↓第7話 いしが置いてあったん、です。

 一階に下りてきた迷子たちは、イスに座った。

 ここは食堂になっており、複数のテーブルと厨房前のカウンター席で構成されている。

 天井の隅には古いテレビが設置してあり、いかにも昭和な大衆食堂の雰囲気があった。


「あれ、もう震えは止まったのか?」

 

 尋ねるうららに、迷子はお茶をすすりながら答える。


「フフン、わたしを甘く見ないでいただきたいですねズズゥ……。わたしにかかれば、あの絵を癒し系神絵師の筆致に脳内変換するなど容易いでズゥ……。これでもう怖いものなんてありませんでズゥ……」


 湯飲みを口に当てたまま、ドヤ顔視線の迷子。


「はいはい顔やめろ顔」と、うららは適当にあしらう。

 片手でお茶菓子をパクつきながら、食堂の隅に視線をやった。


「ところでみおっち、これはなんだ?」


 そこには雛壇ひなだんのように段差のついた台座があった。

 上には『流木』や『石』など、まるでガラクタのようなものが置かれている。


「それは海で拾ってきたものを飾っているんです。わたしのおばあちゃんがこういうの好きで、昔からここに並べてあるんですよ」


「へぇ、けっこうおもしろいカタチしてるな」


「形が気に入ったものをそのまま置いてあるだけなんですけどね。まぁ、芸術品としての価値はゼロなんですけど」


 そう言って澪は自虐的な笑みを浮かべた。


「ん? なぁ、ここはなんで空いてるんだ?」


 一定の間隔で並んでいる流木や石だが、なぜか『一カ所だけ空白』になっている。

 うららはそこに違和感を覚えたようだ。

 よく見ると、その部分だけホコリが被っていない。


「実はそこにも『石』が置いてあったんです。オレンジ色で漬物石くらいのサイズです」


 澪はジェスチャーを交えながら説明する。


「片付けちゃったんですか?」

 と、迷子が台座を見ながら尋ねると、


「それが、盗まれちゃって……」

 澪は困った表情を浮かべた。


「少し食堂から離れた隙になくなったの。誰かが獲っていったんだと思うけど……でも変ね、海で拾ったものがお金になるとは思えなくて」


 澪は不思議そうに台座を見つめた。


「確かに。ドロボウが欲しがる理由がないよな」と、うらら。


「あらぁ、ひょっとして宝石の原石だったとかぁ?」


 ゆららはそう言って微笑むが、しかし澪は首を横に振った。


「わたしも画像で調べたんですけど、それらしいものは見つかりませんでした」


「じゃあただの石ころなのねぇ?」


「おそらく」


 そんな会話を聞きながら、湯飲みを口につけたままの迷子がハッと肩を震わせた。


「――あああっ!!」


「な、なんだよいきなり?」


「星蓮海岸の伝説ですようららん! きっと女神が石を持っていったんです!」


「はぁ?」


「人々を困らせるために台座から石を抜いたんです! いつもあるものがなくなっていたら、このスペースが気になってお客さんは食事どころではありませんっ! こんな地味な嫌がらせをするとは……なんて恐ろしい呪いなんでしょう!」


 一人盛り上がる迷子。


「……とんだ迷推理だな」


 うららはツッコむ気力も失せていた。


《ガッシャン!》


 と、そのとき。

 少し離れた席で、ガラスが割れるような音がした。


「ひゃっ……!?」


 迷子はビクッとして振り返る。

 どうやら隅っこのテーブル席に座っていた客が、水の入ったコップを落としたようだ。


「だ、だいじょうぶですか?」


 心配した澪が、布巾を持って駆け寄る。


「あ、あ、いや、その……」


 コップを割った客は、なぜか動揺した様子で口元を震わせていた。

 年齢は高校生くらいだ。

 リュックサックを背負い、野球帽を目深にかぶったおとなしそうな男性だ。

 首から一眼レフのカメラを下げ、机の上には携帯端末をつけた自撮り棒を置いている。

 

 なぜか血の気が引いたような表情で、


「ご、ご、ごちそうさまでした……っ!」


 そう告げる。

 震える手でサイフを取り出し、食事の料金を机の上に置いていった。

 ガラス片を拾っていた澪が立ち上がるのを待たずに、そのまま顔を隠すように食堂を飛び出していく。


「あの、ちょっと……!」


 澪が声をかけたときには、もう男性の姿はなかった。


「ひどく慌てていましたね。一体どうしたのでしょう?」


 様子を見ていた迷子が、彼の背中に不審な目を向ける。


「確かあの人……定期的に食堂を利用してくれてるお客さんだよ」


「そうなんですか?」


「『星蓮荘』は宿泊しなくても食堂は利用できるからね。見たかんじ同年代っぽいから、ひょっとして星蓮学園の生徒かも」

 

