↓第34話 すりらーの、しょうたい。

 ゾンビ騒動の夜が明けて、星蓮海岸に朝日が昇る。

 昨夜は寝るのが遅かったせいか、迷子だけでなくメイドの二人もいつもより遅くまで眠っていた。


 ちょうどお昼前になったころ。

 外からサイレンの音が鳴り響く。


「――……ん?」


 その音に反応して、迷子はヨダレが垂れた口元を拭った。

 続けてうららとゆららも目を覚ます。

 どうやらサイレンの音は、こちらに近づいているらしい。


「おい、海岸のほうからだぜ?」


「朝から騒がしいわぁ」


 間もなくして、けたたましい音は止まった。

 胸騒ぎを覚えた迷子は、じっとしていられない。


「事件の匂いがします。二人とも行きましょう!」


 手早く着替えを済ませると、三人は海岸のほうへと走り出した――



       ☆       ☆       ☆



 迷子たちは、パトカーが停車した場所へとやってくる。

 そこは生徒会・副会長――日鷹が経営する海の家『バンケット』だった。

 施設の周りには、たくさんの人だかりができている。

 人混みの隙間から、ぴょんぴょんと跳ねて中の様子を窺おうとする迷子。

 うららがひょいと彼女の身体を持ち上げると、「ほらよ」と言って肩車をしてあげた。


「! あれは――」


 迷子の視線の先には、警察に連行される日鷹の姿があった。

 その様子は伏し目がちで、前回会ったときのように陽キャな雰囲気は微塵も感じられない。


「なにがあったんでしょう? 勝神さんに続いて日鷹さんまで……」


 肩から降ろしてもらい、迷子は誰かに話を聴こうとする。

 するとゆららがやってきて、「警察の方に聞いてきたわぁ」と説明をはじめた。

 情報がすぐに入るので、こういうとき才城家の名前は便利だ。


「日鷹さんは『飲酒』と『薬物』の摂取で、逮捕されたそうねぇ」


「飲酒と……薬物!?」


 迷子は目を丸くする。


「ええ、なんでも施設の奥にある黒塗りの建物の中で、夜な夜な飲酒パーティーを開いていたそうよぉ。オリジナルドリンクを製造する一方、お酒を会員限定で提供していたそうねぇ。さらにはメンバー同士で薬物を持ち込んでいたらしいのぉ」


「そんな、飲酒の可能性は予想していましたが、まさか薬物まで……」


「そして日鷹さんは、酔った勢いで会員に飲酒を強要していたとかぁ。今も建物の中には泥酔した生徒が何人もいて、警察の問いに自供したり、発狂したりする人がいるみたい。アルコールと薬物を摂取して、精神状態は不安定みたいよぉ」


「? ちょっとまってください。秘密裏に行われていたパーティーが、なんで警察にバレたんです?」


「その答えはこれねぇ」


 ゆららは携帯端末を出し、星蓮学園のグループチャットを起動した。

 そこには再び動画が投稿されている。


「この映像は……夜の浜辺、ですか?」


 迷子は画面を凝視する。

 薄暗い夜の浜辺で、二人組の男女が酔っぱらったまま座り込んでいた。

 動画を撮影している人物がその二人に質問を投げかけている。

 ちなみに質問者の声は、加工した上で動画に投稿されていて、顔は映っていない。


「どこでお酒が飲めるのか聴いてますね……酔っぱらいは呂律が回ってませんし、そうとう酔ってます」


 質問された二人は、虚ろな目で施設の奥を指差している。

 黒塗りの建物に酒があるということだ。


「動画のコメントで、この二人が星蓮学園の生徒だということがわかったそうねぇ。同じような生徒がまだたくさんいるわぁ」


「ん? ひょっとしてゆらら、浜辺の酔っぱらいってつまり――」


 視線を向けるうららに対し、静かにゆららは頷きを返す。


「ええ、昨夜メイちゃんが見たゾンビは、『バンケット』で酔っぱらった生徒だったのねぇ」


「えぇ!?」――迷子は驚いた表情を見せる。


「これも確認がとれたわぁ。異臭の匂いは吐瀉物が原因。波に流されたから証拠が残らなかったのねぇ。メイちゃんが逃げ出したあと、悲鳴を聞きつけた『バンケット』のスタッフが、慌てて酔っぱらいを建物に引きずり込んだの。それから室内の明かりを消して、ほとぼりが冷めるのを待っていたみたいねぇ」


「よかったじゃん迷子、ゾンビはいなかったんだし、呪いに怯える必要はないぜ」


「む~、そうですけどなんか釈然としません! ロマンが一個減った気分です!」


「なんだよロマンって……もしかしておまえ、実はオカルト楽しんでるんじゃねーだろうな?」


 うららは膨れる迷子のほっぺを左右から掴む。

 ゆららはそんな二人に、端末の画面を指差して見せた。


「ちなみにこの動画、画面に映っている月の位置からして、撮影日は数週間前だと推測できるわぁ。どうやら酔っぱらった会員たちは、頻繁に深夜の海岸をさまよっていたみたいねぇ」


「じゃあ、深夜の浜辺に行けば高確率で酔っぱらいがいますね。動画を投稿した人は、このことを知っていたんじゃないですか?」


「かもな。タイミングを見計らって投稿するつもりだったのかも」


 うららは迷子を見る。


「どうする? 日鷹がいなくなって喜ぶのは仁紫室と右左津だ。ニンジャ流の拷問でムリヤリ吐かせようか?」


「ダメですようららん。乱暴はよくないです」


「とはいえ困ったわぁ。この様子だと次に狙われるのはどっちぃ?」


 ゆららは眉尻を下げる。

 右左津は再生数のために仁紫室を潰せるし、仁紫室は身を守るために右左津を潰せる。

 どちらの可能性も想像できた。


「もう一度二人を訪ねてみましょう。特に右左津さんは聞き込みの途中でしたし――」


 と、改めて聴取に向かおうとしたとき。

「キャァァーーーーーッッ!!」と海岸の向こうから悲鳴が聞こえる。

 その方角には、たくさんの人だかりができていた。


「――迷ってる場合じゃありません!」


 迷子は咄嗟に走り出す。

 メイドの二人もそれに続いた。

 そして悲鳴の先にいたのは、とある人物。


 右左津間人うさつまと、その人だった――





――――――――――――

●お読みいただきありがとうございます。

 次回もお時間のある方は、ごゆるりとお立ち寄りください。

 それではまた(^^)

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