第50話 藁(わら)おも縋(すが)る。



はっ




目覚めてすぐファザンは、見慣れた天蓋てんがいのベッドの中に居ることに気が付く。



チクッ



少しでも動かそうと身体に力を入れると、鳩尾みぞおち辺りにチクリと痛みが走る。



深い捻挫をした右手首は......包帯と添え木固定されていた。



(......完敗だ)



銀色勇者の六尺棒は、融通無碍ゆうずうむげだ。

ある意味、理想の剣技を目の当たりに出来た。



(......もう少し若ければ、弟子入り出来た......か?......)



ふぅ



のどかわいた


頭を左に向けると、いつものサイドテーブルに、いつもの水差しが見える。


が、クィーンサイズのベッドど真ん中に寝かされていたファザンには、やや遠い。


(いつもなら、おきるが......)


上半身を左に、寝返りをうとうとする。


チクッ


やはり、鳩尾が痛む。


少し、息が詰まる様だ。


(やれやれ。『体幹の芯』のど真ん中まんなかを、打ち抜かれたか)


なので、身体をどの方向に動かそうとしても、

必ず体幹の芯は動かさざるを得ないので、打撲後の痛みは、出てしまう。


むぅ


チクッ


「くっ」


痛みを無視して、水差しに近寄ろうとする。


「よい。寝て居れ」


天蓋の向こうの水差しの前に立った女性の、落ち着いた声がする。


「団ちょ......」


ズキッ!


「ぐ」


思わず声が出てしまう。強めに痛みが走る。


思わず、ベッドにへたり込む。


「飲め」


目を開ければ、口の前に銅製の病人用の『吸い口』が差し出されて居る。


「......ありがとうございます」


あきらめめて、観念かんねんするしかない。


どうにも、身体が動かせないのだから。


ごく ごく ごく


ふぅ〜


「......ありがとうございます」


「......また、飲みたくなったら、言え」


ふい


ぶっきらぼうな口調と共に、吸い口は引かれる。


どさり


視界の外だが、応接のソファーに座られた様だ。


......なんだって? 部屋から出てか無いだと!

......まるで『俺を看病してくれている』様じゃないか。


「......ありがとうございま......す?」


この想定外そうていがいな状況は、何なのだ?




「............................................................

............................................................

............................................................

............................................................

............................................................

............................................................

............................................................」





どうしたらいいんだっ!?


業務内容以外で、しゃべった事は......無いぞ!


間が、間が持たんっ!



チリーン



お。メイドを呼んだのか。


トントン


「失礼致します」


「主治医を呼べ......目覚めた、と」


「え! あ、失礼しました。ただいま!」


パタパタ パタパタ


「ファザン」


「は」


「痛みがえるまで、休め」


「御意......ありがとうございます」


「あぁ。御前次席が居てくれんと、なにかと支障をきたす。なるべく早くなおれ」


「ふ ......まだ、き使うおつもりですか」


「無論だ。......名誉の負傷後に、養生するのも仕事の内だ」


「はいはい。では、遠慮なく爆睡させて頂きます」


「よし」


「............................................................」



また無言のひとときが始まるが、先程よりかは、気楽だった。



○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○




はっ




気が付けば、リートは『真っ白』い空間にいた。


前後左右......上も、果てが見えない。


床?......は、冷たくも固くもない......不快では無い。


ブルル


愛馬ハーパンも隣に立って、目と耳をキョロキョロさせている。


不安げだ。


ハーパンの顔に、そっと触れる。


暖かい。


プルル


それだけで、見知らぬ世界でも落ち着ける。


ハーパンも、落ち着きつつある。


ポーン


! 二人が向く方から、何かの音が聞こえる。


「こんにちは」


!?


少年?少女?......の声がした......方向から、誰か歩いて来る。


少し遠目から......ゆっくり歩いて来るので、不安感は少ない。


うん?少しボヤけて見える?


三メートル辺りで、『彼か彼女』は、立ち止まる。


「こんにちは」


また、声をかけてくる。


顔?が見え始めた。


人形の様な?......


そうだ。勇者様の執事ハヤブサさんの様な『材質』で出来ている、ゴーレム見たいだ。


......幼い頃、たぶん母様かかさまと、人形遊びをした、記憶の欠片がある。


......その、人形の様な......どこかなつかしい。


「こ、こんにちは......精霊さん?なの?」


「はい。リートさんと、ハーパンさんの御用を致します。よろしく」


「え?あ〜、え〜と。リートで良いは。こちらこそよろしく」


「ありがとう、リート」


スっと、可愛らしい右手を差し出して来る。


「う、うん」


リートも右手を差し出して、握手をする。


「では、初めに、ボクの名前を付けてくれるかな?」


「あ。名前ね......名前......」


母様かかさまが持ってらした、人形の名は......



