第6話 彼らの名は
2X22年四月八日 日本国 午後三時過ぎ 関東平野上空の衛星軌道上
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
巨大な
その構造物は、その昔地球の七つの海を『わざわざ』数ヶ月掛けて世界一周の航行を
宇宙船の船体は、全長500メートル強。全高と全幅に150メートル強を有し、乗客二万人強を余裕で
この『質量』が、この速度で東京都庁に落ちれば、都庁を中心に関東平野をスッポリ飲み込むクレーターが出来るだろう。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
地球人が太陽系内
各惑星のスペース・コロニー間を航行する旅客船や運搬船は、四桁を数え、毎日めまぐるしい運行ダイヤで運用されて居る。
超巨大
ルナ・パークに滞在してパークを存分に楽しんだ乗客や、格惑星基地から地球に帰還する乗客を満載し、地球上の
本来ならば外宇宙速度から減速するための、地球大気圏外減速ルートを一周し、眼下の美しい地球を楽しみながら、
しかし減速ルートに入ろうとした瞬間、レーダーにも見えない『何か』と激突し、外宇宙速度のまま大気圏内に突入してしまった。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
高級ホテルの様に豪華で、清潔感あふれる個室に
大ぶりなソファにお腹の大きい妊婦さんが、ゆったりと座っている。
大きくなった自分のお腹を、両手で優しくなでる。
幸せそうに、ほほえんでいる。
ほほえむ彼女の横には、同様にほほえむ同世代の男性が座っている。
『で。体調はどうだい?』
「ありがとう。とても安定しているは。そして
『良かった』
男性の声は、合成音っぽい。
どうやら男性は、遠方からの3D立体映像のようだ。
コンコン
「どうぞ〜」
「失礼します......あら、対話中でしたのね。後にしましょうか?」
「いえ、高畑先生。ちょうど良いですは。主人にも、お腹の赤ちゃんの経過を一緒に聞いてもらいたいし」
『はい。是非お願いします』
「では、お邪魔しますね」
産婦人科医の高畑久美子は、にこやかに入室していく
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
高畑久美子・産婦人科医師は午後の回診を終え、総合保育所にいた。
彼女のまわりには、いくつもの赤子の3D映像が浮かんでいて、診察データを元に赤子ごとの処置の指示を打ち込んでいる。
カラーン コロン
「え?緊急呼び出し!?......が来たは。トガさん、後ヨロシク♪」
高畑久美子は 言うや否や、性別もわからない赤子が入った保育カプセルが、Amazon配送センターの様に高い天上までぎっしり詰まった壁を離れる。
その壁は、蜂の巣の中の様だ。
ひとつ一つの保育カプセルは、ゆったりとした動きのマジックハンドで、優しく運ばれている。
高畑は棚から離れ、同僚に声をかけながら出入口に向かって歩き出す。
「はあぃ!
「ありがとう♪」廊下に出ながら答える。
彼女は保育室を出ると、二車線道路くらいある廊下をズンズンと早足に歩く。
廊下の突き当りの壁に、通常の非常ドアが見える。
「緊急オープン」
ガコン
高畑の声に反応した、非常ドアが自動で開く。
ガコン
彼女が内側に入ると非常ドアが、しっかり閉まり再ロックされる。
非常ドアの向かいの壁にも、ドアがある。
そのドアの前に立つと......
ガコン
そのドアが開くと......眼下に、高層ビル群の摩天楼が見える。
ここは東京湾人工島に建造された、
スカイツリーより、高そうだ。
エアロック形態の非常口の高さは、千メートルはゆうに超える。
彼女はためらいなく、その開いた非常口から、摩天楼ビル群に向かい身を投げる。
高層階から真っ逆さまに落ちて行く彼女の全身は、光り輝く。
光が収まると、全身は白いボディスーツに包まれ、頭部は金魚鉢の様な透明のヘルメットに包まれている。
「テナ、現場へ!」
『かしこままり〜』
ドンッ!
落下方向から、上空に向かいギュンとベクトルが変わり、すさまじい急上昇が始まる。
ボヒュン!
