第2話 夜明け


ヤーディン大国セムカ歴四十四年十一月四日。明け方。



東西南北に無駄に広大なグラン・メノン大陸で、日本と同じ緯度に位置するヤーディン大国は、初秋を迎えている。


空はうす曇りの天気で陽射しも弱く、少し冷たく成って来た北風に身をさらされると、上着無しではやや寒い。



キューー〜ーン!!!



純白の神官風衣装で銀髪で睫毛まつげバサバサで瞳パッチリ紅眼せきがんの、もうすぐアラサー位の超美女は、

履いているヒールの両足の底を光らせ少し浮いて、突き進む。


足首まであるスカートに見えるが、キュロット様式になっていて、多少の乱暴な動作でも足はむき出しにならない。


天井も高く四車線道路くらい幅の広い神殿の廊下を、スキー直滑降の様な深い前傾姿勢で、突き進む。


その巨乳な双丘が激しく揺れるのも構わず、その疾走は新聞配達のカブの様に、カーブをコンパクトにひらりひらりと曲がり、早い。


......絶対、普段から乗りなれている。


胸に掛けられているコースター程の大きさの、円盤にドラゴンがレリーフされて居る純金ペンダントが、見事な双丘の間で激しく踊る。



(あと建物三つ......もうっ!ムダに広すぎなのよ!)


銀髪紅眼美女はルビーの様な瞳で、コーナー先を睨む。



ヤーディン大国ほぼ中央の王都から、馬車で三日ほど東側に在る、タイ公爵領公都タイ・クォーン。

そこに、ヴォーグ教タイ・クォーン神殿が在る。


千年ミレニアム以上の歴史を誇る神殿建物群は、ラップを歌うように『増築に増築に増築』が幾重いくえにも重ねられて居り、無駄に広い。


更に『無計画な、場当たり増築』により、まるで巨大迷路の様相だ。

ので、神殿と神殿をつなぐ回廊かいろうは曲がりくねり、無駄に長い。


しかし銀髪紅眼アラサー巨乳美女は、迷い無く迷路な回廊を突き進む。



○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○



ついに目的の、高い天井まである巨大な観音開きの扉を見付ける。


銀髪紅眼アラサー巨乳美女は、巨大な扉の右扉一部の、通常の大きさのこれまた観音開きの扉の前に、スピードを緩めず進む。




銀髪紅眼アラサー巨乳美女の姿を認めた、扉の左右で立哨警備中の純白の全身甲冑の衛兵達は、全員が姿勢を正して彼女を迎える。



キッキッキ、キキキー



ガラス窓を強く引っ掻いた様な轟音を立てて急停止した銀髪紅眼アラサー巨乳美女は、彼らに返礼もせずに扉に飛び付く。


バタン!


「セルガ!」


銀髪紅眼アラサー巨乳美女は、本当の姉妹の様に心配してしまう教義姉妹きょうぎしまいの妹の名を、入室するなり叫ぶ。


王都神官長おうとしんかんちょう! ディグリー様、御成おなり!」


扉の内側に居た、これまた純白の全身甲冑の衛兵隊の一人が、『王都神官長』ディグリーの名を大声で告げる。


天井が五階建てビル並みに高い礼拝堂内に居た全員が、ディグリーに向かい礼を払う。


ディグリーはそれも無視して、薄く輝く野球視の内野位の広さの魔法陣の中のカウチベッドに、仰向けに横たわる教義姉妹の妹セルガへまっしぐらに駆け寄る。


金髪色白で、ディグリーに劣らない八頭身にスラリと伸びやかな肢体のセルガは、トーガ風の神官服に包まれ仰向けに横たわって居るのに、彼女の見事な双丘は形も崩さずその存在を主張して居る。


