第5話 限界突破



ズズズズズズズズズズズズズズズズズ


わずかに振動が落ち着いて来たので、ディグリーは魔法陣の方をそっと伺う。


魔法陣障壁内は、かつて感じたことの無い『聖魔素光子』量が充満する事を示す様に、青白く輝いて居る。


ディグリーの背筋には、ゾクゾクと畏怖いふの寒気を感じる。


どう見積もっても、『天空の太陽に等しい聖魔素ホーリー・マナ』量だ。


勇者様が持っていた、『白い水タンク?』の中に詰まっていたのか?


...... 新たな勇者様の世界では、そんな強大な量の『聖魔素光子』を扱える武器が有るのか?


...... 魔王どころではない。

...... 救世主どころか、この世界を征服出来てしまうでは無いのか?


ディグリーの連想は、果てし無く不安妄想を掻き立てて行く。



ビキビキビキビキ



突然!召喚陣の障壁に、亀裂が走る!



「! メルダっ! 障壁強度補正!」

「ハイッ!」


ディグリーとメルダは完全に床に寝転び、天井に両手を挙げ、再度魔法陣を操作し始める。


再起動した魔法陣の色は、既に黄色い。いや、チカチカと赤色にも、交互にまたたく。


「神殿コアが! 限界です!」


メルダが悲鳴をあげる。


たもたせなさい!」


ディグリーは、ピシャリと発令する。


「ひぃ、ハイ!」


メルダは、小さな魔法陣を、顔の左そばに立ち上げる。


動力長どうりょくちょう施設動力長しせつどうりょくちょう!」


『なんだ?メルダ! いまコアの世話で忙しい!』


「神殿コアの限界まで、手動管理でいくつですか!」


『いま96%までブン回されてる! 手動でもキビシイ! このバカみたいに強大な魔素はなんだ?!』


「バスクじい! その説明は、後よ!」


『おぅ、ディグ嬢も来てたのか! ちぃ! 手動でも後数分で、コアが割れっぞ!』


「くっ! 何かないの! 余剰を、どっかに逃がすとか!」


『もう第三補助コアまで、いっぱいだ!』


「にがす......」メルダが、ひらめく。


「武器コアにも、流しましょう!」


『マジかよ!......武器コアが過剰魔素で、少し止まるぞ』


「割れても止まっても、交換すればいい! 障壁を維持して、皆の命を守るのよ!」


ディグリーは、言い切る。


「ハイ! 神殿コア限界突破げんかいとっぱ!」


メルダは叫んで、魔法陣を操作する。


『なんてこった!』


ディグリーとメルダの操る魔法陣は、黄色から危険をしめす赤色に輝き出す。



ミシミシミシ...... ミシ......



魔法陣障壁のヒビの広がりが、なんとか止まる。



「...... もう! いい加減収まりなさい!」


ディグリーは、ピシャリと叫ぶ。



ズズズズズズズズズズ......



ディグリーに文句を言われた輝きは、何とか収まり出す。


『ちぃ、武器コアも95%までいっぱいだ! どっかに魔素逃がさんと、魔道砲が撃てないぞ! 焼き付いちまう!』


バスクじいのボヤキが、通信魔法陣の向こうから聞こえる。




○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○




やっと激しい魔素の濁流だくりゅうは、収まってゆく。


魔法陣の動きも、消えてゆく。


天上を突き抜けた、魔素の光柱も消えてゆく。


雲を突き抜け雲を吹き飛ばした光柱が消えたので、天上の大穴から早朝のさわやかな青空が見える。


非常事態が過ぎ去り、気が抜けた全員が、床にへばったまま動けない。



「はぁ...... 神殿コア、ナンとか黄色に戻りました...... 久し振りに人手整備を行わないと」


副司祭メルダは魔法陣から手を降ろし、礼拝堂の床にへばる。


「そうね...... 神殿建物群全てが吹き飛ぶより良いわよ」


ディグリーも両手を魔法陣から降ろし、床にへばる。


彼女の双丘もセルガに負けぬ程、仰向けでも立派に存在感を主張して崩れ無い。


床に仰向けのままの彼女は、自然と視界に入った丸天井の巨大なフレスコ画を眺める。


画題は、ヴォーグ教神話の『聖剣を振るう勇者』だ。勇者は足元の魔族に向かい、鋭い聖剣を振り上げて居る。

ちょうど勇者の顔の左横に、召喚陣からの光が貫いて、ポッカリと大穴が開いてしまっている。


あやー、修繕費はいくらかしら......


「...... でも......」


ディグリーは、小さく呟く。


...... この御力おちからなら、巨大魔人ギェンガーをも凌駕りょうがされるのでは無くて?


ディグリーの胸中はなぜか、新たな勇者に畏怖と少しの安心感を覚える。





「ミャッ!?」


まだ床でへばっている、かばってくれた衛兵隊の下から抜け出した幼女シャナが、いち早く気が付く。


「セルガしゃまは!?」


「「「「えっ!?」」」」


野球場の内野ほどの広さの魔法陣に

天上に開いた大穴から朝日の明るさが、

天使の梯子の様に降りてくる。


視界をさえぎるモノは、何もない。


ピッチャー・マウンドの位置にあるカウチベッドには、誰も居なかった。

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