薄曇りの雲を、音速で突き抜ける。
あいた雲の穴から、ひとすじの天使の梯子が、ふりそそぐ。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
カラーン コロン
東京都渋谷区渋谷駅近くの渋谷ストリーム高層階のオフィスで、VRチェアに横たわりメタバースに接続して仕事をしていた『侍』デニス・カーマインの、脳内アラームが鳴る。
いつもは自宅リモートかワーケーションをしているが、今日は渋谷で会合があるので、『侍』のオフィスで仕事をこなしていた。
見渡せば、周りの『侍』達も、顔をあげて緊急事態内容を確認している。
いま動ける『侍』は、次々と立ち上がる。
デニスも現在の仕事の残りは、AIに代行させられるので、立ち上がる。
立ち上がった『侍』達は部屋の端の『転送ゾーン』に入って行き、次々と輝きながら『消えて』ゆく。
デニスも、転送ゾーンへの列に並ぶ。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
『メイディ、メイディ、メイディ』
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
「落ちる一方なのかっ!?」
「きゅ、救助隊は!?」
「おい! この救助カプセルは、射出されないのかっ!?」
『何か』と激突直後、すみやかに乗客全員が脱出カプセルに収容された。
もちろんカプセルに大気圏突入性能はあるが、現在の凄まじい速度で射出すると、大気圏内で燃え尽きてしまう。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
「ああああああ! 駄目だぁ! ここで死ぬのかっ!」
「クソぅ!
乗客全員が自席の安全
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
「あぁ。
一人の日本人女性が、右手に幼い男の子をシッカリ抱き締めながら、
「...... まま......
母親は
利発な子で、自分脳内の学習インプラントA.Iと交流して居る内に、いつの間にか『読書』を覚える。
たまに息子の『読者経歴』を見て、驚かされる。
おきにいりの絵本に混じり、小学校高学年向けの書籍も混じり始めた。
それなのに、こんなところで......
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
(『身に危険な何か』に巻き込まれたら、これを開封しなさい)
なんとか
そうだ!
旅立つ前に、『
そうよ! いま使わずに、いつ使うのよ!
母親は御守りを入れたポーチに、じれったくもゆっくりと手を伸ばす。
ポーチを探ると、すぐ御守りは見付かる。
すぐさま開封する。
ポーン
次元通信が繋がったチャイムが鳴る。
『遅いぞ
「あぁ! 高羽叔父さん! 助けて!」
『晴人も無事か? 『侍』救助隊は、そちらを目視してる! もう到着する!』
「はい! 晴人も無事よ!」
『わかった♪ まかせろ』
母親は、利発な息子に話しかける。
「よかった! 『侍』さん達が必ず助けてくれるは! 晴人。貴方はまだ死を考えるには早いは。ちゃんとお家に帰りましょう。そして沢山、好きな絵本を読んで上げる」
「わぁい♪ ままが、ほんよんでくれるの、いちばんすき♪」
晴人は飛び切りの笑顔を、母親に向ける。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
『こちら『侍』救助隊! 救助要請を受け、貴船を救助する!』
「「「「「うおおおおおおおおお♪」」」」」
突然の救助の連絡に、
船の外には、空気摩擦のプラズマ光に
彼らは、『
そして
そう。『
しかし現在『侍』に、地球上で勝てる『
◯ ◯ ◯
『
ベテラン人造超人『侍』の高羽が、半透明のフェイスプレートの中で叫ぶ。
どうせ『侍クラウド』の脳内通信なので、声に出さなくても『思考制御』で無言で良いのだが、興奮で叫んでしまった様だ。
『キムだ。アーカ実験船の
『助かる! よし、
ピキン!
数十人の『侍』同士が、青い輝きの光線でつながり、ホワイト・コメットの巨大船体に『光の網』を掛ける。
『ようし!引きあげるぞ!』
ドドドドドドドドドドドドドドドド
ピン!と光の網は、
『『『『『うおおおおおおおお!』』』』』
ギシギシギシギシギシギシギシ
巨大船体の落下速度は、一気に落ちる。
……残念ながら、数十人の
キカッ
『おっと!』
問答無用で飛んで来たデブリ・
ホワイト・コメットのほど近くで、エネルギー光線の爆発がきらめく。
『ぬぅ。
防衛局はアーカ国管轄だから、何としても「ホワイト・コメット」を『
どうあっても、われわれ『
が、
現在は、救助活動中の『侍』を『いないもの』とみなしている。
世界中の目が注目されている、救助活動メタバース放送を『無視』している。
後で、かなり燃え上がるだろう。
『おう、高畑さん! 『
『はぁい。引き続き、警戒します。でも次は『
『くそう。おい
『高羽センパイ。あと10秒で、『侍』ワークステーションと『俺の脳』との『
左目には、眼窩に沿って貼り付くタイプのモノクルが装着されて居る。
モノクルの奥は、青白い光と黄色い光と赤い光が、ルーターの様に交互に
宇宙空間の高羽達とは、『侍』クラウドでの統合通信で、相互念話できる。
『JFKネオ防衛局より、
『おっと、5秒早いな。ふぅん二十発ね。
『あぁ、そうだな! クソッ、なんて重い船だっ! やっぱり
高羽は光の網を、全力で引きながら叫ぶ。
『それは、一番早く言って下さいよ。それでは、高羽センパイの
ベランダに立つ
開祖シンからは、
どなたです? え? 2000年代のスーパー戦隊シリーズ出身の俳優?
