第61話 悪魔の花嫁





三人が歩く廊下の、高い天井には、天使が舞うフレスコ画が豪奢ごうしゃに描かれている。


ファザンはその内の数体の天使の目から、ロイヤルガードが覗き、コチラを伺っている事は感じる。


廊下もまた、四車線道路の様に広い。


こんな所を歩いたことがないリルハは、見たことがない豪華さの廊下のアチコチを、お上りさんの様に、キョロキョロしてしまう。



だがケイズリー卿は、表向きの謁見室えっけんしつも通り過ぎて、ロイヤル・ファミリーの居住区をズンズン進む。


そして、いつも父王と歓談する父の執務室さえ、通り過ぎた。


(おいおい;王寝室にでも、向かうのか?)


いくら親子肉親でも、執務室しつむしつから奥には入れないさだめだ。


ケイズリー卿は、王寝室手前の応接室の前に立つ。


そして、案内して来た二人に、ドアに前を譲る。


この部屋は、警備から『密談の間みつだんのま』と呼称こしょうされて居ると聞いた。


ヤーディン大国の『裏』会議に、使われる。


ファザンは、この部屋に『招かれる』のは初めてだ。


継承権けいしょうけんの低い第七王子に、今さら何を密談すると言うのか?


コンコン


ガチャ


内からの覗き窓が空く。


「ファザン殿下、リルハ魔道士、おいでです」


うむ 入れ


奥から久しぶりに聞く、父の声がする。


ヴーン


ドア周囲の防音と防壁魔法が切られる。


ガシャン


解錠される。


ギー


重い扉が、ゆっくり開く。


「失礼致します」

「......ます」


リルハの声は小さい。

気にせずに、深々と一礼する。


「よう来た。近くへ」


「はい」


と、頭を上げると......何時も父王が座る上座には、赤い髪が目立つ大柄な龍人女性が座って居る。

その金色の瞳は、面白そうにファザンを見つめて居る。


そしてまた、王族ファザンが入室して来ても、座る客達は誰も立たない。


(龍神ニーグ様と、お供か。では立たないな)


父王は龍神ニーグ様の左に座っている。

反対の右側には......


ドクン!


銀色のヘルメットを被った......


銀色勇者!?


ドクン!


ファザンの剣気が、思わず全身かられ出す。


互いに戦場音楽せんじょうおんがくの大音量を、かなであったファザンにとっては『死闘しとう』の相手で......


ドクン!


ぐ!胸の青アザの奥が、疼く。


手が無意識に、魔剣ゴドーを探す。


いや、父王に会うのに、武器は身につけられない。


ドクン!


「ファザン、落ち着け」



父王の言葉に、我に返る。


ふー


静かに調息ちょうそくを行い、剣気を整える。


視界が広がれば、銀色勇者の左隣に、顕現けんげんされたワードマン第一守護天使様が座って居る。

皆、苦笑されている。


二人の後ろには王都衛兵隊長のタキタルが立つ体があった。


「ファザン、こっちだ。リルハはファザンの隣に」


「あ......失礼しました」

「はい」


二人は素直に、王の右隣にすわる。


「うむ。良い剣気だの」


紅髪の威圧系迫力美女姿いあつけいはくりょくびじょすがたのニーグは、ニヤリと笑う。

さすがに絶対強者。獰猛どうもうな迫力を感じる。


「ありがとうございます」


ファザンは、気にせず少し頭を下げる。

迫力なら深紫騎士団ウチの団長で、慣れている。


「ファザン。こちらの『聖光剣の勇者』殿が、ファザンに会いたいと所望されてな」


『こんにちは。『また』、どうも』


どこか楽しんで居るような、口調で話し掛けて来る。


どちらかと言えば、この銀色野郎の方が、油断ならない。

緊張の表情で、無言でうなずく。


そして無意識に、鳩尾をさする。


『『その』アザに、用がありまして』


「あの」


『リルハさん、なんでしょう?』


「! 私の名を......否、その説明は不要。この『妨害術式』は、貴方が組まれたの?」


『はい。見事な解除術式の腕でしたね。ですので、一緒にお呼び立てしました』


「へ?......あ!では、私が解呪かいじゅ中は、実刻リアルタイムで、貴方と攻防戦を行っていた......と?」


『はい。良い腕と、発想が素晴らしい』


「......術者と『実刻』で繋がる術式なんて......聞いた事が無い......」


『ふふふ。このまま魔法術式談議も良いのですが......リルハさん。こちらをお渡ししておきます』


どこから取り出したのかな?(例の)白いコースターを、リルハに差し出す。


「!?!?......インベントリ!? でも、魔力の揺らぎは、無かった」


『コレは、リルハさんの質問に答えてくれる精霊を宿して居ます。なんでも質問してください』


「はぁ......」

リルハはその小柄な両手で、コースター受け取る。


『こんにちは』

「おうふ!」


(例によって)コースターから、可愛く呼びかけられる。

冷静なリルハも、さすがに声を上げてしまう。


リルハの両手の上で、コースターはゆっくり水晶フラーレンに変わって行く。


「おおう!魔道式が......球体!?」

リルハはそのまま魔道式へのゾーンに入り......

