第25話 白ヒゲ





コン コン コン コン コン




その部屋の壁に掛かる『時計』は、軽やかな秒音を立てながら、時をきざんでいる。



南向きの窓から、カーテン越しに柔らかな日差しが差し込み、暖かい。



時計が掛かる壁の隣の壁には、壁一面を占める立派な祭壇さいだんがある。



祭壇には、あの『王意下知おういげち』と同様の巻物数十本がたてに立て掛けられ、綺麗きれいに整列している。

これらは、王位下知の巻物の『原本』だ。



部屋の中央に鎮座ちんざするオットマンには、白髪はくはつしろヒゲの、大柄な偉丈夫いじょうぶが座っている。



心地良さそうに居眠りをしながら船を漕いでおり、膝には読み掛けの本がある。



ぱちり、と偉丈夫の目が、急に開く。


視線は、すばやく祭壇に向く。


パリン


ぼっ


祭壇に並べられていた一つが急に割れ、燃え上がり、消え去る。


…… 叛意者セルガ・W・トレアドールを拘束の巻物か。

…… ほう、上級魔法が破られたのか。

…… ふぅむ、骨の在る者が現れたかの?


白ヒゲの奥の口角が、嬉しそうに少し上がる。


「ルミナス」

『はい、王』


頭上に天使の輪があり、背中に天使の羽を備えた『ルミナス』と呼ばれた『いかにも天使』が、

白ヒゲの人物以外誰も居ない部屋に現れる。


「巻物を破った者は、何者か?」


ルミナスは、上空に視線を上げる。

『…… 新参の『聖光剣ホーリー・ソードの勇者』殿、だそうです』


「ほう…… セルガ・W・トレアドールが、

に叛意してでも召喚した勇者がか…… それで?」


『…… おお!』


ルミナスの表情が、一瞬歓喜の表情になる。


「うん?」


『その『聖光剣の勇者』殿が、タイ・クォーン教会神殿を襲撃して来た巨大魔人ギェンガーを、

聖光剣の一撃で葬り去りました。

また、その後上空に現れた魔界の門デモン・ズ・ゲートからの多数の魔族軍団を、雨あられと打ち出した聖光の矢で絶滅させ、

魔界の門デモン・ズ・ゲートに掛けられた巨大魔王の手を、龍神ブレスのごとくなブラスターを連射し、

門内に押し戻し、聖光爆弾?を投げ入れ、すぐさまマジックハンドで門を塞ぎ、

門内で『聖光の大爆発』をさせたそうです』


「おいおいおいおい!いきなりの大奮闘だいふんとうではないか!

......つまり......つまり......あ〜......

魔界の門と魔王世界の終わりを防いだ、救国の勇者様ではないか!

......なぜ、国内は騒ぎになっておらぬ?」


ルミナスは、肩をすくめる。

『......つまり『未然に防ぎぎた』のでしょう。

魔界の門が開いて、そく、撃退されたのですから。

魔界の門と魔王世界の終わりの恐怖が、国内に広がる暇もなく......』


白ヒゲさんは(あ〜)と、口を半開きとなる。


「前代未聞な、大当たりな勇者殿ではないか…… ふむ……。

一度は救国の勇者として、御目見おめみえパーティを開かねばな。

ところで、何故なにゆえにその『聖光剣の勇者』殿は、セルガへの『王意下知おういげちの巻物』を破壊ブレイクしたかの?」


『…… ハナマサに『王に再考を促す』と、進言した様です』


白ヒゲの王は、ニヤリと悪い顔をする。


「おもしろい。巨大魔王世界の終わりを一撃し、上級魔法を破壊出来る勇者か…… 『神威かむい』かの?」


『…… はい…… おぅ? おい!ワードマン!』


ルミナスは、声と表情を荒げる。


「うん?」


『…… 訳が解りません。

ワードマンは『只今より、『聖光剣の勇者殿の使役しえきを受ける』と宣言致しました。

『聖光剣の勇者』殿が『許可されるの範囲はんいのみの情報開示制限じょうほうかいじせいげん』が、掛けられました』


「なんと! ……第一守護天使ワードマンが認める『器』の、勇者殿なのか?」


『えっ! げっ』


ルミナスの顔が、半笑いで苦笑する。


「? どうした?」


ルミナスは半笑いのまま、白ヒゲ王をを見る。


『龍神ニーグヘッズ様が…… 『聖光剣の勇者』の『子種』を所望されたそうです』


「えっ」


白ヒゲの王はそれを聞いて、一瞬惚ける。


わははははははは!


