↓第5話 うわー! ひさしぶり!

「わぁ、久しぶりですね! このカンジ!」


 正面の建物を見上げて、迷子がキラキラした視線を向ける。

 澪が手をかざすその先には、昭和の雰囲気ただよう古宿が建っていた。

 木造二階建ての一軒家は、海風に長年さらされているせいか、かなり古い印象を受ける。

 というか端的に言ってオンボロ……。

 台風がきたら、一撃で吹き飛ばされるクオリティだった。


「んん? 思ってたのと違うな」


 うららは首をかしげて、『星蓮荘せいれんそう』と書かれた正面入り口の看板を見上げる。

 なんとも言えない沈黙の中、静かな波の音と、ウミネコの鳴き声だけがその場を満たした。


「す、すみません! こんなボロボロで!」


「あ、いや、ディスったわけじゃないんだ! リゾート地みたいなのを想像してたから……」


 慌ててフォローするうららと、申し訳なさそうな澪。

 星蓮学園はそれなりの富裕層が通う学校なので、紹介される宿も豪華な建物だと思い込んでいた。


「『星蓮荘』は、みおちゃんのひいおばあちゃんの代から続いているんです。昔ながらの屋根瓦が、なんともクールジャパンでイカしてますよね!」


 腰に手を当てて胸を張る迷子。


「だからなんでおまえがドヤ顔なんだよ。あたしだってこういうトコ好きだぜ」と、うららが付け加える。


「それにしてもみおちゃん。改修工事するって言ってませんでした?」


 迷子はなにげなく話を振る。

 澪は少し気まずそうに視線を逸らした。


「あ、実はその話、なくなっちゃったんだ……」


「ええっ!?」


「工事費が出せなくなって……実際、観光客はリゾート地のほうに流れちゃってるし。だから経営のことを考えたときに、今年を最後に宿を畳もうかっていう話になったの」


「そ、そんな……」


「だから今はわたし一人で切り盛りしてるんだ。おばあちゃんはもう歳だし、少し前からパパとママの家で一緒に住んでるの。もともとわたしが手伝うのも夏休みの間だけだったし。迷子ちゃんたちをおもてなししたら、ここはもうおしまい」


 よほど予想外だったのか、迷子は話を聞きながら口をパクパクさせている。

 メールのやりとりでは、改修工事が進んでいるものとばかり思っていた。


「黙っててごめん! でも、迷子ちゃんに余計な心配はしてほしくなくて」


「みおちゃん……」


「でも大丈夫、ちゃんと話した上で決まったことだし。それに最後のお客さんが迷子ちゃんたちでわたしは嬉しいの!」


 澪の健気な笑顔。


「だからうんと楽しんでいってね!」


「……わかりました。わたしも爆発する勢いで楽しみまくりますっ!」


「ふふ」


 迷子の姿を見て、澪はほっこりと笑みをこぼす。


「それではみなさん。どうぞ中へ!」


 澪は玄関を開け、一同を宿の中へと招き入れる。

 これからはじまる楽しい夏の情景を思い描きながら。

 迷子たちは『星蓮荘』へと足を踏み入れるのだが、


《ぎゃああぁぁぁあああぁぁぁァァァッ!!》


 数分後に絶叫が木霊こだまするなんて、このときは誰も想像していなかった――





――――――――――――

●お読みいただきありがとうございます。

 次回の更新は9月27日、21時ごろの予定です。

 お時間のある方は、ごゆるりとお立ち寄りください。

 それではまた(^^)

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