↓第45話 ごりょうしんの、おしえ。(間章 勝神の場合)
外食チェーン店を国内と海外に展開し、会社を有名企業に育てあげた。
そんな両親の教えはただ一つ。
【頂点を極めろ】
ただ、それだけだった。
勉強にしろ運動にしろ、すべての分野で頂点を極めることに意味がある。
極めることが全て。
それができない者に価値はない。
そんな脅迫めいた教育を勝神は受けてきた。
だが、親の思ったとおりに子が育つとは限らない。
学校でどれほど優秀な成績を収めても、それが一番でなければ親は評価しなかった。
たとえ一番になっても、それが当たり前と言われるだけ。
勝神は、ただ一番をとるためだけに歯を食いしばった。
地獄のような日々。
そんな彼には、楽しみがあった。
音楽を聴いているときだけは、心が安らぐような気がした。
星蓮学園の生徒会長になった今でも、それは変わらない。
音楽を聴いているときだけは、厳しい現実を忘れることができた。
音楽を聴きながら彼は思う。
社会に出た暁には、親の会社を乗っ取ろう。
そして頂点の呪縛から解放されようと、そう思っていた。
――でも、その必要もなくなった。
取り調べのため留置場でうなだれる今、そんなことはどうでもいい。
今回の件で、勝神は保釈金を支払って釈放されると思われていた。
しかし現実はそうならなかった。
星蓮海岸で起こる事件の数々。
死体が発見されるだけでなく、薬物を乱用するものまで現れた。
おまけに警察に殺到する膨大なタレコミ情報。
その真偽はさておき、こうなると万が一のことがあるかもしれない。
事件の関連性を考慮し、警察は今回関わった人間を慎重に取り調べていた。
勝神は考える。
自分はどうなるのだろう?
選挙どころか、未来がどうなるかもわからない。
すべては終わった。
終わってしまった――。
「ふふ……」
だが、自然と笑みがこぼれる。
彼の心は解放された。
留置場にいながらも、そこは世界のどんな場所よりも自由だった。
すべてが終わったはずなのに、こんなにも心は安らいでいる。
「フフフ~ン、フ~ン」
気づけば鼻歌を歌っていた。
瞼の裏で開演されるオーケストラ。
指揮者は彼で、タクトを振りながら会場の空気を掌握する。
心地いい。実にいい。
生まれて初めて覚える快感に、しばらく彼は浸っていた――。
「おい」
そんなとき、看守から呼び出しの声が掛かる。
目を閉じていた彼は再び現実の世界に呼び戻され、ゆっくりと腰を上げた。
また取り調べか。
少しダルそうに首を回して、出口のほうへと歩み寄る。
「面会だ」
看守はそう言った。
取り調べではない?
しかも誰がこんな場所に?
両親は海外にいるし、自分が逮捕されたからといって来るかどうかも怪しい。
「あの……誰です?」
訝しげに彼は尋ねていた。
「女の子だよ」
「女の子?」
「なんでも聞きたいことがあるそうだ」
「……弁護士の類ですか?」
「いや、そういうのじゃない」
「?」
まったく誰なのか見当もつかない。
勝神は思わず、その人物の名前を尋ねていた。
「あの、その人の名前は――」
「キミも知ってる人だよ」
「知ってる?」
「閃くままに行動し、時に現場を混乱させる閃光の迷探偵」
「まさか……」
二人は少し歩いて、面会室の前にやってくる。
扉を開けた看守は、入るように促しながらこう言った。
「才城迷子さんだ」
――――――――――――
●お読みいただきありがとうございます。
次回もお時間のある方は、ごゆるりとお立ち寄りください。
それではまた(^^)
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