第10話 人外さん



はやぶさ

ユグドラシル・ネットワークとの、

現在の接続状態は?)


(はイ……正常です。猛様マスター霊子線シルバーコードを通して、

通常通りのユグドラシル世界樹の光子エナジーが

『侍』スーツの光子エネルギー制御回路『サウザン・ハンズ・システム』に、

たえず流れ込んで来ていまス。

ので、エネルギー切れの恐れはありませン…… しかシ……)


(うん?)


(現在、マスター猛さま霊子線シルバーコードが『接続』して居る

『ユグドラシル・エナジー・ポイント』ハ、

初めての『接続ポイント』でス)


(そうか~。じゃぁ地球圏の『侍』クラウドと、

接続出来るかは、今の所分からないな)


(はイ。

ですが幸いにモ、セルガさんの

聖句召喚陣せいくしょうかんじん』の

過去ログが全て、記録出来ていまス。

『逆探知』のための御時間いただけれバ、

元の世界の座標ざひょうが、

判明はんめい出来るやも知れませン)


(...... わかった。その様にたのむ......

まずはセルガたゆん♪さんを、介抱かいほうしよう。

近くに水場はあるかな?)


高度4000メートルからの

自由落下スカイダイビング』は、寒い。

抱いている薄着うすぎな神官服のトーガ姿の彼女の身体は、

飛ばされていたわずかなあいだで、かなり冷えている。

低体温症、一歩前だ。

障壁シールドで包まれただけでは、温まらないよね。


(真下ニ、ありそうですヨ)


確かに一千メートル真下に、小さな水面すいめんが見える。

小さな泉の様だ。


よし。


たけしはスーっと、エレベーター位の速度で、高度を下げて行く。



ふわり



静かに着地した足元あしもとは、こけむしているが、しっかりした石畳いしだだみ舗装ほそうされていて歩きやすい。


これは、これは。


奥深おくぶかい森の中にポツンと存在する、コケむすほどに存在を忘れられた、古い公園の様だ。


周りは深い木々に囲まれて、気持きもちが落ち着く空間をしている。


少し高台にある様で、教会敷地や隣の美しい湖方向に、森が切れていて、見晴らしは素晴らしい。


もしかして、少し昔の王族とか貴族等、位の高い人物の霊廟れいびょうかもな。


あ。遠くにながめる教会建物群たてものぐんが集まる大屋根の一部に、大穴空いてる。

そこに転移先てんいさきがあったのね。

……バスター・ミサイルの爆発力まで、転移しちゃったか。


歩道脇の、やはり苔むした長方形の祭壇様式さいだんようしき石台せきだい前に立つ。


(ここに簡易かんいベッドを展開てんかいせよ)


ぱたぱたぱたぱた


石台の上に、マットレスが勝手に広がって行き、シングルベッドになる。


セルガをそっと、シングルベッドに横たえる。


見事なノーブラ双丘は、仰向あおむけに寝かせても、微塵みじんくずれない。


ふわり


柔らかで暖かそうな布団が現れ、彼女を覆う。


(モノクル)


顔を覆うフェイスシールドが、左目だけ覆うモノクルにモーフィングする。

裸眼になった右目で、セルガさんの顔をうかがう。


アナライズ分析診療しんりょうシークエンス開始)


左目のモノクルの奥に、緑の瞬きが起こる。

彼だけに見える視界に、AR表情が立ち上がり、

セルガさんの生体情報せいたいじょうほうが表情される。


(……スキャン終了。

生物学的ニ、地球上の人間ヒューマンと同様のDNAスペクトルを有する成人女性でス。

標準的人類の医療情報いりょうじょうほうをもとにすれば、

セルガさんの脳波のうは呼吸こきゅう脈拍みゃくはくは正常に見受けられます。

ただ体温が低いでス。

低体温症ていたいおんしょうへノ、一歩手前いっぽてまえでス)


(個人情報とか診療経歴は?)


(セルガ・W・トレアドール。十六歳。女性。

ヴォーグ教のタイ・クォーン公都教会・神官長……でス。

『この世界のユグドラシル・ネットワーク』での

『検索エンジン』が不明なのデ、表面的な内容しか引っ掛かりませン。

そもそモこちらでは、パソコンとかネット・サーバーとかWebサイトとか

蓄積情報ちくせきじょうほう』は一切いっさい、期待できませんシ)


(そうだよなー。困ったなー)


この世界の人間ヒューマン医療情報いりょうじょうほうが無いから、うかつに手持ちの薬を投薬とうやく出来ないぞ。


(とりあえず布団の温度を、ゆるやかにあげて行ってくれ)


……後、出来る事は……『この世界の水分』を、飲ませた方が良いか。


ちょろちょろちょろ


水音の方を振り返る。


ベンチから五歩先の、赤茶色の干しレンガを積み上げられた壁に、

白い獅子頭ししがしらが付いて居り、獅子ししの口から清涼せいりょうな水が流れ落ちて居る。


獅子頭に近付き、『無限収納インベントリ』から、寝込んだ病人に飲ませやすい『吸い口』を取り出す。


じょぼじょぼ


(水質は?)


