↓第52話 くろまくの、しょうたい。
穏やかな星蓮岬に、迷子の声が響き渡る。
数瞬の沈黙を経て、ゆっくりと澪が口を開いた。
「く、黒幕って……はは、なにを言ってるの?」
「言葉の通りです。一連の騒動は、みおちゃんの計画によって始まったということです」
「またまた迷子ちゃん! そんな冗談……だよね?」
「冗談じゃありません。これは事実です」
揺るぎない迷子の瞳を見て、澪は小さく息を吐く。
「……わかったよ。そこまで言うなら推理を聞かせてくれる?」
メガネの位置を直して、彼女は迷子に向き直った。
「わかりました。ではまず、事の経緯を順番に説明しましょう」
そう言って迷子は、語りはじめた。
「事の発端は生徒会の三人がきっかけでした。彼らはそれぞれの思惑で事業を展開し、選挙運動で票を集めようとします。ところがその結果、賑わった海岸がゴミのポイ捨てで汚れる事態になりました。これを懸念したのがみおちゃんです」
「…………」
「生徒会の活動が盛んになるほど海岸は汚れました。もちろん中にはちゃんとゴミを持ち帰る人もいたでしょう。しかし、生徒会の人気取りが活発になるほど、人々は豪華な施設に流れ、海岸は汚れる一方でした」
迷子は続ける。
「お客が流れることで、星蓮荘の経営も悪化します。それだけではなく、生徒会は法を犯してまで生徒の人気を獲得しようとしました。このまま黙っておくわけにはいきません。みおちゃんは自分の手で証拠を集め、生徒会に制裁を加えようと試みたのです」
澪は黙って話を聞いている。
「生徒会の悪事が露呈すれば、選挙だけではなく施設の運営を止めることができるでしょう。そうすれば人は減り、海岸の汚染を減らせると考えたのです。ちなみに盗撮行為を行っていた右左津さんもまた、制裁の対象になっています。海岸で不法な行いをしていたんですから、まぁ、当然でしょう」
「…………」
「まずみおちゃんは、生徒会の黒いウワサに目をつけました。情報をもとにすれば、裏で行われていることは大体見当がつきます。あとは携帯端末を使って悪事の証拠を集めるだけです。しかしここで問題が発生しました」
「問題?」
「証拠集めに行き詰まったのです」
澪の表情が少し険しくなる。
「養殖場に出入りしていたみおちゃんは、勝神さんの横流した現場を抑え、深夜の海岸では酔っぱらいから飲酒の証拠を聞き出すことに成功しました。この動画を学園のグループチャットで流せば、生徒たちを扇動し、警察を動かす流れを作れます。しかし仁紫室さんに至ってはそうはいきません。なにせ売春の現場を押さえるわけですから。自らホテルに潜入するには、身に及ぶリスクが大きすぎます。そこでみおちゃんは考えました。わたしにテソロの捜査をさせるというものです」
澪は口を
「転校したあとも連絡を取り合っていたみおちゃんなら、わたしの探偵活動について知っているはずです。あらゆる事件に首を突っ込んで、場合によっては財閥の力を借りながらも、事件を解決に導いてきました。今回の仁紫室さんの件にしたって、SPへの応戦と特注のエアバッグを用意しましたし。どれもみおちゃんだけではどうにもできなかったはずです」
「確かにそうだね。でも、星蓮荘に迷子ちゃんたちを呼んだのは、純粋に夏休みを楽しんでほしいからだよ? もし捜査してほしいのなら、シンプルに依頼したほうがスムーズに事が運ぶんじゃない?」
確かにそうだ。
わざわざ動画を流すようなことをしなくても、依頼された事件なら迷子は進んで捜査しただろう。
むしろ親友の頼みとあれば、なおさらだ。
しかし。
そんな澪の疑問に、迷子はこう返す。
「そうですね。わたしもそこが引っ掛かっていました。本来なら回りくどいやり方をする必要がないんです。しかし、こう考えればどうでしょう? シンプルな話です。みおちゃんは自分の手で制裁を加えたいほど、彼らを恨んでいたのではありませんか?」
「……っ」
「この場所は――星蓮海岸はみおちゃんにとって想い出のある場所です。それを彼らは