ノキオ



「......そう。『ノキオ』は、どうかしら?」


「ノキオ! 良い♪」


「じゃぁノキオ、色々と教えてね」


「うん」


リートから、ハーパンにむきあう。


「ハーパン♪よろしく」


プルル


もしゃもしゃ


ハーパンは、ちょうど自分の口の高さのノキオの頭のてっぺんを、甘噛みし始める。


「あらハーパン。ノキオを、気に入ったの?」


もしゃもしゃ もしゃもしゃ


「あはは♪ ハーパン、ありがとう♪」



○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○




「ではゼント。『真円流』も学べるんだな」


白い部屋に居るタムは、ゼントと名付けた自分の精霊に、早速『真円流』が学べるか、問う。


「可能です......と言うか......『体験の共有』が『可能』です」


「?......『体験の共有』って、何だい?......それも『勇者の御業みわざ』なのかい?」


「そんなもんです......強制的に『真円流の全て』が、タムの『記憶領域』にインストールされます......『強制的に覚えさせられます』」


「?へ?え?...... えーと? 『真円流の全て』を強制的に『覚えさせられる』とは?」


「......他人の『記憶・体験』を、複写コピー貼り付けペースト出来ます。


つまり、

マスター猛さまの『真円流の奥義』での『記憶・体験』を限定抽出し、複写コピーし、タムの記憶に貼り付けペーストられます」


「......えーと、まだ理解が追いつかないぞ......」


「はい。

精霊が『真円流の奥義』全てを、タムの記憶に『強制的に覚えさせて』しまう、のです」


「......普通の修行と言えば、基本型を覚える事から始めるよな......そして数年かけて『身につけて』行くよな」


「はい。ですので、『奥義』や『鍛錬の経験や記憶』を、先に貼り付けペーストてしまえば、あとは慣熟されるだけです。

タムの有限な人生の時間を、数年分は節約できます」


「!......ずいぶんと『合理的』な考え方なのだな......」


「『最新の科学技術は、時間を有効に使うために生まれた。『必要は発明の母』とも言うし』とのマスターの御意見です。


ですので、タムが修練中に疑問が出ても『答えは身の内』に存在するのですから、いくらでも自主練出来ます。


なのでマスターさまからの『手取り足取り』の鍛錬も、最小限で済みます。


あの、物臭ものぐさマスターも、何気に過密スケジュールですので」


物臭ものぐさて......」(苦笑)


「あぁ。タム好みの『内容』も、ありますよ」


「ほう?」


「この『白い空間仮想空間』で、いくらでも模擬戦シュミレーション出来ます。様々な仮想敵を呼び出し、模擬戦出来ます」


「この空間に来るには、寝なければいけないから......おぉー。昼間めいっぱい働いても、寝れば模擬戦出来るのか♪」


「もうひとつ。この『白い空間仮想空間』は......時間の経過が、ありません。

例えばこの中で『数年』修行したとしても、現実界では一睡いっすいだけです」


「!」


むふふふ ぬふふふふふふ ぐふふふふ


コワレた!?ヤバい笑顔を浮かべている。


ブルルル?


隣に立つ愛馬ディーカも、引いている。


「タム......笑顔がコワイです」


「......やはり新参勇者さまは、イけるな!......早速『奥義の複写コピー』とやらを頼む!」


「......」(ココにも、壊れてるヤツが、いた......)





○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○




「うーむ。そうか......」


「どうした?」


「いやぁ、私と『類友るいとも』に『こわれかけてる』見習いヒナが、何人かる様で」


「あ〜。皆、今期の『魔節ませつ』に、められてましたからねぇ。

『見習い勇者』と言う『役目』は、皆にとって『わらおもすがりたい』最後の希望なのでしょう」


「モノには限度が、ありますからね。気を付けて『手綱』を調整しましょう」


「むふん。我も協力するゾ!面白そうじゃ♪」


「はいはい。絶対強者との模擬戦も予定しております。

御二方、手加減を御願いしますよ」


「いいですね♪」


ワードマンは、ワクテカな笑顔を浮かべる。











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