第51話 やっぱり 無茶苦茶 Part.2



(マスター。

提供したライスカレーを食事された、教会職員の全員の『最小単位のナノマシン』の体内定着を確認しました。

副反応も現れないと思います。

全員のシルバー・コード・リンク接続、確認しました)


(よしよし。では、ローカルタイ・クォーン公爵領情報・ネットワークを構築してくれ。

明日あした教会に礼拝に来られる信徒さんたちへの、空気感染によるナノマシンの拡散も進めておくれ。

そのまま『市中感染』方式で、公都全体にも拡散させよう)


(アイサ。二、三日間で拡散可能ですね)




○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○




「......ダメだ。この配線も、もうすぐ焼き切れる」


教会の深い地下にある、動力コア・クリスタルと、それに繋がる設備を細かく点検していた教会施設動力長のバスクは、

分厚いメガネを頭に掛け直しながらボヤく。


「......千年ミレニアム級の年代物アンティークですもんね......」


隣で、修理や再整備が必要な箇所のチェックに同行するメルダも、

にぶい輝きを放つ神殿コア・クリスタルを見上げて、乾いた微笑みしか出ない。


周囲を見れば、千年ミレニアムの間に何度も改良・増設されて、神殿建物に負けない複雑な迷路の設備と化している。


(そんな迷路を、修復するなんて......)


予想しうる修復予算に、めまいがする。

目の光が、死ぬ。


「そうだ。久しく動力を流して居なかった配線や設備まで、強力な魔素が流れちまったからなぁ......

骨董品アンティークな設備全体が、いつ壊れてもおかしくない......」


「......え......まさか......動力炉コア施設をすべて......新設しんせつしなくては?......と?......」


「......」


バスクは、そっと、目をそらす。


「バスクじぃ! 黙らないでぇー! 否定してぇー!」


「......」


メルダの必死のといにも答えず、完全に顔をメルダから明後日の方向に向けて、静かにメルダから離れてゆく。


「あああああ」


バサり


がくっ


彼女の手から、チェックノートがこぼれ落ち、

思わず膝からくずち、両手を床につけてしまう。


_| ̄|○


動力炉コア施設を、すべて、新設ですってーーーー!!


天文学的てんもんがくてきな予算』が掛かることは、間違いない。


思わず腰が抜けてしまった。


失禁しそうだが、何とか耐える。


ど、どど、どどどどどど、どうすれば?


ぞわぞわ


全身から血の気が引いて、めまいがしてくる。


メルダは無意識に脳内に、教会の今後の収支見積もりを、走馬灯の様に、かけ巡らせる。


動力炉コア施設メーカーは、いくつかあるが、値段は似たり寄ったりだ。


城を建てた方が、安い。


無理むりぃー! むりィー!

即時『総とっかえ』なんて、無理ぃいいいいー!


国家事業並の予算である、同様の規模の施設をすべて、新設なんて、金策を含めて何十年掛かると言うの?


そんな予算も時間も、どこにも無いわよーー!


すっからかんよーーーー〜!!


でも明日の日の出と共に、熱心な信徒は参拝しに来る。


最小限でも、参拝施設は稼働させなくてはならない......


そして、稼働すれば、即時壊れる......


無理。


どうにも無理。


メルダの両手と床の間が、激しい冷や汗で、びちゃびちゃに濡れてくる。



メルダの脳内で、何かの記憶が引っかかる。


(同様の規模!?)


どこで? どこかで?


どっかで、その事を、『つい最近』考えたぞ!!


どこで? なにで?


その時、神官服のキュロットスカートのポケットに、入れっぱなしだった『モノ』が、意識される。


「あああああああ! コレだ!」


コレだ!


ポケットから、慌てて取り出す。


それは......


コースターほどの、白い円盤だ。


「バスクじぃーーーー〜!!」


思いのほか、遠くに『げつつある』バスクに向かって、見事なクラウチング・スタートを、切る。




○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○




「初めまして。新参勇者のタケシ円鐘エンショウです」


むふー!


鼻息荒いバスクはそれには答えず、白いコースターを鑑定かんていするなり、

無理矢理呼び出したたけしに、白いコースターを突き出す。


「無茶苦茶だ」


あー。ここでも言われるのね。


「おいバスク、もう少し説明せぬか」

ニーグも苦笑しながら、軽く猛を擁護ようごする。


「アンタの夫?とやらは『無茶苦茶』だと、言っとるんだ!!」


「えーと。それだけでは『質問の意味が分からない』ですよ......『無茶苦茶』なのは、同意するしかありませんが」


「え。ワードマンさん」


「はぁ、私も同意します」


「セルガさんまで!」


スっと、メルダさんも手をあげ、うんうんと同意の仕草をする。


「同じモノを、作れるのか?」


「あぁ、出来ます」


「作ってくれ」


「わかりました。作りましょう」


「いいのですか?」

ワードマンさんが(軍事機密では?)と、うかがって来る。


「今更です。教会施設も、強化しないと」


「来てくれ」

バスクは、もう歩き出している。


「すまんのう。ドワーフは新規技術を見ると、気が短くなってな......」

ニーグは今度は、無愛想モードのバスクを、軽く擁護ようごする。


「いえいえ、地球でも『技術者マイスターは短気』でしたよ♪ 思いついたら、一瞬でも早く試したいでしょうから」


「ふふふ、バスクじいは真の技術者マイスターですは。代々、教会を守って来てくれました」


セルガも、にこにこ微笑む。


「でしょうね」(苦笑)


早足のバスクに追いつこうと、皆で小走りになる。




○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○



バッタン!!