もっとも、それにより気持ちが晴れたかどうかはわからないが……。
迷子の真剣な瞳が、澪に向けられる。
「マスコミなどに事件が大きく取り上げられたら好都合です。生徒会が負う社会的ダメージが、より高まりますしね」
メディアにこの件が露出すれば、確かにそうなるかもしれない。
少なくとも星蓮学園のグループチャットは、生徒からのバッシングで荒れている。
「今回の黒幕がみおちゃんだと気づいたきっかけは、あの動画でした。星蓮学園のグループチャットに投稿された三つの動画には、それぞれおかしな点があります」
「おかしな点?」
「たとえば一つ目の養殖場で撮影した動画と、三つ目の砂浜で撮影した動画には、画面に木材のような影が映り込んでいます。いいですか? この撮影ポイントにはこのようなものはありません。一方で二つ目に投稿された酔っぱらいの動画では、最初から木材らしきものは映っていません。これはなにを意味しているのでしょう?」
「なにって……」
「結論から言います。この物体の正体は、『カゴ』です」
迷子は端末で動画を再生し、画面を見せる。
「か……ご?」
「そうです。みおちゃんが海岸を掃除するときに使っているカゴが、これに映り込んでいたんです。ほら、なにもないところにカゴを置いて、その陰からレンズをかざせば、端末を隠した状態で現場を撮影することができます」
「…………」
「おまけにカゴが大きいから、しゃがめば身体を隠すこともできます。普段から海岸の清掃をしているみおちゃんならできますよね? カゴを背負って移動しても、誰も怪しむ人はいません。ましてや魚の盗難と盗撮現場を押さえた動画は、遠距離から撮影されたものでした。休憩がてら腰を下ろせば、カゴの陰を利用した撮影は容易だったはずです」
つまり傍から見れば、ただ休憩してる人にしか見えないわけだ。
カゴで死角をつくって、じっくりと証拠を撮ることができる。
「ちなみに三つ目の動画に関しては検証済みです。みおちゃんのゴミ拾いに同行した際に、端末をかざして同じ画が撮れるか試してみました」
「もしかして……あの休憩してた場所が?」
「そうです。カゴを盾にして実験しました。予想通り、投稿された角度と同じになりましたし、カゴの木目――『木材らしき影』も確認できました」
迷子はそのとき撮影した動画を見せる。
これで木材のような影の正体が判明した。
「でも待って。よっぱらいの動画に影がないのはなんで?」
ここで二つ目の動画に疑問を呈する澪。
迷子は答える。
「カゴを使う必要がないからです。相手は酔っぱらって判断能力が低下しています。近寄っても大丈夫でしょうし、もし顔バレしたくなければ、お面をつけて隠すこともできます。さらに何人かに質問していれば、バンケットの秘密を喋っちゃう人もいるでしょう。飲酒とクスリで気持ちよくなって、口を滑らせることは充分に考えられます」
「要は情報を得るのが簡単ってことね。でも迷子ちゃん、酔っぱらいの証言なんて信憑性があるとは思えないんだけど?」
「はい。それでもいいんです。重要なのは『酔っぱらいの生徒が、建物の中にいた』という証言ですから。仮にその情報がウソだったとしても、アップした動画を観た生徒を扇動できればOKです。『建物の中で怪しいことが行われている』というウワサが立てば、いずれ警察を動かすきっかけをつくれますので」
それを聞いた澪は、静かにメガネの位置を直す。
「話はわかったわ。実際、動画で扇動された生徒の通報で警察が動いたんだものね。結果的に裏でやっていたことが露呈して、生徒会は崩壊したわけだし……でも、迷子ちゃん。証拠はあるの?」
迷子は沈黙する。
「そこまで言うなら、わたしが現場を撮影したという証拠を見せてほしいの」
メガネの奥で鈍い光が揺らめく。
親友の問いに、迷子は顔を上げた。
「――わかりました」
そう言ってショルダーバッグに手を入れると、透明なビニール袋に入ったSDカードと携帯端末を取り出す。