……まぁ後ほど、画像検索させていただきましょう。
眺は、程よく鍛え上げられた、身長183cmの細マッチョである。
...... が、日の光の下で見ると、左目のモノクル周囲の皮膚が人形っぽい。
過去に負った傷口を、人造皮膚で隠して居る様子だ。
彼は空を見上げ、方向を確かめる。
「あっちか」
空は少し、薄曇りである。
とん
ベランダを軽く蹴り、三メートルほど飛ぶ。
ピカッ!
眺の全身は輝き、一瞬で全身『銀色』の『侍』
頭は黒髪のソフトモヒカンがむき出しだ。顔は能面程の大きさの半透明フェイスプレートに、覆われる。
ドンッ!
彼は銀色の塊となり、一瞬で雲を突き抜ける。
飛び去る
空いた穴から、『天使の梯子』と呼ばれる光が、降り注ぐ。。
◯ ◯ ◯
あっという間に成層圏を抜け、宇宙空間を凄まじいスピードで突き抜け、二十発のミサイル群に紛れ込む。
「うわ! 早い! これまでの『侍』さん達より、三倍の早さです。うわぉ! たちまち二十本のミサイル群に、追い付きました!」
『三倍て』
『紅い彗★か?』
『狙ったかな? レーダー手に言わせる、御約束のセリフだろ?』
『知らんがな!』
落ちる船を必死で支えながら、『侍』達はお互いボヤく。
『侍』
(隼。ジャミング)
(はイ。ジャミング!)
猛は自分の脳内に常駐する、『
ボボン
ミサイルの推進の炎が、二十発いっせいに消える。
『おまちどう』
彼は高羽達に、笑顔で声をかける。
『こんな
高羽は、
『はい。大丈夫です』
『わかった』
すこしも心配して居ない口調で、高羽は納得する。
『では『
ブワッ
『では、始めますよ! 3、2、1、キャッチ!』
ズズン!
巨大船体に、一つ衝撃が来る。
『なんだ。そんなに衝撃は来ないな』
『そりゃそうです。『勝負』じゃぁ無いんですから。船体を壊さぬ様、衝撃吸収の為に、ワザと『落ちてる』んですから』
『よし。減速!』
ズズズズズズズズズズズズズゥウウン
グワッと、眺への加重が強くなって行く。
ギシギシギシギシギシギシ
高密度多層構造のハズのホワイト・コメットの船体が、
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
ボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボ
船外では轟音と共に、摩擦熱プラズマに燃えるホワイト・コメットのシールドに、その真下で、強く、青白い『
落下点周辺各国の諸々の放送局は、ありったけのカメラ・ドローンを飛ばし、プラズマに燃えるホワイト・コメットを中心に三百六十度グルリと、動画や静止画を撮りまくる。
そして、リアルタイムで動画を垂れ流す。
数多くの目撃者は自分のコンタクト型スマホで、
コンタクト型とは言え『
これまたリアルタイムで、メタバースに動画を垂れ流す。
地球の裏側の人々も
コンタクト型スマホや、脳内インプラント接続でメタバースに接続し、肉眼で見て居る様に『侍』達の活躍を、目撃する。
つまり、全世界の人間がこの瞬間、同時に『侍』の実力と実行力を、目撃する。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
おっと、案外重いな。
(隼! ユグドラシル・光子エナジーの出力を上げる!)
『侍』スーツ官制AIの『
(はイ。出力の指示を御願いしまス)
(とりあえず『三倍』だ!)
(『
(ちがう!)
(はいはイ)
ブッワッ!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…… ピタリ
ホワイト・コメットの地球落下が、ついに止まる。
見 つ け た っ !
(えっ!?)
なにか……
思わず、暗い宇宙空間を、左右見渡してしまう。
しかし、眼下の青い地球以外、何も見えない。
(隼。何か聞こえなかったか?)
(ハ? いいエ )
? ……今のは、何だったんだ?
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