↓第22話 くたびれたときは、温泉。
「ああ、いいお湯ねぇ~」
静かになった湯船で、ゆららはゆったりと浸かっていた。
彼女の両サイドには、口を半開きにした迷子と、うららがぐったりしている。
ゆららにお仕置きのマッサージを
「二人ともぉ、どお?」
「はうぅ……き、きもち、いい、れす……」
「うぐぅ……か、からだがヤベェ……」
のぼせたように顔を赤らめる迷子とうららは、水面から顔だけ出して空を眺めていた。
と、そんなことをしていると、脱衣所の扉が開く。
「あのう……湯加減はどうです?」
湯煙の向こうから現れたのは澪だった。
わざわざ様子を見にきてくれたようだが、彼女は衣服をまとっていない。
「わ、わたしもご一緒して……いい、ですか?」
恥ずかしそうな上目遣いで、胸元をタオルで隠す。
メガネを外して髪を下ろしているせいか、なんだかいつもより大人っぽい。
「わーい、みおちゃん! 一緒に入ろー!」
湯船から顔を上げた迷子が、嬉しそうにはしゃぐ。
澪は控え目に微笑むと、
「じゃあ、失礼します――」
ちゃぽんと湯船に身体を沈め、「ふぅー……」と幸せそうに息を吐いた。
「おお、みおっちも休憩か?」
「ごめんなさい急に。夕食の仕込みが終わったのでお邪魔しようかと。この露天風呂に浸かるのもこれが最後かもしれませんし……」
「みおちゃん……」
「あわわ、ごめんなさい! つい、星蓮荘の想い出がよぎって! いけませんね、いつまでもウジウジしてるのは」
やはり星蓮荘がなくなることを気にしているようだ。
そんな健気な澪の横顔を見ていると、迷子はどんな言葉をかけていいのかわからなくなる。
「あ、わたしのことはいいんです! すみません
空気を変えようとして、努めて明るく澪は尋ねた。
「ん~、なんともいえないぜ。どいつも怪しいヤツばっかだし、容疑者のうち三人はアリバイがある」
「それに死体の男性――『X』さんの身元もさっぱりねぇ」
メイド二人の言葉に、
「……そうですか」
と肩を落とし、澪は湯船に視線を落とす。
すると水面からブクブクと泡が立ち昇り、下から迷子がぬぅっと顔を覗かせた。
「わたしの予想では右左津さんが怪しいですね。彼はなにか隠してます。きっと女神の呪いについてですよ」
「え? 迷子ちゃん、「うさつ」って?」
「そういえば説明がまだでしたね。右左津さんはほら、食堂に来てた自撮り棒の人です」
「ああ、あの人が……」
澪は彼の顔を思い出したようだ。
それと同時に、少し険しい表情になった。
「そういえば今日、ちょっとしたウワサを耳にしたの」
「え?」
「その右左津って人のこと。なんか生徒会の三人を恨んでるみたい。リゾート地を独占してるのが気に食わないみたいで、けっこう批判する動画をチャンネルにアップしてたよ」
澪が海岸を掃除している最中、学生が話しているのを聞いたらしい。
「自撮り棒の人」といったニュアンスで、他の生徒にも知られているようだ。
ネットで検索してみると、たしかに彼のチャンネルにそれらしい動画がアップされていたという。
「たくさん稼いでいるのが気に食わないみたい。「この上から目線ヤローが!」って動画で言ってた」
「それって嫉妬ですかね?」
「たぶん……そうだと思う」
澪は小さく頷くと、
「まぁ、羨ましいのは仕方ねぇけどさ……」
「動画の内容がなんとも……ねぇ」
メイド二人が苦い顔をする。
澪によると、内容のほとんどが単純な悪口をぶつけるだけの動画になっているらしい。
炎上商法でも試みているのだろうか……。
「あ、もしかして右左津さんは『X』さんにも嫉妬していたんじゃないですか?」
ふと、迷子がそんなことを言う。
澪は「なんで?」と尋ねる。
「身体がおっきいからですよ。強そうですし!」
「え~、でもそれで殺すことある?」
「わかりませんよ。男の子というのは強いヤツに憧れるらしいです!」
「う~ん、動機としては弱い気がするけど……」
「じゃあこれはどうでしょう? 『X』さんの動画を撮ろうとしていたとか!」
「え、彼の?」
「そうです! 謎だらけの『X』さんは動画のネタになります。しかし撮影を拒否された右左津さんは、ムカついた衝動で背後から殴りつけたんです!」
「ど、どうなんだろう……?」
「思い出してください。『X』さんは『あいつには気をつけろ』って言ってました。きっとしつこく撮影を迫られていたんですよ。断っても粘り強く交渉してくる!」
「えと……お二人はどう思います?」
澪はメイド二人に話を振る。
「ん~、そのために『X』は岩礁に呼び出されたのか? 交渉のもつれで殴り合いになって、んで右左津は顔が腫れたと?」
「まぁ、一応説明はつくけどぉ……」
「でしょ! わたしの推理が光ってますよ!」
食い気味に身を乗り出す迷子。
メイドの二人は、いまいち腑に落ちない様子だった。
「とにかく右左津さんは一番あやしいです! わたしは徹底的に聞き込みますよ!」
「う~ん……とりあえず怪しいのは同意だな」
「そうねぇ」
すると横から澪が身を乗り出す。
「あ、あの、わたしにもできることがあれば、お手伝いしますので!」
「ありがとなみおっち!」
「心強いわぁ」
「えへへ……」
澪は照れ笑いを浮かべる。
やがて日は暮れ、夜空にはきらきらと星が瞬きはじめた。
しばらく温泉を堪能した一同は、このあと夕食のために宿に戻る。
どんなごちそうが出るのか期待する迷子たちだが。
しかしそこで思わぬ進展があることを、このときのみんなはまだ知る由もない――
――――――――――――
●お読みいただきありがとうございます。
次回もお時間のある方は、ごゆるりとお立ち寄りください。
それではまた(^^)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます