第59話 餌




御機嫌ごきげんよう。タイ公爵」


「や、は、ひ、ご、ぐぉ、きげんよう......」


敵意てきいを感じさせないほがらかな笑顔の猛から、挨拶あいさつ受けたカール・フォン・タイ・クォーン公爵は、

真っ青な顔色で、かすれた声をしぼり出す。


ひど猫背ねこぜで、全身ぷるぷるふるえている。


昨日の傲岸不遜ごうがんふそんな態度は、どこへやら。


もし彼に犬の尻尾しっぽがあったならば、またの間にはさみ込み、犬耳いぬみみもペタンと下がっているだろう。


更にはビッショリの冷や汗で、池に落ちた犬の様に、全身がズブ濡れだ。


見れば『白髪』が、かなり増えている。

恐怖の余りに、白髪になってしまうと言うヤツか?

マダラ白髪で、かなりみすぼらしい。


たしかまだ、四十代だよね? どうでも良いが。


公爵らしい豪奢ごうしゃな衣装を来ているのだが、立ち姿が弱々し過ぎて、六十歳代にも見えてしまう。



タイ公爵亭の一等迎賓室げいひんしつで、猛と龍神ニーグとワードマン第一守護天使と対面させられている。


一応ここのヌシなので挨拶あいさつしておこうと思ったが、迷惑めいわくだったかな。


カール・フォン・タイ・クォーン公爵は、抗いようがない恐怖で全身が震え上がり、胴震どうぶるいが止まらない。


天変地異てんぺんちい災害さいがいごとくな目の前の人物達は、

公爵高貴な地位玉帯ぎょくたいたる自分の四肢ししやアソコを、遠慮無えんりょ切り刻めるきりきざめる奴らなのだから。


更にいま自分の首がねられても、王室は単なる事務処理をする如く、適当な類系をタイ公爵の後釜に据えるだろう。


一応公爵側こうしゃくがわに立つ、タキタル隊長が横に居るが、


たとえば、少し(カタン)とでも音がすれば、

驚いて飛び上がり、そくタキタル隊長の巨体のかげむだろう。


クソ親父タイ公爵に抱き着かれるのは、御免蒙ごめんこうむりたいが......)


怯えすぎるタイ公爵を横目で伺いながら、思う。


(俺も......アソコを切り飛ばされたら......怯えるかもな......)


一応タイ公爵のお守役と思っていたが、ここまで怯えてしまうとは。




「タイ公爵♪」(薬が、効きすぎたかな〜)


猛は、優しい声で、そっと話しかける。


「ひゃ、ひゃい!」


御挨拶ごあいさつ御手数おてすう御掛おかけけしました。恐れながら、御体調ごたいちょうも優れない御様子ごようす

おそれながら御休息ごきゅうそく御勧おすすめさせて頂きます」


「あ、う、うむ!......休ませていただく! では!」


タイ公爵はコレ幸いと、小走りで退出して行った。


「......らさなければ、良いのですが」


猛は、心配そうに彼が去った床を見る。

幸いにも、濡れてはいない。


「あの衣装なら、洗濯するメイドさんが、気の毒ですな」

ワードマンさんも、苦笑する。


「まぁのう......しかしタケシ、良く口が回るの」


交渉ネゴシエーションの基本ですよ。どんな立場の人物でも、すじは通して置かないと」


「......そう言うところが、恐ろしいと思います」

タキタルは、猛にうんざりした表情を向ける。


「そんなぁ。今日は武威ぶいあふれるタキタル隊長と『腹を割って話せる♪』と、楽しみだったのですよ」

タキタルに、満面の笑みを向ける。


「......だから、そう言う所が『怖い』んですって!」


「まぁまぁ、タキ坊。タケシと話せば『悪人』では無いとわかるぞ」


「ニーグさま!その呼び名は禁止ですよ」


「え〜、面倒じゃ」


「......ふ〜ん」


右手を、『にぎにぎ』と動かす。


∑(O_O;)ビクッ

「わ......わかった!」


(え!?傍若無人ぼうじゃくぶじん見本みほんなニーグさまが、『聖光剣の勇者』様の指示に、したがった!?)


