↓第3話 じつは、いっしょの合唱団。

「わーい、うみですーーーっ!」


 迷子は、波打ち際で元気よく両手を突き上げた。

 彼女はヘリから飛び降りた直後、追ってきたうららにより空中でキャッチされる。

 そのまま二人は海面へと落下し、なんとか泳いで砂場までたどり着いた。


「ゼェ……ゼェ……あんのバカ探偵……!」


 海面からぬらりと上がってきたうららは、額についた海藻を掴んで、迷子に投げつけた。


「わぷっ! ま、前が見えません! これは海の呪いですかっ!?」

「あはは、その顔は呪いだな!」


 張りついた海藻に慌てふためく迷子を見て、お腹を抱えるうらら。

 ちょうどそのタイミングで、パラシュートを開いたゆららが降りてきた。


「うふふ、二人してなんの遊びぃ?」

「遊びじゃありません! 呪いです! ゆららん、これを取ってください!」


 ゆららが海藻をぐと、迷子は青空に目を細める。

 太陽の中に黒い点が見えた。

 それはパラシュートのついたトランクだった。

 中には迷子たちの私物が入っている。


「ヘリからの贈り物よぉ」


 砂地に落ちたトランクを受け取り、ゆららは上空のパイロットにサインを送った。

 誇らしげに太陽の光を反射する機体は、180度向きを変えてそのまま水平線の彼方へと消えていく。


「さぁ、目的地はすぐそこです!」


 迷子は声を上げて、ビシッと前方を指差す。

 目の前に広がる白い砂を踏みしめながら、三人は宿泊予定の宿を目指した――



       ☆       ☆       ☆



 よせては返す波の音が、静かに海岸を満たす。

 しばらく歩くと、浜辺の向こうに豪奢なホテルや富裕層向けの海の家が見えてきた。


「わお、なんか人がいっぱいです!」


 辺りは海水浴やバーベキューなど、休暇を楽しむ観光客たちで賑わっている。

 砂浜を埋め尽くす人、人、人!

 近くの屋台からは、醤油を焦がした香ばしい匂いが漂っていた。


「スンスン……これは焼きそば、とうもろこし、フランクフルト! 迷ってる場合じゃありません。わたし、行ってきます!」


「まて待て。おまえ金持ってねぇだろ?」


 じゅるりとヨダレを垂らす迷子の襟首えりくびを掴むうらら。

 サイフやカードは、メイドの二人があずかっていた。


「屋台は後回しだ。そんなことより知り合いの宿で予約してんだろ? 早くそこ行ってシャワー浴びようぜ」


 下着の透けたメイド服を掴んで、うららが嘆息する。

 さっき海に落ちたから、このままだと身体がベタベタして気持ち悪い。


「うぅ……たしかに今日は『みおちゃん』に会う予定でした。連絡してあるので、おそらくこのへんに――」


 言いながら辺りを見渡す迷子。

 と、そのとき。

 なにかにドンとぶつかって、そのまま砂浜に倒れた。


「わわわ……っぷ!」


 それを反射的に受け止めるゆらら。

 うららはサメのような八重歯を光らせて、対象に鋭い眼光を向けた。


「おい、何者だ?」

「はわわわわ! す、すみません! わざとじゃないんです!」


 視線を落とすと、口元をわなわなさせた少女が腰を抜かしている。

 ズレたメガネの位置を直すその姿に、迷子が「あっ!」と声を上げて少女の手を握った。


「みおちゃん! 久しぶりー!」


「……へ?」


 少女は丸メガネを上下させながら、迷子に顔を近づける。


「ひょっとして……め、迷子ちゃん? 迷子ちゃんなの!? 迷子ちゃんだーーー!」


 迷子を認識した少女は、かなり興奮した様子だった。


「ひさしぶりー! でも、どうしたのこんなところで!?」


「え? みおちゃんの宿で予約しましたから。さっきも連絡を――」


「え? …………あ、ほんとだ」


 言いながらメガネ少女は、自分の携帯端末を取り出して確認する。

 迷子からの連絡に気づき、数日前に予約していたことを思い出したようだ。


「ごめんなさいゴメンナサイ! わたしったらうっかり!」


「気にしないでください。みおちゃんのうっかりはトレードマークですから」


 メガネ少女はブンブン頭を下げる。

 しかし迷子は気にしていないようだった。


「あらためて紹介します。こちらがわたしの友人『美浜澪みはまみお』ちゃんです! 初等部のころは一緒の合唱団に所属していました!」


 迷子はメイドたちに紹介する。


「ど、どうも、澪です……」


 小さく肩をすくめ、澪は恥ずかしそうにお辞儀をした。


「「…………」」


 うららとゆららは澪を見つめる。

 丸メガネと左右で結った三つ編みのせいか、内気な性格がより際立って見えた。

 麦わら帽子と真っ白なワンピースが、蒼い海によくえる。


「みおちゃんは家庭の事情で、中等部に上がるころに引っ越したんです。転校してからは中高一貫校の私立・星蓮学園に通っています。離れてしまった今でも、わたしたちは連絡を取り合っているんです。今回は夏休みを利用して久しぶりに会おうという話になりまして――」


 迷子が今回の経緯を説明すると、


「そ、そんなかんじです!」


 澪は同意するように頭を下げた。

 そんな彼女を見て、うららとゆららはこころよく自己紹介をはじめる。


「よッス、あたしはうらら。迷子のメイドをやってる。よろしくな、みおっち」


「私は妹のゆらら。よろしくねぇ、澪ちゃん」


「え、あ、み、『みおっち』……って?」


 澪は目をしばたかせる。


「迷子の友達なんだろ? だったら『みおっち』でいいじゃん!」


「うふふ、よかったら澪ちゃんも『うららっち』って呼んでみるといいわぁ」


 いきなり距離を縮めてきた二人に、戸惑いを見せる澪。

 だけど気軽に接してくれるその姿に、悪い気はしなかった。


「よ、よろしくです。うららさん、ゆららさん!」


「よろしくな!」


「よろしくねぇ」


 三人は握手を交わす。


「いいですねぇ、これでみんなお友達です! さぁ挨拶が済んだところで、さっそくみおちゃんの宿に案内してもらいましょう!」


 迷子は澪の家がある方向に指をさす。

 するとうららが口を開いた。


「ところでさ、みおっちの宿ってどんなカンジなんだ? 名前とかあんの?」


 澪が質問に答えようとすると、迷子がグイと割り込んでくる。


「聞いてくれましたねうららん! 『星蓮荘』です! 『星』の『蓮』の『荘』です!」


「なんだよその『ほう』『れん』『そう』みたいな言い方……しかもおまえがドヤ顔だし」


「以前わたしも泊まったことがあるんです。なかなかいい雰囲気ですよ! きっとうららんも気に入ります!」


「わ、わかったから顔近づけんなって! さ、みおっち。行こうぜ」


「あ、どうぞこちらへ!」


 とりあえず澪は、みんなを宿へと案内する。


 ――――。


 そしてしばらく海沿いを歩くのだが。

 うららはさっきから気になっていたことを尋ねてみた。


「そういえばみおっち……」


「――なんです?」


「その『背中に背負ってるモノ』って、なんだ?」





――――――――――――

●お読みいただきありがとうございます。

 次回の更新は9月25日、21時ごろの予定です。

 お時間のある方は、ごゆるりとお立ち寄りください。

 それではまた(^^)

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