弾ける様に笑い出す。


「あはははは! そうかそうか、やっとメガネに叶う『オス』に出逢えたか。良かった良かった」


『はい…… む?』

ルミナスは急に、真剣な表情となる。


「? どうした?」

『『聖光剣の勇者』殿が…… タイ公爵の四肢を順に切り飛ばし、

ワードマンがそれを順に癒しました。

最後はタイ公爵の『アソコ』を切り飛ばし、やはりワードマンが癒したそうです』


「おお? なんでそんなマネを?」


『どうやら勇者殿がセルガ殿を庇った様ですな。

するとタイ公爵が

『…… フンッ! 横取りしたセルガわが奴隷の肉を、精々せいぜい『楽しめ』ば、良いは!』と、

勇者殿に暴言を投げ付けたそうで……』

ルミナスは、苦虫を噛んだ表情になる。


白ヒゲの王は右手を額に当て、これまた苦虫を噛んだ表情になる。


「『聖光剣の勇者』殿は良くやった! 怒って当然だ! 我も同意する!

で?『聖光剣の勇者』殿御一行ごいっこうは如何されておる? 王都で保護が必要か?」


『…… 一切いっさい『かまいなし』で、良いそうですよ。

ワードマンも勇者殿の本名を明かしませんが、しばらく『聖光剣の勇者』で魔族退治を行う様子です。

現在『方針と方策を検討中』だそうで』

ルミナスは先の読めない事態に、面白そうに苦笑する。


「そうか…… まあそうだな。

『龍神』と『守護天使』と『神官長』と『聖光剣の勇者』殿の御一行か』


王はニヤリと笑い、右手で白ヒゲを弄りながら、四人の攻略法を検討し始める。


「…… ざっと見積もって四軍…… いや、控えにもう一軍必要か…… 」


『あー、四人とも、『飛んで』退出されたそうです』


「なんと!…… ううむ。『飛べる』相手に、平地しか進軍出来ぬ国軍を、

無限に配置しても足りぬ! …… ニーグが『聖光剣の勇者』側に付いたのは痛いの」


『ニーグ様だけではありません。龍族全て、『聖光剣の勇者』殿を『肉親』として守護するでしょう』


王は苦笑しながら、『降参!』とばかりに両手をあげる。


「良くわかった。『聖光剣の勇者龍神の夫御一行ごいっこうは、心配しても損だの。

よし、我はこの件は『聞かなかった事』とする。

仮にタイ公爵から何か来ても、一切『かまいなし』で放置だ」


『御意』


はっはっはっはっは!


王は、白ヒゲに隠れ気味な口から歯が見える程、大口で笑う。


「むっふっふ。久方振りに、背筋が寒くなる程面白いではないか。

よし。当時現地に居た者全員から、『経緯』を事細かに聴き取りせよ…… そして……」


『…… そして?』


「公爵領の庶民に、『聖光剣の勇者』殿の『事細かい経緯と事態』を流布るふせよ」


『なるほど。見えない『援護射撃えんごしゃげき』ですな』


「うむ。前から懸念して居ったが、カールタイ公爵は、性根を叩き直さねばならん。

ラスタム前公爵と違い過ぎる。『公爵位こうしゃくい』には、流石のでも迂闊うかつに手は出せぬ。

が、『おとこ』として他の『漢』に無礼を働いた者は、正さねばならぬ」


『御意』


ルミナスは、うやうやしく一礼する。


「おっと、忘れてはいかん。セルガ・W・トレアドール殿の、王意下知を取り消し。

むしろ、勲章と恩賞と『報奨』を授与せよ。階級も特進させよ。

『結果論だが、よくやった』と我の言をそえよ」


にこり


ルミナスは、今日一番に微笑む。

『うけたまわりました』


そして、現れた時の様に、突然消える。


コン コン コン コン コン


時計が刻む柔らかな秒音が、あたたかな室内に戻って来る。


白ヒゲ王は、ニヤニヤと苦笑を口にとどめたまま、

天井まであるヤーディン大国全域の地図を眺め、白ヒゲを弄りながら長考に入る。





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