天変地異てんぺんちいが起こったかの様な驚きに、タキタルは固まる。


「と、とりあえず皆様、御座り下さい」


「う、うむ」


ニーグさまは当然の様に、タイ公爵がいつも座る豪華な椅子にすわる。

猛の右手の動きに、警戒している様だが。


タイ・クォーン公爵領は、太古から龍神と関わりが深いので、

上座主人かみざじゅじんの椅子は、龍人が座る前提ぜんていで、ゆったり作られている。


ニーグを囲む様に配置された応接セットにそれぞれ座る。

猛は、ニーグの左手に座る。

ワードマンは、猛の左手に座る。


自然と猛を守る布陣を、取る。


タキタル隊長は、ニーグの右手に座る。


「そう言えば、ハナマサ長官は?」


「あー、彼は、ですね」


タキタルは、疲れた表情になる。


「意識が戻った瞬間、まっしぐらに公爵亭を出て行ったそうです。止める隙も無かった様で......」


「なるほど」ワードマンさんは、苦笑にがわらう。

「逃げ足は、昔から定評があったの」


「私も、これほどとは思いませんでした」

見下げ果てた思いで、渋い表情となる。


(ハナマサ長官)


猛・ニーグ・ワードマンの脳内イメージに、簡易COPが立ち上がり、検索して見る。


ハナマサ長官を示すアイコンは......


(もう、王都の王宮内にたどり着いて居ますね)


ニーグもワードマンも、自然にタキタルと同じ表情になる。


「......まぁ、会議かいぎすすやすいので、放置で」


他の三人は、渋い表情のまま、無言で同意する。


「......で、次の手は、どうされますか?」

タキタル隊長は気を取り直す様に、猛に素直に問う。


「はい。セルガさんは『お尋ね者』だそうなので、彼女を連れて市政を観光しながらでも、『逃亡』しようかと」


「えぇ?......『逃亡』の意味は、御理解されて居られます?」


タキタル隊長は、つい嫌味タップリに問う。


「え〜。異世界の市政のグルメに、舌鼓したつづみを打ちたいんですが。

コレでも料理が趣味なもので。未知の料理は楽しみなのです♪」


......やっぱり、勇者と言う種類はどこか『頭のネジ』が、おかしいのか?


うははははははは!


ニーグさまが、高笑いを始める。


「くっくっく、流石は我が夫じゃ。久々に我もタイ公都の美食を堪能しようかの。夫の意向従おう」


「しかし......」


「『美味いものが喰いたい』と、勇猛ゆうもう勇者我が夫様が申すのじゃ......『誰』が、止められる?」


「!......そうですな。『誰』も、止められませんな......うけたまりました。セルカ王への謁見の準備を致します」


(そう言えば我もケイオに、この話はしたな......)


「あぁ。では、タキタル隊長もこちらを受け取り下さい」


メルダさんやバスク動力長に渡した、丸いコースターを渡す。


「? コチラは?」


「我々と『対話』出来ます」


「あ、いや、私は魔力が弱いモノで。魔道通話マギ・コールが出来ないのです。部下に任せていまして」


「いえ、コレは『魔道具』......です。魔力は関係ありません」


「え?」

この、手の平にのる、小さな白い円盤が?

