↓第2話 いきなり、ゲロびょうしゃ。
「ウプッ……吐いてもいいですか?」
20××年・夏。
上空600メートルのヘリの中で、銀髪の少女はフラフラになっていた。
「あうぅ……もうダメです……」
扉を開けて吐こうとする彼女の名前は『
貿易や金融など、多種の産業で財を築いた『才城財閥』のお嬢様だ。
そして富裕層が通う『私立
「おえぇぇああ……ここを開けてくださぁ~い……!」
開かないドアを前にヘロヘロになる迷子。
西洋人形のように小柄で可愛いルックスも、この状態がすべてを台無しにしていた。
「お~い、危ないからじっとしてろって」
目を細めながら、もう一人の少女が呆れた声を上げる。
ギザ歯がカワイイ彼女の名前は『
迷子の専属メイドを務める16歳。
藍色のベレー帽に、軍服のワンピースをアレンジしたメイド服を着用。
コンバットブーツの
「ちょっと『うららん』、ここを開けてくださおっぷ……」
口元を押さえる迷子。
ちなみに『うららん』とはうららの愛称だ。
「開けねぇよ。まったくはしゃぎすぎだって。ヘリの中で走り回るヤツがどこにいる?」
「ここにいますっぷ。そもそも今は夏休みです。これがはしゃがずにいられますかおっぷ……」
「しゃべるか吐くかどっちかにしろよ。つーかこの機体ブラックホークじゃね? ラぺリングの訓練でもやるのか?」
「軍用じゃないです。これは才城家用にカスタムしてもらったプライベート機ですっぷ。ほら、座席や冷蔵庫とかついてますしっぷ……」
「へぇ、なんかスゲェのな」
「――というかさっきから気になってたんですけど……それ、なんです?」
迷子はうららの手元に視線を向けた。
「ん? 自動小銃だよ。TAR21――『たぼーる』っていうんだ。カッケーだろ?」
「もしかして……このあいだの『依頼』で使ったヤツでは?」
「そうだぜ、現地で拾ったんだ。「コレどうしたらいい?」って部隊のヤツに聞いたら、「記念にやるよ」ってさ!」
うららはメイドの服装こそしているが、その正体は時代の裏で暗躍する『忍者の
苦楽園の一族は、法では裁けない悪事を密命により断罪してきた過去を持つ。
つい先日も武器の密輸に加担したマフィアを追い、数日間中東に渡航していた。
「うぷっ! ここは日本ですよ! 安全装置はセーフティにしてくださうっぷ……!」
「わーってるよ。無暗にブッぱなしたりしねぇって」
「というかすぐに仕舞ってください! 見つかったらおまわりさんに捕まるっぷよ!」
「っていうかオマエの安全装置がヤベェよ。フルオートでリバースだけは勘弁な」
「おっ! おぷっぁ……っ! あ、も、もうダメです! うプっ……!」
「――ちょ、バッ、やめろ! スカートの裾を引っ張るな! わわわ、やめ……オイ! あたしに吐くな! た、耐えろって! おいコラ! 撃つぞ! 撃つぞあああぁぁぁァァァ!!」
半泣きですがりつく少女と、主人に銃を向けるメイド。
序盤からゲロ描写待ったなしのサイテーな展開……。
それを
「あらぁ、二人とも楽しそうねぇ」
おっとりとした笑みをこぼす彼女は、『苦楽園ゆらら』。
うららの双子の妹だが、二卵性のため顔つきや性格は似ていない。
言うまでもなく、ゆららの正体もまたニンジャ。
普段は姉と同じ制服に身を包み、こうして迷子のメイドを務めている。
「おォイ、ゆららぁ! このゲロセレブをどうにかしろぉぉぉ!」
「うふふ、姉さんったら。仕方ないわねぇ」
ゆららはイスからゆっくり立ち上がると、子供をあやすかのように迷子を自分の胸に抱き寄せた。
「よしよ~しメイちゃん。もう少しの辛抱でちゅからね~」
「はぐっ!? ちょっ、そんな強引に……わたしは赤ちゃんじゃ……って、はぐっ!? ングっ! んんン~~~ッ!」
迷子は豊満な胸の中でジタバタと
ゆららは主人の頭をなでなでしながら、楽しそうにハグを続けた。
「ンぐ!? んん~! んんン~~~!!」
…………。
しばらくして迷子が沈黙する。
「……おい、ゆらら。そいつ息してないぜ?」
「?」
ゆららが首をかしげながら腕の力を解くと、胸元で顔をうずめたままの迷子がぐったりとしていた。
「メイちゃ~ん。もしもーし。メイちゃ~~~ん?」
「…………」
「ほっぺにチュッチュしてもいい?」
「――……わぷっ! ゼェゼェ……。ちょっと! どさくさに紛れてなにしようとしてるんですかあっ!?」
「うふふ。よかったぁ、元気になってぇ」
「うふふじゃないですよ! まったく!」
凶器を見るような目でゆららの胸元をにらむ迷子。
そんなことをしていると、天井のスピーカーからパイロットの声が聞こえてきた。
『迷子様、まもなく到着です!』
ヘリは雲を抜け、前方から
窓の外には、辺り一面の蒼い海が広がっていた。
『見えました! 『
ここは近畿地方のとある海上。
どこまでも広がるエメラルド色の水平線と、コバルトブルーに染まる空。
海鳥の群れが飛ぶ先が、今回の目的地である『星蓮海岸』だ。
「うわぁ! すっごいキラッキラです!」
才城家の家紋――『藍の葉の紋様』を刻んだ機体が眩い太陽をキラリと反射する。
迷子はいつの間にか元気になり、窓に顔を張りつかせたまま海を眺めた。
メイドの二人も思わず顔がほころび、これから向かう場所に期待を膨らませる。
「わくわくが止まりません! 最っ高の夏休みになりそうです!」
「だな! しかも星蓮海岸は有名なリゾート地なんだろ?」
「そうですうららん! 富裕層が休暇を
「きれいな海ねぇ。みんなの水着もちゃんと持ってきたからぁ」
ゆららはトランクからビーチアイテムを取り出して、ほくほくした表情を見せる。
「う~迷ってる場合じゃありません! わたし、いってきまっす!」
いてもたってもいられない迷子は、ヘリのキャビンドアを勢いよく開けたかと思うと、空中に「ポーン」と身を投げ出した。
その姿がだんだん小さくなって、雲の下へと消えていく……。
「………………え?」
目を点にしていたうららが、我に返って口を開いた。
「なぁ、ゆらら。あいつパラシュートしてたっけ?」
「うふふ」
「してねぇよな?」
「うふふ」
「やべぇよな?」
「まぁ、いつものことだしぃ~」
「だぁーーーっッ!! あのバカセレブぅぅぅッ!!」
パラシュートを装着したうららは、鬼の形相で迷子を追う。
その姿を見届けたゆららは、自分もパラシュートを装備して、ドアの前に立った。
「それでは行ってきますねぇ」
微笑ましげな笑顔をパイロットに向けると、優雅に宙に躍り出た。
こうして三人は、澄みきった蒼の世界へと吸い込まれていく。
――夏休みは幕を開けた。
昂る期待を胸に懐き。
迷子たちは『星蓮海岸』へと降り立つ。
この先に待つ惨劇など、知りもしないで――
――――――――――――
●お読みいただきありがとうございます。
次回の更新は9月24日『20:57』の予定になります。
お時間のある方は、ごゆるりとお立ち寄りください。
それではまた(^^)
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