がしっ


左右の衛兵達から、強くかつ優しく両肩を掴まれ、ディグリーの爆進は強制的に止められる。


たゆん たゆん


「恐れ入ります。『勇者召喚陣ゆうしゃしょうかんじん』の障壁は、最強に設定されて居る様です。触れればはじき飛ばされ、骨折します」


ディグリーの右肩に置かれる大きな手の持ち主が、ディグリーのはるか頭上にある口から、優しく説明して来る。


王都グレアー・マイン教会・神官長ディグリーの護衛で、公都タイ・クォーン教会まで同行して来ていたタキタル王都衛兵隊々長おうとえいへいたいたいちょうである。


ディグリーとタキタルは、タイ・クォーン神殿に着くなり、二手に別れた。


ディグリーは、セルガの私的地域プライベート・エリアへ。

タキタルは、ここ、召喚大礼拝堂へ。


ヤーディン大国全土のヴォーク教会関係者大半は、セルガの勇者召喚に気付けず、現在の在所を知らなかった。


また、どちらでも勇者召喚式が可能なのだ。


「...... タキタル隊長。セルガは『何日目なんにちめ』なのですか?」


タキタル隊長はディグリーの肩から手を離し、無言でセルガと同年代の神官服の茶髪灰眼の美少女に、視線を向ける。


「...... 王都神官長ディグリー様。公都神官長セルガは、十日前から浄化断食に入られ、五日前から勇者召喚陣に入られました」

女性は、ディグリーに頭を下げながら答える。


「最強障壁を張りながら、勇者召喚式ゆうしゃしょうかんしきを『単独』で行うなんて、なんと無謀むぼうな事を...... 『最低神官位三人』で召喚は行わねば成らないのに...... 副司祭メルダ! 貴女が付いて居ながら、なぜ なのです!?」