王宮の最新型の魔道通信機は、地球の電話ボックス位はある。

戦場では、馬車に積んで本陣と共に移動する。



「タキタル隊長から、何か話し合いたい事があれば、お使い下さい。王謁見の打ち合わせとか。

私からも王宮や、王侯貴族関連等の、質問が出るやも知れませんし」


「はぁ......そう言う事なら、お預かり致します」


「いえ、差し上げます」


「え?高価な品では?」


「タキタル隊長には、これからも御指導頂きたいので、所持を願います」


「はぁ......」


タキタル隊長は渋々受け取るが、『面倒な事に、巻き込まれた』と言いたげな、憮然ぶぜんとした表情となる。


「ふふふ、そう言う所が好ましいと思います」


「こんな強面こわおもて不精者ぶしょうものが、ですか?」


「はい。真摯に互いに腹を割って、話しやすい御方では無いですか♪」


「......ならば、腹を割って問いましょう。短期に『勇者連合』を整えると仰られましたが、どの様に?」


「はい。先ずは五十七?もある勇者と勇者の系譜を調べて......そのまま武闘会を、開きます」


「はい?......武闘会?」


「ヤーディン大国では、四年に一度『武闘会』がありますね。

その形式のまま『聖光剣の勇者』杯をとりおこないます。

......五十七全部を一つずつ潰すのは、効率が悪いですし」


にやり、と悪戯小僧いたずらこぞうの様に笑う。


「また、龍神さまと、神官長と、第一守護天使が一緒の『若造の御一行』が、

『ふらふらと、呑気のんき観光かんこうしている』とくれば......」


「......新参勇者を片付けたい、勇者、勇者に系譜が群がりますな。

......また、ハナマサなんぞの小物が、敵対勇者達を手配したりもあるでしょう」


「じゃぁ、五十七の対戦表を、ぐっと減らせますね♪」


タキタル隊長は『何を言って居るんだ?コイツは?』と言いたい表情になる。


「何を言っているのです?

仮にも勇者や、勇者の系譜実力者達の『闇討やみうち』が、始まるのですよ?」


ハッキリ言ってしまった。


にこにこ


が、聖光剣の勇者様はさも当然と微笑み続ける。


「じゃぁ、二十組位の対戦表には、まとまりそうですね」


タキタル隊長は、龍神ニーグ元師匠や、ワードマン第一守護天使に救いを求める視線を送る。


特にワードマンには、常識枠の意見が欲しい。


......が、ワードマンも勇者様と同様に、にこにこしているだけだ。


「タキタル。大丈夫だよ。実は午前中にも、聖騎士大隊の討伐に着いて言って、

八体の蜘蛛型大型魔獣を片付けて来たんだ」


「はい!?......ワードマン様、何体?ですと?」


「あぁ、八体だよ」


「......はははは、御冗談を」


「久々に剣を振るえて、楽しかったよ♪」


「......」


マジかよ。片手間に魔獣討伐て......


タキタルは、頭痛薬と胃薬が欲しいと願う。



突然ひらめく!


そうか!『聖光剣の勇者』とは、エサだ!


魔王を退けた救国の『聖光剣の勇者』は、王位を要求できる。

十分『邪魔者じゃまもの』だ。

『横入りして来やがった、不遜ふそん王位簒奪おういさんだつしゃ』と見る、次期王位を狙う王侯貴族達は、なかなか多い。


地方の有能な、富豪貴族ふごうきぞくたちもだ


もう、それらの監視の目は、公都にかなり入って来ている。


そいつらの前に『聖光剣の勇者』が、市街地にフラフラしていたら......狙うだろう。


王侯貴族を後援者に持つ勇者達も、動かざるを得ない。


しかし襲って見れば、巨大魔神ギェンガーや魔王や魔王軍をあっさり倒す勇者が、お出迎えだ。

返り討ちともなれば、そのまま『聖光剣の勇者』の配下の勇者系譜とされる。


なるほど。タケシ殿の言う通り、五十七の勇者の系譜は、どこまで絞られるかな?


更には勇者連合だけでなく、庶民の平穏をつかさどまつりごとを、手前勝手にはばむ腐った王侯貴族どもの断罪も、狙うのか......


......効率的過ぎる!