 机を拭きながら、澪はそんなことを言う。


「ふ~ん……」


 迷子は宿の出入口に立って、ぼんやりと男性が去ったほうを眺めていた。

 すると突然、頭におおきな影が落ちる。


「――?」


 見上げてみると、そこには巨人のような大男が立っていた。

 出入口の暖簾のれんをくぐって、ぬらりと迷子の前に立ちはだかる。


「…………」


 男は無言で迷子を見下ろした。

 ハーフパンツとビーチサンダルだけを身につけた、2メートルほどの長身。

 身体はいわおのようにガッシリしていて、ほどよく日に焼けた肌が印象的だ。

 長くてボサっとした髪を垂らして、ムスっとした表情を迷子に向けた。


「あ……」


 迷子は思う。

 ディ●ニー映画に出てくる『ター●ン』にそっくりだと。


「あ、いらっしゃい」


 そんな野生児のような男に、澪はなんでもないように話しかける。

 まるで知り合いと接するように、気軽な態度だった。


「今日は何にします?」


「…………」


 男は無言のまま宿の外を一瞥すると、


「さっきの男は?」


 と、静かで聞き取りやすい声で話しかけた。


「さっきの? ああ、あの自撮り棒を持った人ですね。あの人は定期的にこの食堂を利用してくれているお客さんですよ」


「……チッ」


 質問に答えた澪に、男はなぜか舌打ちした。

 その様子に疑問を持ったのか「あの……」と澪が声をかける。

 すると、


「『あいつには気をつけろ』」


 と、男はそんな一言を残した。

 言葉の意味がわからない澪をそのままにして、男はぬらりとカウンター席に腰を下ろす。


「…………」


 依然として無愛想な男。

 その横にひょっこり姿を現した迷子が、


「あの~」


 顔を覗き込んで質問する。


「勘違いだったら申し訳ないんですけど、以前どこかでお会いしましたっけ?」


 その言葉を聞いた途端、男はピクリと眉を動かした。

 そのまま手元に置かれていたコップの水を一気に飲み干すと、


「人違いだ」


 と、バツが悪そうに視線を逸らした。


「へんですねぇ、すみませんがもう少し顔を――」


 迷子が身を乗り出した途端、男はスッと立ち上がり踵を返す。

 注文を取りにきた澪とすれ違い、


「すまない」


 一言残して食堂を出ていってしまった。


「ああ、ちょっと!」


 呼び止める澪の声にも振り返らず、男は海岸のほうへと消えていく。

 澪は駆け寄っていき、男が去っていったほうをしばらく眺めていた。


「ねぇ、みおちゃん。あの人知り合い?」


「うん、食堂に来てくれるお客さんなの。とはいってもお金は持ってないんだけどね」


「え? 持ってない?」


 尋ねる迷子に、澪は思い出しながら話しはじめた。


「ある日、海岸の掃除をしていたらあの人が波打ち際で倒れてたの。一瞬死んでると思って焦ったんだけど、息はあったわ。どうもお腹が空いてたみたいで……だから星蓮荘に連れてきて、わたしがご飯を食べさせてあげたの」


「じゃあ、それから知り合いに?」


「そう、でもタダで食べるのは気が引けるからって、あの人は食器の後片づけとか宿の掃除を手伝ってくれたんだ。気にしなくていいよって言ったんだけど、きっちり仕事してくれて」


「へぇ~、見かけによらず律儀なんですね」


「ふふ、見かけはコワイけどね。それでいろいろ聞いてみたら、この辺りで野宿をしてることがわかったの。サイフも持ってないし、どこから来たのかわかんないけど、また倒れたらたいへんだから「いつでもごはん食べに来ていいよ」って言ってあるんだ。そのときは星蓮荘のお手伝いをしてもらうって条件つきでね」


 澪は小さく微笑みをこぼす。


「みおっちはいいヤツだな。あたしも手伝ったら爆食いしていい?」


「姉さんはお金払ってねぇ」


 微笑みながらうららに平手打ちするゆらら。

 その横で、迷子が言う。


「しかしどこの誰なんでしょう。さすがに怪しすぎません?」


「まぁ、そうなんだけどね。でも、なぜかあの人をほっとけなくて」


「みおちゃんの知り合いじゃないんですよね?」


「そうなの。なんだろうね、この感覚……」


 澪は男に対して既視感を覚えたことを不思議がっていた。

 初対面の相手ならなおさらだ。


「普通に考えたら怪しいよね。サイフも身分証もない状態で倒れてるって。ちなみに記憶はあるみたいだけど、なぜか星蓮海岸に居座る理由はぜったいに話さないの」


「警察には言わなかったんですか?」


「うん、なんとなくね。悪い人じゃなさそうだし、しばらく様子を見ようと思ったの」


「そうですか……」


 澪は薄く微笑んだあと、迷子に問いかけた。


「そういえばさっき、『以前どこかでお会いしましたっけ?』って言ってたけど、迷子ちゃんこそ知り合い?」


「う~ん、どこかで会ったような気がしたんですけど、わたしの勘違いでしょうか? 相手も知らないって言ってましたし」


 腕を組んでターザ●の姿を思い浮かべる迷子。

 世の中には似ている人がごまんといるし、間違っていても不思議ではない。


「む~、考えてもわかりません。わからないときは一旦思考を切り替えるのが一番です!」


 そう言ってテーブルのお茶菓子を口に運ぶ迷子。

 ……運びすぎてリスみたいな顔になっている。


「ああっ! それあたしが食べようとしたヤツ!」


「って、姉さんそんなにガッツかなくてもぉ」


「あわわ、大丈夫ですよ! お茶もお菓子もたくさんありますから!」


 賑やかになる食堂。

 澪はなんだか楽しくて、みんなを見ながら笑みをこぼした。


「…………」


 そんな中。

 迷子はもぐもぐと口を動かしながら、あることを考えていた。


【あいつには気をつけろ】


 男が放ったその一言。

 それがなぜか黒い渦のようにひろがって、

 迷子の頭の中を支配していた――





――――――――――――

●お読みいただきありがとうございます。

 次回の更新は9月29日、21時ごろの予定です。

 お時間のある方は、ごゆるりとお立ち寄りください。

 それではまた(^^)

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