バスクは蹴破けやぶる様にドアを開ける。


パッ


天井にぶら下がるクリスタル?が、勝手に点灯する。


へぇ、自動認識機能じどいにんしききのうか。


天井は高く、かなり広い、いかにもドワーフらしい洞窟だ。


バサ バサ バサ


これまたアンティークな羊皮紙を数枚、アイランドに備えられた巨大なテーブルに広げる。


どうやら神殿コア・クリスタルと、その周囲設備の設計図の様だ。


周囲には執務デスクの他に、製図台も見える。


バスクじいの、書斎かな?


見上げるほど高い壁には無数の棚が設けられ、無数の丸めた羊皮紙が綺麗に整理されて、刺す様に収められている。


「コレが動力炉の設計図だ。おぉ、メルダ、返しておく」


白いコースターを、メルダに返す。


「拝見します」


ふむ。

コア・クリスタルが、地脈の魔素を『汲み上げる』方式か。


「ふむ......地脈魔素の汲み上げ率を、78%にされている様子ですが、魔力導入係数と施設への回転率の安定の為ですか?」


「おう。いきなり核心の話しをするか。そうだ。それより上でも下でも、回転率が落ちる」


「ならば......魔素の『吸い上げ率』は変えずに、『増幅器』を配備して、『魔素貯留器』も備えましょう。

魔素量も、安定供給出来ます」


「ほう!イケるか」


「はい」


「よし!前祝いだ!」


ドン!


12Lくらいの、小ぶりな酒樽を、いきなりテーブルの上に載せる。


なるほど。理由にこじつけてでも、まずは呑むのだね。


「あぁ。では私もドワーフ流で、御挨拶しましょう」


ゴトン


対抗する様に、地球の『燃える酒』系の酒瓶さかびんや、小ぶりのビールのアルミたるサーバーを出す。


「おおう!!話が早い勇者さまじゃねえか!ガハハハハ!そうこなくちゃ!」


バスクじいは、満面の笑みを浮かべながら、木製のビアジョッキを、人数分出す。


「あぁ、セルガさん達はコレで」


果物系のソフトドリンク・サーバーを出す。


(ありがとうございます)ヒソヒソ

セルガさんは、小声で礼を言ってくる。


(バスクじ......いえ、動力長のお酒は、エンドレスなので......助かります)ヒソヒソ

メルダさんも、安堵の表情になる。


(あら♪ この葡萄ぶどうジュースは、美味しいわ)ヒソヒソ

(本当ですね!優しい炭酸も、喉越のどごししイイですね♪)ヒソヒソ


(じゃぁ、蟒蛇うわばみは、まかせてください)ヒソヒソ


「では、バスク動力長。異世界の美酒をどうぞ」


ポーランド地方の95度の『ス●リタス』を、彼のビアジョッキにダバダバ注ぐ。


「おおう♪美味そうだ♪」


グビり


グォッホ!


バスクじいは強烈な酒精に、思わずむせる。


が、


グビグビ グビグビ


くはー!


「くぉお! すげぇなコイツは! ガツンと来るぜ! しかも美味い!」


......呑めるんだ......


「ようし!今度はコッチからだ!」


バスクが掲げる小樽から琥珀色の酒が、猛のビアジョッキに、並々と注がれる。


む!


かなり強い酒精の香りが、辺りに漂う。


(口内から、消化器系すべての粘膜ねんまくに、シールドを張ってくれ)


(アイサ! ......完了です)


グビり


おぉ。美味い酒だ。


(度数93%。スピ■タスといい勝負ですね)


(よし。このまま飲み干してやる)


(アルコール吸収は、制限します)


グビグビ グビグビ グビグビ ぐいーっ


「......え?......『ドラゴン殺し』を、一気......だと!?」


バスクじいは、呆気に取られる。


「おう!あの酒かぁ。さすがに腰に来たぞ」

ニーグは過去の失敗を、ボヤく。


ぷはぁ


「美味い!」


(アルコールを解毒!無効化しました)


「ぐっ......飲み干しやがるとは......」


「タケシ......呑めるのか......」


(ローカル・ネットワーク情報では、ドワーフの風習として提供した酒を飲み干されたら、

今度は自分も提供された酒を、飲み干さねばならない様で......

