第60話 変幻自在




「......むぅー......この妨害術式はナニ? どんどん変化するのは、反則!

術式を組んだ魔法使い自身と、直に対峙しているよう!」


宮廷魔道士のリルハ・フォン・ガードナーが、小ぶりの両手を

ファザンの胸の『八角形の青黒いアザ』にかざし、聖治癒魔法の魔法陣をアザの上空で『回して』居る。


彼女は丁寧ていねいたくみに『妨害術式』を解析し、ファザンの魔力の流れを阻害している『妨害術式』を、

解除しようと奮戦ふんせんしているのだが......


この『聖光剣の勇者』?から打ち込まれたと言う『妨害術式』は、表面の術式を解除しても、

新たな対抗術式たいこうじゅつしきを『内側から生み出す』のだ。


まるで術式自体に『意思』があるように、術式を無限に変化へんげさせ、

リルハの解除術式を『妨害術式』のコアに侵入せない。


そこに、術式を組んだ魔道士の腕と、『解除させない』と、強い意思を感じる。


「......困った。ワタシのだまし技が効かない。

新たな解除術式を次々と、アドリブで作り続けないと、解除出来ない。

コレを組んだ『聖光剣の勇者』は、とんだ食わせ者。

油断出来ない相手」


「......その通りだ。激しい戦いの中でも、平気で虚実の棒術技をぶっ込んで来やがった......

経験を詰んだであろう、歴戦の戦士だ」


「......困った......」


いつも無表情気味のリルハの眉は、強くひそめられる。


彼女リルハは神官でも無いのに、周囲から『天才』と賞賛される聖治癒魔法のつかい手だ。


いや、治癒魔法『オタク』と断言する。


面白いのだ。


魔力を編み上げると、面白いように傷が修復されて行く。


その不思議さに、自分で組んだ魔法陣に見とれてしまう。


......実は『悪魔素デビル・マナ』も、つかえる。

『治癒魔法、聖治癒魔法、だけでは足りない』と、『悪魔素デビル・マナ』にまで手を広げたのだ。

禁忌だが、『裏技』として使える。

彼女としても使えれば、禁忌だとしても『治癒』出来れば良いのだ。

そこに罪悪感は、微塵も無い。


ファザンとは、偶然ぐうぜん巡り会う。



リルハいつも通り野良猫の様に、王宮の中をフラフラしていた。

自分の部屋にじっとして考察していると、身も思考も詰まってくる。

所用有れば、リルハの扱いに慣れた同僚達が、魔道通信マギ・コールしてくれる。


王宮のラウンジの一人がけソファーで、ついウトウトしていると、

稽古けいこで怪我したファザンと付き人達が、ワラワラ入って来た。


ちょうど治癒士の交代時で中番の所用で早上がりしてしまい、

遅番が少し遅刻し、治癒士シフトの空白が出来ていて、

付き人達は右往左往する。


『あの〜』と声を掛けたら、痛がるファザンを含めた全員が(ビクッ)と驚いたのは、笑える思い出だ。


リルハは小柄で、寝ていて気配も無かった。


「ワタシは宮廷魔道士リルハ。治療しようか?」


その時からの付き合いだ。


ついさっき小耳に入った『治癒魔法の効かない青アザ』にも興味があり、

いつも通りフラリとファザンの部屋に現れ、彼に治癒魔法を申し入れた。


「むぅ、申し訳ないファザン。4割しか解除出来ない」


「いやぁ、ありがたい。

確かに芯にしこりをまだ感じるが、かなり楽だ。

こうして身体を起こし動かせるし」

いつも仏頂面ぶっちょうづらのファザンも、微笑んでしまう。


「うむ。確かに顔色も良くなった。感謝するリルハ」

同じく仏頂面ぶっちょうづらコンビの深紫騎士団長も、珍しく口の端に微笑みを浮かべる


「私も珍しい術式に触れられて、興奮した。

しかしまだ、解呪出来ていない。

ファザンが一眠りした後刻、また挑戦させて欲しい」

いつも無気力そうなリルハは、珍しい真剣な表情となる。


「助かる。コイツはリルハに突破出来なければ、誰にも無理だ」

ファザンは、気楽に微笑む。



コンコン


カシャ


壁際に立っていた従者の一人が、速やかにドアの覗き窓から来訪者を確認する。


「! ......近衛騎士このえきしです」


少し緊張した声音で、伝えて来る。


「! 招いてくれ」


「は」ガチャ キィ


手早く解錠して、ドアを開ける。


「入ります」


白の騎士制服のガッシリした人物が、入室して来る。

ファザンも顔見知りの、王直属の近衛兵の一人だ。


珍しいが、王のプライベートな直命を即時に伝えたい時等に、動く。


「失礼致します」


「ケイズリー卿、何でしょう?」


ファザンは王族で立場が上だが、年上近衛兵で腕の立つケイズリーを尊敬している。

自然と敬語になる。


「はい。ファザン殿下と......リルハ魔道士に、内々に王私室に参られる様、王よりの直伝です」


「ふぇ?ワタシも?」


つまり、誰にも内緒で父の私室に来いと。

しかし、リルハも名指しで?


さらにリルハの治癒は突然で、外部に知られるはずは無い。


なぜだ?

また、ロイヤル・ガードの監視か?


......だが、俺が療養中な事もあり、いつものウザくまとわりつく気配は無かった。


思わずリルハも戸惑い、ファザンと見つめ合ってしまう。


だがボヤボヤしていられない。


次に、上司を見る。


「我に構うな。行け」


冷静な深紫騎士団長は、うながしてくれる。


ファザンは黙礼する。


そして、自分の衣装を見下ろす。


「直ぐに着替えます。しばし御待ちを」


だいぶ歩きやすくなったので、自らウォーク・イン・クローゼットに、付き人とメイドを引き連れて向かう。


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