↓第6話 めずらしい、絵。
時刻は昼過ぎ。
ひとまず『星蓮荘』のシャワーを借りて、迷子とうららは海水で濡れた身体を洗い流す。
そして脱衣所で着替えると、二階に移動して澪から部屋を案内された。
「ここが迷子ちゃんたちの部屋だよ」
澪が部屋のドアを開けると、そこは広々とした和室が広がっていた。
今回は三人で一つの部屋を使わせていただくことになっている。
「うわー、すっごーい!」
広縁の窓から星蓮海岸の絶景が広がっていた。
窓を開けると、迷子は身を乗り出して外の風を身体に受ける。
「んんーっ、サイっコーです!」
岩場に根を張る
耳をすませば、白浜をさらうさざ波の音。
きらめく水平線に想いを馳せれば、自然と心の中が洗われていくような感覚を覚えた。
「メイちゃん、そんなに乗り出したら――」
ゆららが「危ない!」と言おうとした瞬間、フラグ回収とばかりに迷子の身体がグラつく。
「うっ、うわわわわ!!」
手足をバタつかせる彼女の半身を、ゆららは一瞬で掴んでそのまま室内にひきずり込んだ。
二人は大きく息を吐き、畳の上で仰向けになる。
「んもう、メイちゃんったら……」
「ご、ごめんなさいです……」
呆れるゆららに、迷子は気まずい笑みを浮かべる。
と、仰向けになった視界に、あるものが映り込んだ。
「? これは……」
和室の天井。
そこには浮世絵のようなタッチで、広い海の風景が描かれていた。
「前に来たとき、こんな絵ありましたっけ?」
「うん。迷子ちゃんが知ってるのは別の部屋で、この絵は昔からここに描かれているよ」
歩み寄ってきた澪が言う。
「へぇ……ちなみにこれはなにを表しているんです?」
「『星蓮海岸の伝説』だよ」
「でんせつ?」
澪は天井を見上げながら説明した。
「描かれているのは星蓮海岸でね、昔からこの辺りに伝わる伝承をあらわしているの」
「ふむふむ、岬に立っているのは女の人ですか?」
「そう。この人は星蓮海岸の女神で、いつもここで歌を歌っているんだ」
「歌ですか。あ! ひょっとして歌の力で人々を幸せにする的な?」
「ううん、そうじゃなくて――」
澪が静かにメガネの位置を直すと、
「歌声で人々を呪うためだよ」
そう答えた。
和室に重い沈黙が流れる。
「あ、えっと……あくまで伝説だからね! ちなみに人々を呪う理由は、海を汚した人間に天罰をあたえるためなの。美しい歌声に集まってきた人たちは、知らないうちに歌の毒にかかり不幸になる。そうやって少しずつ人々を消して、海岸をもとの姿に戻そうとしているんだって」
「なんか、ヤベェ絵だな……」
顔を引きつらせるうらら。
ゆららは興味深そうに天井を見上げ、迷子は恐怖のあまり目が点になって固まっていた。
場の空気を悪くしたと思い、澪が慌てて取り繕う。
「で、でも、この話には続きがあるらしくて、えっと……たぶんそんな怖い話じゃなかったと思うけど……なんだっけ……う~忘れちゃったけど、きっとハッピーエンドで終わるから大丈夫だよ!」
「いや、ぜんぜんフォローになってねぇぜみおっち……」
「うふふ、私はこういう話、きらいじゃないわぁ」
「…………」
「っていうか迷子のやつ、マジで動かないぞ?」
うららが迷子の頬をつんつん指先でつついていると、下の階から《ピーーーッ!》という甲高い音が鳴り響いた。
その音にビクンと反応した迷子が、「ぎゃああぁぁぁあああぁぁぁァァァッ!!」と絶叫する。
「の、の、の、呪いです! 星蓮海岸の女神に呪い殺されますっ!」
「お、落ち着いて迷子ちゃん! 『やかん』を火にかけたままだったの!」
和室を走り回る迷子を
「今からお茶を淹れますので、よかったらみなさん下へお越しください!」
そう言ってズレたメガネを正すと、彼女は先に一階に下りていった。
「ふぅ……まぁ、せっかくなんで、あたしたちも行こうぜ」
うららが走り回る主人の襟首を掴むと、「ぐえっ」とカエルみたいな声を上げて、迷子は正気に戻る。
そのまま雑に引きずられながら部屋をあとにするが。
去り際に見た天井の女神がこちらを見ているような気がして、迷子はしばらく子犬のように震えていた――
――――――――――――
●お読みいただきありがとうございます。
次回の更新は9月28日、21時ごろの予定です。
お時間のある方は、ごゆるりとお立ち寄りください。
それではまた(^^)
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