思わずタキタルは、ニヤリと笑う。


「あ」


気が付けばタケシ殿、ニーグ様、ワードマン様も、

自分と同様に、ニヤリと笑って居る。


「......悪辣あくらつに、えげつない方々かたがたですな」


「ありがとうございます」


めていません」(苦笑)



キラキラ キラキラ



【あるじ】


【あるじー♪】ひゃう ひゃう


急に猛の頭上の空間が、キラキラとまたたいたかと思えば、

妖精フェアリーのチェピーと仔犬フェンリルも雪花せっかが現れ、フワフワと膝に降りてきた。


  ひゃう ひゃう【あるじー】


【おう、タキボーがいる】


「チェピー!? 勇者様と親しいのか? タキタルだ!」


【トレアドールのマウソレウムで、蜂蜜はちみつをもらった。うまい】


「蜂蜜!?」

名うての冒険者でも、採取さいしゅ躊躇ためら蜂族はちぞくのだろう?

物々交換でも、気難しい蜂族だからな。


「あぁ、タキタル隊長もどうぞ。紅茶に入れると美味いですよ」


500mLはある瓶詰を、タキタルの前に出す。

ラベルには、蜂の可愛いイラストが描いてある。

そのまま蓋をあけて、横に小ぶりなハニーディッパーをのせた小皿を出す。


ふわりと、蜂蜜の良い香りがただよう。


【蜂蜜!♪】チェピーが興奮する。


「じゃぁ、チェピーはこっちな♪」


チェピー体格に合わせた、小さなミルクピッチャー位のマグを出し、蜂蜜入れチェピーの前に置く。


【ありがとう♪あるじ!さすが♪】


早速卓上に立つと、マグ両手に抱え蜂蜜を味わい出す。


【おいしーー!!】


満面の笑みを浮かべて、両手にマグを抱えながら、サルサダンス?ぽく可愛く踊り出す。


ひゃう ひゃう


雪花もつられて、短い手足で踊り出す。


ナニコレ、萌えカワイイんだけど♪


タキタルは、突然始まった萌えアイドルイベントに、思考が止まる。


確かに蜂蜜......いや、無限収納インベントリ!?


驚く情報が多数渋滞して、うろたえて震えるゴツい指で、ハニーディッパーを持ち上げ、無造作に瓶詰の蜜に突っ込む。


ゆっくり持ち上げると、ディッパーに絡む琥珀色の蜜が、縦に伸びてきらめく。


しっかり絡めとって、紅茶に突っ込む。

良い品質なのか、スっと紅茶に溶ける。

そのままかき混ぜて、一口すする。


じわりと上品な蜂蜜の甘みが、舌を幸せにしてくれる。


「......美味い......」


柔らかな甘みが、胃も心も優しくほぐしてくれて行く......


......ふむ、頭の混乱は落ち着いた。

では次に、我が行う事は何だ。


「......セムカ王とは、いつ謁見されますか?」


「今から、行きましょう」


「へ? いえ、王宮に謁見の申請をいたしませんと......」


「ニーグ様でしたら、どうですかね」


「!......そうでしたな、貴君はニーグ様の夫でした」


絶対強者たる龍神には、人族の都合など瑣末さまつな事だ。


「はい。タキタル隊長には、セムカ王に私が素顔で御会いする時に、人物保証本人だよを願いますか?」


「素顔!......なるほど。うけたまわりました」


「宜しくお願い致します」


「セムカ王がしたたかな貴君を、何と評されるか楽しみですよ」


「そうですね。この国の魑魅魍魎王侯貴族を、束ねて居られる御方ですから。私も楽しみです♪」


タキタルは、思わずニヤリと笑う。

その通りだ。

そして、迷いが無くなる。


「的確に、お解りですな」


「まだ、死にたくは無いですからね♪」


......何度も、死線を軽々と『くつがえして』来たクセに。


「......早速、『どのくちが言う』のです?」


「「「「わははははははは!!!」」」」


互いに認める四人の強者同士つわものどうしの高笑いが、無駄に広い公爵亭の一等迎賓室げいひんしつに響き渡る。



 



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