更にはバスクの体内の酒精濃度は、なかなか高くなっています。

ドワーフ肝臓のアルコール解毒能力でも、現在の体調はつらいでしょう)


(やはりな......まぁ、『飲み比べ』に来たんじゃない。一旦止めよう。

そろそろ本題に入らねばな。

また、皆さんにツマミを出してくれ)


(アイサ)


コトン


皆の前に大皿を出し、山盛りの唐揚げを載せる。


食欲をそそる、こうばしいかおりがただよう。


コトン


スティック状に切ったフライドポテトも、大皿で出す。


「失礼します」


隼執事ゴーレムも現れ、小皿に配膳を始める。


「うぉ!?」


唐揚げに注目していたバスクだが、急に現れたゴーレムに驚く。


「あぁ、失礼。私の使い魔です。執事の役目をしてくれる、ゴーレムです」


「え?ゴーレム!?」


ゴーレムと聞いて、途端に真剣な眼差しで、隼の動きを見つめる。


「バスク動力長。飲み比べは打ち止めされて、そろそろ本題に入りませんか」


「お?......うむ。そうだな」


「それでですね、こちらの全ての製図を、全てスキャン......走査させて頂いて宜しいですか?

収納したまま走査出来ますので、そのままで」


「......そんなことまで、出来るのか?」


「はい」


「良いだろう......今回の修理の資金主スポンサーの御要望だ」


「では、失礼します......千里眼!」


左目のモノクルの奥が、わずかにきらめく。


(総スキャン終了......隠し部屋にも、多くの製図がある様子ですね)


「バスク動力長......『全て』の製図を、走査して宜しいですか?」


「!......なんと」


「タケシさま。あの......『しーおーぴー』でしたっけ? 動力長に見せてあげてください」


「しー?......なんだ?メルダ」


「こちらです」


製図やジョッキやツマミが広げられたテーブルの上に、ヤーディン大国全土の『共通作戦状況図COP』が展開する。

そろそろ20:00になろうとするので、街中でも灯火は少ない。

点いているのは、酒場くらいだろう。


「こ......こ......こりゃぁ......」


「バスクじい。新参勇者様と、我らのマギ・テクノロジー魔道技術の格差は、圧倒的なのです。

なので、いっその事、全ておまかせ致しましょう」


(現在地に、ズーム)

(アイサ)


共通作戦状況図COP』は、タイ・クォーン教会神殿にどんどん近づいたかと思うと、

地下の神殿コア施設を写し......バスクじいや皆が座る、テーブルが映し出される。


パクパク パクパク


バスクは、口をパクパクさせている『映像の自分』を、見つめる。


「他の製図の場所は、秘匿されているでしょうから、あえて映しません......

『全て』走査させて頂いて、宜しいですか?」


はぁ


「好きにしてくれ......」


「ありがとうございます」


共通作戦状況図COP』は、一度消える。


ポーン


現在の神殿コア施設が、映し出される。


「......修復が必要な部位を、赤く表示します」


ぱっ


神殿コアを中心に、放射状に設備と配線がなされているが......

バスクじいの『診断』通り......ほとんどの設備と配線が、赤い。


「......82%を、新設せねばなりませんね......」


「はぁ......」


メルダは、深いため息をついてしまう。


「ですので、全て、新調しましょう」


猛は軽い口調で、言い放つ。


「え?......城より高額ですよ」

『良いのですか?』と、メルダは猛を見る。


「大丈夫です」

ほがらかに、返す。


「で?『新参勇者様の御業みわざ』とやらでは、どうするんだ?」


「はい。仮想現実バーチャル・リアリティ方式で、設計します」


「ほう?」


「動力長は、あの」


背後の製図台を見る。


「製図台で、設計されてますよね」


「うむ」


「で、設備業者に発注して、設計図通りに設営させると」


「そうだ」


「私は、このCOP上に設計図を立体映像3D仮想現実バーチャル・リアリティに映し出し、皆で検討しながら設計します」


赤い表示は消えて、元の神殿コア施設にもどる。


「コアを残して、旧設備を全て消します」


古い設備が全て消えて......神殿コアと台座だけが、だだっ広い神殿コア室に、ポツンと残される。


「で、新規施設を導入しますと......」


神殿コアの台座の前に、公園の水栓柱すいせんちゅう(水飲み場)くらいの台が、これまたポツンと置かれる。


よく見ると台の上に、あの『白いコースター』がひとつ、ポツンと置かれている。


「コレで数万倍に魔素量を増幅させ、運用うんよう貯留ちょりゅう出来ます。

で、設計は、完了です。

後は『魔素』から、実体転換レプリケーションさせれば新規設備しんきせつび敷設ふせつは完了です。

数秒で敷設完了ふせつかんりょうし、即時そくじに教会施設の全てを、再稼働出来ますよ」


「「「「「..................」」」」」


さすがのニーグまで、言葉をうしなう。


「そう言えば......『召喚神殿しょうかんしんでん』の天井の、セルガが開けた大穴も、一瞬にして修復されてましたな......」


ワードマンさんも、光が消えた目で、つぶやく。


「......やっぱり、無茶苦茶だ......」


バスクじいは、燃え尽きた様な、疲れた声でそっと、つぶやく。





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