↓第25話 つぎの、はんこう。

 窓から射し込む光。

 うららの切迫した声で、一日は始まった。


「おい、迷子! 迷子ってば!」


「ん~、おかわりはもういいです~……」


「寝ぼけてる場合かよ! そんなことより起きろって!」


「ん~……? なんですうららん。朝から騒がしい……」


「もう昼前だよ! それより大変だ!」


「なにがです? サーモン食べすぎて太りましたか?」


「勝神が逮捕されたんだよ!」


 その一報を受け、迷子は擦っていた目を丸くする。

 手早く着替えると、すぐに星蓮荘を飛び出した。


「メイちゃ~ん! 姉さぁ~ん!」


 現場につくとゆららが手を振っていた。

 ここは勝神の運営するレストラン『帝鯨ていげい』。

 周りは野次馬であふれ返り、警察の人が敷地内への立ち入りを制限している。


「なにがあったんです、ゆららん!?」


「警察の方に話を聞いたんだけどぉ、どうやら勝神さんが窃盗事件の首謀者だったらしいのぉ」


「窃盗? いったいなにを盗んだんです?」


「魚よぉ」


「さか……?」


「昨日、メニューの偽装について話したでしょぉ? 勝神さんは養殖モノを仕入れてたんじゃなくて、養殖場から盗んでたんだってぇ」


「そ、そんな……」


「しかも養殖場のスタッフを金で雇っていたとか。内部の人間がグルだったから、なかなか表にバレなかったみたいねぇ」


「なんてことを……でも、それならどうして窃盗がバレたんです?」


「理由はコレねぇ」


 不思議がる迷子に、ゆららが携帯端末を操作して画面を見せる。

 そこには、とあるメッセンジャーアプリが起動していた。


「これは星蓮学園のメッセージグループよぉ。ここに投稿された一つの動画がきっかけで事件は発覚したのぉ」


 ゆららは画面をフリックする。


「『窃盗の瞬間』とコメントが添えられ、養殖場付近で魚が取引される瞬間が撮影されているわぁ。ちなみに投稿時間は22時過ぎだけど、日射しの角度から推測して撮影されたのは日中ねぇ」