清涼せいりょうで、安全な湧き水でス)


じょぼじょぼ


吸い口に水を流し込む。


手に当たる流水は、ほどよく冷たくて、心地良い。


水のさわやかな感触をもてあそびながら、状況の整理と今後の事への思考を、もてあそぶ。



偶然性が高いとは言え、迂闊うかつにも異世界に連れて来られてしまったのは確かだ。

慌てずに、この地の生活様式などを把握した方が良いだろう。


まったく...... セルガさんは、『天然に周囲を巻き込む型ドジっ子』に違いない。

まったく悪意が無いから、まったく読めない。


もっとも地球でも仕事柄、赴任先で他人のよこしまな思惑に巻き込まれ慣れているせいか、

それほど焦燥感は感じない。


しかし。


…… 転移過去ログがあるとは言え、リバース解析にしばらく掛かるかー。

…… いつ、戻れるのやら。


困ったな


…… 戻れるとして、こちら異世界あちら地球の時間経過の差は無いのか?


はぁ


…… また、『約束』を守れそうに無いか……

猛的に、約束破りが一番、罪悪感がつのる。


…… 現実問題、しばらく『戻れない』を前提として…… どう行動する?

…… セルガさんの要請どうり『勇者』をするのか?


思わず苦笑する。


勇者て!

』が、ラノベの主人公かよ!


…… ふむ。勇者と言えば、ある意味『反則な強力チート』を背景にした

『仲介役』であり『断罪者』だよなあ。

……民間平和維持組織『侍』いままでと、あまり変わらないじゃあないか。


『侍』が要請を受ける判断材料の一つとして、

『セルガさんの真剣な心意気』を感じられるのなら、

彼女の要請を受けるのは、やぶさかで無い。


えーと……

地球で途中のミッションや、色んなリマインダーは、

地球の他の『統合とうごう』さん達に任せれば大丈夫だな。


でもなぁ~。

異世界こちらでの要請ミッション途中で、帰還可能になったら、どうする?

ミッション途中で、『一抜いちぬけた』は出来ないし。


なぜなら、この異世界の文明は、中世ヨーロッパレベルの様だ。


剣ひとつで成り上がる英雄達が群雄割拠ぐんゆうかっきょし、魔族?魔王?と言う勢力と争っているのだろう。

足の引っ張り合いにならないように、彼等かれらを『魔王討伐軍とうばつぐん』として、まとめなければならない。

つまり、勇者が『魔王討伐とうばつミッション』を始めるとしたら、数ヶ月以上は拘束されるな。


また、仮に王制などを中心にした安定政権だとする。

俺が介入して『安定させていたタガ』が外れて、戦国時代に戻ってしまったら?


『侍』を兵器に例えるならば、『最終兵器』だ。

たとえ小国でも『核』武装すれば、周囲国家を恫喝し、従わせる事をも出来る。

実際に『核』ミサイルを敵国の首都圏に打ち込めば、国家機能は簡単に奪える。

…… そんな前例は、地球の歴史上掃いて捨てるほど存在する。


』一人の戦闘力も、その気になれば一国の軍隊丸々『片手間』でほうむれる。

『侍』の利点は放射能を巻き散らかさず、

外科手術の執刀医の如く、敵の軍隊や国の中枢部のみを狙い、

最小限の被害で敵国を制圧出来る事だろうな。


勿論もちろんちゃんとバランス考えて、采配さいはいするけどね。


どう有れ、セルガさんが『命がけの勇者召喚』を行なった理由と、

この世界の状況や情勢を、聞き取らないと。

当面の身の振り方を判断するのは、それからで良いかな。


じょぼじょぼ


吸い口を持つ左手にかかる水が、無限に流れてく。


取り留めない思考から覚めた猛は、吸い口を流水から引き、蓋を締める。


ぱっぱとまとわるしずくを、吸い口を振って切ると、そのまま彼女セルガへ振り向く。



寝ているセルガさんの頭側から、彼女を見下ろす体制で、

セルガさんと同様なデザインの神官服を着ている、

金髪碧眼イケメン男性が、静かに立っている。


背丈もあり筋骨たくましく、どこかの武将と言われても納得する。


誰? いつの間に? 近付く気配も無かったぞ!。


おだやかにたたずむイケメンの横顔に、特に『殺気さっき』も感じられないので、

思わず『ガン見』してしまう。


ふと、そのイケメンは、猛の裸眼な右目の視線しせんに気が付いたのか、

に顔を向け、互いの視線があう。


……しばらく、見つめ合う。


イケメンは、パチパチと瞬きし、何故なぜ次第しだい困惑顔こんわくがおに成る。


彼は、自分の右手をゆっくりあげ、人差し指で、自分を指し示す。



猛も、やや困惑顔こんわくがおになるが、こっくり頷きをイケメンに返す。


『……驚きました。私が見えるのですね』


「は? ……はい。見えますよ」


そんなにハッキリ・クッキリと、そこに実在してるじゃん。どゆこと?


(マスター。私のセンサーに彼ハ、

強い『生体エネルギー集合体しゅうごうたい』として認識されまス……

つまリ、心霊しんれいとか精霊せいれいとカ?)


(マジか)


サスガは異世界。人外じんがいさんが普通にいるのだね……。


自分の世界の常識と『どれだけかけ離れているのか?』を思い、すこし憂鬱ゆううつになる。





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