フラーレンとの対話に没入してしまう。


あ。コレでリルハは、フラーレン?に夢中だ。


......『大好き』なモノをあてがわれたら......

俺との会話も聞かず、彼女の記憶には残らないだろう。


ファザンは改めて、『聖光剣の勇者』のしたたかさを感じる。


『では、ファザン殿』


そらきた

「なんでしょう?」


『その青アザを、解呪かいじゅしに来ました』


「へ?......はぁ」


『始めます』


ファザンの鳩尾の前に、フワリと淡く青白い光のオーブが浮かぶ。


「え」


身構える暇無ひまなく、オーブは鳩尾に入る。


シュワー


鳩尾の奥にあった、『重いしこり感』は即座に消える。


「......ふむ。礼を言うべきなのでしょうが、釈然しゃくぜんとはしませんが」


『いえ。私も良い一撃を頂きましたから、『おあいこ』と言う事で』


「......ならば、御足労ごそくろうを、ありがとうございます」


ファザンは銀色ヘルメットに向かい、頭を下げる。


「はっはっは、ファザンがを下げるとはの」


「父上。父上には言われたくありません。私は普段から、ちゃんと下げて居ります」


『ははは。第七王子の力量は、なかなかですよ』


「コレは嬉しい。一軍の将と成れますかな?」


『はい』


おい(怒)勇者どの。適当におべっか使うな。


ファザンはつい、渋い表情になる。


『ですので、ファザン殿下にも、コレを』


ファザンにも、白いコースターをさしだす。


「......私には、精霊は必要ありません」


『いえ。『見習い勇者』への勧誘です』


「はい?」


『殿下は......『勇者のごとく』な力を『欲した』』


ドクン!


いきなり核心を突かれる。


また。剣気がざわめくのを、感じる。

鳩尾の『妨害術式』が消えたからだろう。

同時に『悪魔素デビル・マナ』も、うごめく。


同時に、目の前の『聖光剣の勇者』殿からの、圧倒的な剣気に、ファザンの身体はすくむ。


リルハは......夢中でフラーレンを眺めて居るので、気付いていない。


ふっ、と、勇者の剣気は消える。


ファザンは、勝手に身体の脱力を感じる。


『殿下の欲しい『勇者の力』。この魔節ませつに限りますが、御貸し出来ます』


フワリ


ファザンの前に、丸い魔法陣が立ち上がる。


『ファザン・フォン・ヤーディン。

第七王子......近衛兵予備役。王室公庫省おうしつこうこしょう勤務......


五年前より『深紫騎士団ディープ・パープル・ナイツ』次席』


「む」


勇者の御業の一つ、鑑定魔法か!

ファザンの握る手に、思わず力が入る。


『......そして『深紫騎士団ディープ・パープル・ナイツ』は、人知れずヤーディン大国の各地に転送陣にて現れ、

『圧倒的な悪魔力』で魔獣討伐を終えれば、即時に転移で消えてゆく......』


「......」


『貴方たちは『悪魔力』力を、弱い庶民の為『のみ』に使っている......

まぁ、デモナー系王侯貴族の裏仕事は、無視されて居られる様ですが。

強大な悪魔力を活用して、庶民を救う。

まさしく、ノブレス・オブリージュです』


隣の父王は無言。つまりもう、把握して『見て見ぬふり』を決めていた。


『ですので『深紫騎士団ディープ・パープル・ナイツ』の皆様は全員、

出処悪魔力はどうあれ『圧倒的な武力』を求めて居られるだろうと判断しましたので、

セムカ王に『勇者の力への勧誘』の一席を、設けて頂きました』


「いや、あの、その......は?」


勧誘話の理屈は理解し始めたが、敵側の人族を勧誘して来る銀色野郎の言動は、まだに落ちない。


『第七王子の気高さは、申し分無いのですが......

ただ、かなり問題なのは、このまま悪魔素に永く馴染みますと、

鳩尾の奥に『悪魔種子デモン・シード』が胚芽はいがします』


「え」


なんだそれは。

契約した魔族から、そんな説明は、一切いっさい無い。


『そのまま発芽しますと、


①発芽種子内部から、魔虫まむしが転移されて来て内部から喰われ、抜け殻となる。

その抜け殻を魔族が被り、その人物に成り代わりデモナー活動をする。


②魂が強い人物は、人族体のまま少しづつ魔族に、意識や信念を操られる。


③女性は、新たな魔族の母体となる。......です』


ぴくり


ファザンの全身に、緊張が走る。


「......女性?......母体?......は?」


深紫騎士団に、女性は、『団長』しか居ないではないか。


『はい。魔族を『処女懐胎しょじょかいたい』してしまう懸念けねんがあります。

勧誘話は、ひとまず後回しに致して......