「これにはみおちゃんの端末から複製したデータが入っています。確認したところ、学園のアカウントにアップされていた三つの動画が見つかりました」
「? どういうこと?」
「すみません。実はみおちゃんの隙をついて、端末を拝借していたんです」
迷子は携帯端末にSDカードを差し込み、動画を再生する。
それは確かに学園のグループチャットに投稿された動画だった。
「ちなみに端末は二つとも調べさせてもらいました。みおちゃんは自分の端末ではなく、星蓮荘で使っている端末で動画を投稿していたんですね」
「……いつの間に端末を?」
「覚えていますか? みおちゃんがうららんとぶつかった早朝のできごとを」
言われて澪は思い出す。
エレナ(ゆらら)がバイトに出掛けた日。
階段から駆け下りてきたうららとぶつかって、端末を落としたことを。
「そのときにこっそり盗んでいたんです。回収したうららんが旅行客に扮した才城家の鑑識に渡して、中のデータを確かめてもらいました」
「旅行客って……もしかしてあのキャリーバッグを持った人たちが?」
「そうです。ちなみにキャリーバッグの中身は鑑識の道具です。わたしがみおちゃんと海岸の掃除をしている間に、端末の鑑定を済ましてもらいました。黙っていたことは申し訳なかったです」
迷子は静かに一礼する。
「……そっか。ぜんぶバレてたんだ」
その発言は、ある意味自白とも取れるものだった。
澪はメガネを外すと、スッと肩の力を抜く。
「ちなみに証拠を隠滅するつもりはなかったの。誰かに見つかれば、わたしが投稿したって言うつもりだった」
そして彼女は迷子のほうに向き直った。
「迷子ちゃんの言うとおりだよ。わたしは生徒会の三人を恨んでた。あの人たちが施設を造ってから、海岸はどんどん汚れていく。汚染の対策は講じないのに、選挙の票を集めるために激化していく集客戦争。わたしはそれに耐えられなかったの」
自らの行いを認め、澪は全てを白状した。
「みおちゃん……」
「だけど聞いてほしいの! わたしは生徒会を恨んでいたけど、あの人は殺していない! むしろなんであの人は死んだのか知りたいくらいだよ!」
あの人――つまり澪は『X』を殺していないと言う。
「迷子ちゃん、わたしは生徒会を破滅に追い込んだけど、関係ない人は殺さない!」
彼女の言い分は、一見すると重い罪から逃れようとする犯人の
疑念を残す彼女の物言いに、しかし迷子は冷静に、
「はい。わかっています」
と、彼女の言葉をすんなり受け入れた。
「みおちゃんは人を殺めていません。確かに『黒幕』とは言いましたが、『X』さんを殺したとは言ってません」
――つまり、
「犯人は別にいます」
と、迷子は言う。
どうやら始めから、澪のことを殺人犯だとは思っていなかったようだ。
だとすれば、『X』を殺した犯人はどこに?
澪は詰め寄るように、核心を問う。
「ってことはつまり……迷子ちゃんはその人物に辿り着いているってことだよね!?」
迷子は黙って頷いた。
それを見て、澪は反射的に彼女の両肩を掴んでいた。
「教えて迷子ちゃん! 誰があの人を殺したの!? どうして死んで……あの人はいったい誰だったの!?」
ひどく興奮する澪に、
「落ち着いてくださいみおちゃん。犯人はもうじきここに現れます」
「現れる……って?」
澪が不安げな表情を浮かべていると、そこへ「じゃりじゃり」と地面を踏みしめながら足音が近づいてくる。
迷子は振り返り、澪もそのほうをじっと見つめた。
「…………え」
立っていた。
そこにいたのは、二人の少女だった。
「よぉ、迷子」
「お待たせぇ」
それは澪もよく知る人物。
夕日で朱に染まった、うららとゆららの姿だった――
――――――――――――
●お読みいただきありがとうございます。
次回もお時間のある方は、ごゆるりとお立ち寄りください。
それではまた(^^)
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