇ、これが星蓮海岸の景色かよ……」


「すてきねぇ」


 メイドの二人も眼福の様子。

 岩を組んで造られた湯船には、乳白色の温泉が注がれていた。

 周りはひのきで造られた天井と壁に囲われており、雨が降っても入浴を楽しめる構造になっている。


「くーっ、迷ってる場合じゃありません! せーのっ!」


 ざっぶんとド派手な音を立てて飛び込む迷子。

 うららもそれに続き、「ヒャッホー!」とはしゃぎながら湯船の中を泳ぎはじめた。


「はぁ……二人ともお子様ねぇ」


 軽く嘆息したゆららは、長い髪を後ろで一つに結ぶ。

 そして足の指先を水面につけると、そのままそっと身体を沈めた。


「んぁっ……はぁ……」


 思わずつやのある声が漏れる。

 手のひらですくったお湯が、さらりと首筋を這う。

 西に沈む夕日を前に、うっとりと景色を眺めていた。


「わーい!」


「ヒャッホー!」


 ゆららが疲れを癒やす中。

 それをブチ壊すように迷子たちの賑やかな声が飛んでくる。

 二人は露天風呂を駆けまわりながら、お湯をかけあってアツくなっていた。


「いっきますよ~それえっ!」


「わー! やりやがったな! このっ!」


「わぷっ! やりましたねー!」


「ぎゃー! それならこっちは――」


 うららは岩場の上に立ち、八重歯を光らせると、


「いくぜ! 一・撃・必・殺!」


 びっくりするくらい高く飛び跳ね、空中で一回転した。

 カカト落としの体勢で一気に水面に着水。

 その衝撃で弾けた水柱が迷子を巻き込み、水面に大きな波を立たせた。


「ぶはぁっ! 強すぎですようららん! それ禁止です!」


「やだねー! くやしかったら迷子も「バッシャーン!」とか「ドッカーン!」とかやってみろよ!」


「っていうかその技、お魚を気絶させたやつじゃないですかー!?」


「大丈夫だよ、狙った相手しかダメージねぇし。さぁ、迷子の番だぜ?」


「ぐぬぬ……こうなったらわたしも本気を出して――」


 そんな感じで謎の構えを繰り出す迷子。

 その背後に、もの凄い殺気を感じた。

 ビクン! と肩を震わせ、恐る恐るそちらに目を向ける。

 すると口元を引きつらせたゆららが、にっこりと微笑んで二人を見下ろしていた。


「メイちゃ~ん? 姉さぁ~ん?」


「ひぃッ!」


「はぁうっ!」


 ヘビに睨まれたネズミのように、迷子とうららは戦慄せんりつする。

 硬直したままカタカタと歯を鳴らしていると、


「さぁ、二人とも。こっちで静かに浸かりましょうねぇ」


 首筋を掴まれたまま、湯煙の向こうへと連れていかれた……。


「た、大変です! ゆららんの目が笑ってませんっ!」


「た、たのむッ! もうおとなしくするから! だからっ……な? だから勘弁して――」


 ――その数分後。


 海岸に情けない悲鳴がこだましたのは、たぶん気のせいだろう……





――――――――――――

●お読みいただきありがとうございます。

 次回もお時間のある方は、ごゆるりとお立ち寄りください。

 それではまた(^^)


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