普段怒らない人物が、一度ひとたび怒り出すと、かなり怖い...... が、怒り顔も美しい。


「...... 申し訳ございません...... 公都神官長セルガは、堅く『守秘』を宣言致しましたゆえに」


副司祭メルダは、申し訳無さそうに一礼する。

 改めて彼女の顔に注目すれば、ほほはゲッソリこけて、顔色は青白く悪い。

 ......かなりの過労状態の様だ。


「...... 貴女も、『召喚式』に参加されましたの?」


「はい」


顔を上げた副司祭メルダは、当然とうぜんの事の様に微笑む。


「...... 良かった...... 義妹セルガの為に、ありがとう」

ディグリーは美しい微笑みを、彼女に向ける。


「いえ、ヴォーグ様の御導きのままに」


「...... しかし...... この『クソ忙しい時期』に! セルガは私が『王都例大祭』で忙殺される時期を狙いましたはね! 全くもって水臭い事です!」


ディグリーは軽く頬を膨らませ、ぷりぷりオコる。


...... かなりカワイイ。


くすり


副司祭メルダは、かしこまりながらも微笑む。


「どうしたの?」


「セルガ様は召喚式開直前に『御姉ディグリー様にバレたら、きっと『このクソ忙しい時期に!』と、大怒りされちゃいますは』と、ボヤいて居りました故に」


聞いて居た周りの者は、一斉に思わず苦笑する。


ディグリーも口角を少し上げた薄笑いをして、カウチソファーに横たわるセルガの綺麗な横顔を『半目の冷たい視線』で見詰める。


「どうせ『何もかも自分セルガ一人の責任』とする腹積はらづもりなのでしょう...... まったく、水臭い事......」


フン、と鼻で笑う。


「いいですは。どうせ義妹セルガは、しばし王都本部修道院に幽閉するつもりです...... 目覚めたら、どんな『修行』が良いのかしらね?」


にこり


ディグリーの凍り付きそうなつぶやきと微笑みに、全員ぞくぞくと寒気を感じ、イケないモノを見てしまったかの様に慌てて目をそらす。


副司祭メルダも『ヤベエっ!』とした表情をし、視線を泳がせる。



「みゃう!」

「きゃ!!」



険悪けんあくな気配をかもし出すディグリーの顔面に、小さな真っ白い塊が、恐れも無く飛びかかる。



「みゃう!みゃみゃ、みゃう!!」

「......シャナ。ニャ語のままだと、話してる意味は分からないは」

苦笑したディグリーは、シャナと呼んだ純白ネコ族を優しく両手で抱きなおし、真っ白い毛並みをなでながら何かをニャ語で訴える彼女に答える。



「......みゃ!」


しゅわしゅわ


「ね!ね!ねー!セルがしゃま、まだ、おきないニョ!?」


ディグリーの両手の中に、大きな猫目が印象的なネコ耳ツルペタ系で、三歳くらいの美幼女が現れる。


「シャナ......セルガは『最強勇者』様を見つけられなければ......」



『見(ウォン)付 け(ウォン) た っ !』



急にセルガは、仰向けのまま両手を前に差し出す。

障壁内側のセルガの声はこもっていて、ハウリングが起きて居る様に聞き取りづらい。


「「「「「えっ!?」」」」」


全員の注目が集まる中、セルガの両手は何かを操作する様に動き出す。


「セルがニャま!」


シャナはディグリーの腕から飛び降り、白い両耳と尻尾を揺らしながら召喚のバリア直前まで近づき、指揮者の様に両腕を振るセルガに心配そうな眼差しを向ける。


「...... まったく...... 神官長に成っても、召喚式を操作する時に『手を動かす』クセは抜けないのですね」

ディグリーは義妹の動きを懐かしそうに眺め、苦笑する。


「はい。セルガ様の言い分は『だって~、手を動かした方が、動かしやすいのですモノ』だそうで......」

副司祭メルダも、ピアニストの様なセルガの動きを愛おしそうに眺めながら、苦笑する。

「『兎に角、かつて無いほどの御強さの勇者様を、召喚して見せるは!』と、検索感度を最大にして居りました」


「まぁ、セルガが掛け値無しに『見付けた!』と言うのなら、期待して宜しいのでしょうね」


セルガ単独で召喚陣の操作は危険で問題だが...... 召喚式の扱いは、セルガは『掛け値無しな天才』だ。

ともあれ、この厳しい『魔節』を『善い方向に引っ繰り返せる実力』を有する勇者が、召喚出来れば良いのだが。


現実に二ヶ月前の巨大魔人ギェンガーには、ほとほと手を焼いた。

どうにか魔界に押し返したものの、ホホカ村を守り切れず壊滅されてしまった。

教会衛兵隊の巧みな避難誘導で村人全員が無傷だったものの、ホホカ村全域が、燃え盛る。


生活基盤を目の前で、一瞬で奪われた村人達の『絶望』を抱えた眼差しは、さすがにディグリーの魂にダメージを受ける。


...... このままではヤーディン大国全域が、『絶望』に覆われてしまう。

そして『絶望』の感情は、魔族の大好物なのだ。



バチッ!



突然!静電気が、強く放電した様な音がする。


そこには、見たことが無いデザインの『銀色な全身甲冑』姿で、顔も半透明のフェイスプレートで覆われて居る(たぶん)男性?が、白色で5mくらいに細長い円柱形の水タンク?の様なモノを左手に持ち、半透明な姿で魔法陣障壁内側の中空に現れる。


見れば、魔法陣の中央のカウチ・ベッドに横たわるセルガが居るのに、『銀色な全身甲冑』の男性の前にも、半透明のセルガが浮かんで居る。


「えっ!?」

「まさかっ!?」


ディグリーと副司祭メルダの周囲に、青白い光線で描かれた小さな魔法陣がいくつも現れる。

二人は真剣な表情で、それぞれの魔法陣に次々と触れる。

二人のたおやかな指先が触れるたびに、魔法陣の表示が激しく回る。


「「召喚式が、押し返されて居る!?」」


ザッと魔法陣のデータを読んだディグリーと副司祭メルダの、焦る声がピタリとハモる。


「......そちらの銀色甲冑男性の『防衛術式?』の......力がかなりお強いです!......なので、召喚式と防衛術式の魔素が拮抗して......セルガ様は『あわせ鏡』の様に、二重に写し出されて......」


「......つまり、『主導権を奪えない』のね......」


「はい......初めてです!こんな事態は!」

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