早急に確認した方が、良いでしょう』


「魔族を......しょ......処女懐胎しょじょかいたい!?」


ファザンの声も、裏返る。


ちらりと隣の、リルハを見る。


『彼女は大丈夫です。聖魔法も使えるので、自然に打ち消して居ます』


父王にも、視線を向ける。


聞いていた父王も、目を見開いて驚いて居る。



龍神ニーグとワードマン第一守護天使も、銀色勇者の解説を真顔で、肯定こうていする様に深くうなずく。





○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○





ぱらり



王宮の奥庭は好きだ。

ほぼ、人は通らない。

特に、丁度良い木陰になる、このベンチは好きだ。

周囲は明るいが、直射日光は当たらないので、眩しくない。

侍女から『日焼けに御注意を!』とも言われない。


ココで、ロクサナの詩集を味わうのが、好きだ。


何度も読み返すが、毎回新たな意味を見いだせるこの詩集が、好きだ。


かさり


この至福の時間を、邪魔する足音が近付いて来る。


「ファザン。寝返りか?」


「いえ。貴女の下僕げぼくとは、ゆるるぎません......ただ......」


「......申せ」


「貴女の為に『聖光剣の勇者』様と、しばし問答を願います」


「......致し方無さそうだ」


『失礼』


銀色ヘルメットのままの猛が、スっと前に出る。


「相変わらずの見事な体捌き......どうぞ、こちらへ」


『どうも』


団長の座る右手に、ゆったり座る。


「して?」


『このままでは......魔族を処女懐胎しょじょかいたいされる恐れがあります』


団長の無表情な眉が、ピクリと動く。


『......拝見すれば、後数日でうごめき始めます』


「へ?」


ファザンは、情けないつぶやきをしてしまう。


ふっ


団長ははかなげに、微笑む。

美しい。そして、ソックリだ。


「......ファザン。すまん。

我は『魔王の花嫁』として、契約した。

なので、魔王のごとくの力を得た。

処女懐胎しょじょかいたいも理解していた......

ファザン。お前の次席の働き、感謝している......」


【ワレは!不滅だ!】


キィーン!


猛の右手にはすでに、逆手に持った銀令鬼があった。


その剣先は、魔王の右手の甲を深々と刺し貫き、動きを固定している。


【だから言ったでしょう。『聖光剣の勇者』の不意ふいを突くなんて、無理だと】


団長の、朧気おぼろげな思考がつたわって来る。


ゴゥオアアアアア!!


団長の鳩尾に、小さなデモンズ・ゲートが開いており、

そこから禍々しい生物の右手?が突き出され、

右手の甲が、銀令鬼に刺し貫かれていた。


フグォオオオオオオオォゥン!!!


おぞましい咆哮ほうこうが、奥庭に響き渡る。


勇者は、ベンチに座ったままの団長から、身体ごと下がる。


じゅるじゅるじゅる


幼体魔王は不快な音を立てながら、拳程の小さな門から引き釣り出される。


【グヒイ!ハナセッ!

この娘の心臓や子宮は、ワレと同化している!

ワレを滅セレバ、娘も命は消える!】


「なっ!」


ファザンの顔色は、真っ青に変わる。


だが、銀色勇者は、微塵みじん動揺どうようしない。


『ファング』


サクッ


切れ味の良い包丁で食材をキレイに切り裂く、

気持ち良い軽快な音がする。


グガァアアアアアアアアアガッ!


見れば勇者の左手は、五本の鋭い長い爪に伸び、

幼体の魔王の鳩尾から左頭頂部ひだりとうちょうぶまでつらぬいている。


「おい!銀色!団長が死ぬ!」


『死なん。私の『勇者の御業みわざ』で、死なせん』


ドシャ


仔馬が母馬の腹から、出てきた様な音がする。


『医療クリスタル』

「アイサ」


腹に穴がポッカリ開いたままの団長が、フワリと浮かび上がる。

仰向けに寝た状態になると、周りにキラキラしたクリスタルが現れ、あっという間に団長の全身を覆い包み込む。


団長はその身長と同じクリスタルに、しっかり閉じ込められる。


『いま団長は心臓や子宮を失って居るが、この医療クリスタルの臓器代替機能ぞうきだいたいきのうで死なない。

意識は失って居るが脳は無事だ。じきに失った臓器は、すべて再生される。

そして回復し、普通に目を覚ます』


「はい。脳神経系の保全は完全です。意識を失って居るだけです。

後遺症も無く、眠りから覚める様に回復されるでしょう」


医療クリスタル自体から、隼の補足説明がはいる。


「そ、そうなんだ」


腹に開いた穴は既に、青白い優しい光に包まれている。


見れば、クリスタルの中で団長は穏やかな表情で、胸呼吸出来ているのが確認出来る。


やっと、ファザンの力が抜ける。


『と、言う訳だ。魔界に帰れ』


ガァアアアアア!


【......無茶苦茶だ......】


魔王の呟きが、小さく聞こえる。


まったくだ......


ファザンは、胸の内で同意する。


ファングの長い爪が、聖光の輝きに強く光り出す。


ジュアアアアアアア!

ゴゥ!


その青い輝きは、幼体魔王の身体の内側からの青白い炎を吹き上げ、焼き消し出す。


ウガガガッガアアアアアア!


ピシッ


焼き尽くされがらとなった、幼体魔王の全身に亀裂が入る。


ファサ


真っ白い灰と化した幼体魔王は、そよ風に崩され、まいる。





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