 迷子は動画を観る。

 岩場の陰にトラックが停まっていた。

 そこに発泡スチロールの箱を詰め込む数人のスタッフが映っている。

 これが養殖場と帝鯨の人間らしく、箱の中身は魚らしい。


「ここは運搬の際にトラックが使う道らしいのぉ。一応舗装されているけど、周りはゴツゴツの岩場だらけ。普段は人が来ないから静かみたいよぉ」


「なるほど、だからこの人たちも油断していたんですね」


「そして動画を観た生徒から警察に電話が相次いだみたい。警察が動画の人物に聴取したところ、顔を青くして全てを供述したのだとかぁ」


 ちなみに実行犯は、全て星蓮学園の生徒だ。

 勝神から報酬を受け取り、密かに魚を横流ししていたという。


「水産科ではしばらく海産物の窃盗に悩まされていたらしいのぉ。その被害額も相当だったみたいで、すでに被害届が出ていたとかぁ」


「だから逮捕までの流れがスムーズだったんですね」


「盗みは犯罪。勝神さんのキャリアも、これで終わりねぇ」


 ゆららは帝鯨の看板を見つめる。

 王冠を被って笑う鯨のマスコットが、皮肉に見えた。

 そんなとき、店の入り口から誰かが出てくる。

 警察に連行される勝神だった。


「クソッ……どうなってるんだ……」


 彼は呟きながら、虚ろな視線をさまよわせている。

 ぜったいバレないと高をくくっていたのか。

 予想外の事態に、動揺しているようだった。


「ウェーイ? なんの騒ぎだい?」


「あれ? 会長じゃない」


 そこに現れたのは、副会長の日鷹と書記の仁紫室だった。

 騒ぎを聞きつけて様子を見に来たようだ。


「貴様らァ……。そうか……俺をハメたのはお前らかァッ!?」


 二人を見てアツくなる勝神。

 今にも飛び掛かりそうな彼を、警察が押さえつける。


「ウェーイ? 人聞きの悪いハナシだよ」


「ボクもなんのことかさっぱり。スパイ系アニメの観すぎかい?」


 日鷹はハンドサインを返し、仁紫室は嘆息するように肩をすくめた。


「とぼけたってムダだ! 隠し撮りなんて地味なマネを……この借りはいつか返してやるッ!」


 勝神は、なおも敵意を剥き出しにする。

 日鷹か仁紫室が隠し撮りをしたと思い込んでいるらしい。

 暴れそうな彼は、ほどなくしてパトカーに詰め込まれる。

 サイレンと赤いパトランプが、海岸を去っていった。


「…………」


 沈黙する迷子に、「どうする?」と、うららが顔を覗く。


「殺人の次は、窃盗ですか……」


 勝神の逮捕は、迷子も予想していなかったようだ。


「なんかハメられたって感じだったわねぇ」と、ゆらら。


 うららが嘆息して、訝しい表情を浮かべる。


「ガチで生徒会のヤツが撮ったんじゃね? そうすれば選挙から落とせるだろ?」


「まだなんともいえませんが、そう仮定した場合、あの二人も危ないと思います」


「危ない? 日鷹と仁紫室が?」


「はい。あの二人にやましいことがあるなら、暴露を恐れて警戒するでしょう。仮に選挙から引きずり下ろすのが目的として、最悪、動画以上の手を使うこともできます」


「つまりは暴力に訴えることもできるわけねぇ?」


 ゆららがそう言うと、迷子は頷いて続きを話す。


「疑心暗鬼に陥った日鷹さんと仁紫室さんが、互いを攻撃しあう展開も予想されるということです」


「いよいよヤベェじゃん!」


 うららが眉をしかめる。

 三人の間に、不穏な沈黙が流れた。


「妙な胸騒ぎがします。動画を投稿した人は、いったいなんの目的で――」


「なぁ、それならあの右左津も怪しくないか? ヤツは配信者だ。生徒会に嫉妬しているんなら動機は充分にあるだろ?」


「そうねぇ。腹いせに投稿した可能性もあるけど、騒ぎを大きくしたあとで再生数を稼ぐという伏線を敷いたのかもしれないしぃ……」


 メイド二人の言葉に、迷子は納得する。


「なるほど、要は話題づくりですね。それに彼なら星蓮学園のメッセージグループに参加しても怪しまれません。裏アカを使ってる可能性はありますが、生徒たちに関心を持たせて、生徒会崩壊までの道筋を演出するのは容易いでしょう」


 そこでゆららが携帯端末をかざしながら問う。


「一応、端末のIPアドレス辿ってみるぅ? 本人を特定するのは可能だけどぉ、開示請求の諾否だくひまでは時間がかかるわぁ」


 するとうららが、


「だな。あるいはその端末が『飛ばし携帯』っていうパターンもなくはないぜ?」


 身元がバレないように、ダミーの端末から投稿した可能性も捨てきれない。


「そうですね。その場合は投稿者の特定ができないまま、開示請求を待った時間が無駄になります」


 迷子は考えた。

 だが。

 答えは決まっている。


「迷ってる場合じゃありません。それならわたしたちのできる、『今の最善』を尽くしましょう!」


 行動あるのみ。

 とりあえず開示請求と同時進行で、聞き込みによる事件の捜査を行うことにした。

 はたして、『X』の死と生徒会の陰謀に繋がりはあるのか?

 

 迷子たちは次なる策へと、舵を切る――





――――――――――――

●お読みいただきありがとうございます。

 次回もお時間のある方は、ごゆるりとお立ち寄りください。

 それではまた(^^)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る