第57話 補調 一

 日本支部から指示された連絡方法で三上浩乃に面会を申し込むと、早速会島邸でお会いします、と丁寧な返信をもらうことができた。清根夫人と親子であり、三上財閥も会島邸を利用してきたのだから、当然清根夫人の不在は既に承知しているはずだ。尤もその不在が、冬原廖庵の絵画取り替えと関わっているとは知り得ていないのだろう。


「この絵」


 会島邸に三度戻り、清根夫人の自宅兼オフィスである離れで浩乃を待つ間、秋人はあの日運慶との話題に上った一幅を何ともなく見直していた。


「何の絵だ?」


 ウロが隣りから尋ねる。語彙力がネックになっていて上手く説明できないが、国の始まりの王である神、大国主がオオナムヂと呼ばれていた頃、兄たちに迫害されて命を落とし、母親であるサシクニワカヒメが嘆願して復活する様子を描いたものである。


「岩絵の具を使っている絵が『読める』なら、これも『読める』はずだよね?」

「オレは無理だぞ、燃やしちまう」


 不思議な感覚だが、見えそうな石というものは判別がつく。ムーンリバーの時もサクヤヒメの時もいきなり共振してしまったのできっかけが何なのかはまだ分からないのだが、絵が取り替えられたのを見たのも、清根が絵と共にゴアへ向かったのを見たのも、ウロや運慶と何かしか気の交換があったものだと考えられる。気がする。


「……ウロ、俺を通して見ることってできる」


 ウロが眉を顰めてこちらをふり仰ぐ。これは責めているのではなく、心配している表情である。運慶さんと会島邸を見た話をかいつまんですると、小首を傾げた。


「難しいな。水と火は相性が悪いし」

「できないことはないと思うな、いろいろあったし」


 口元を歪めてこちらを睨むウロに肩を竦めてみせる。渋々恐る恐る手を伸ばし、ウロは秋人の腕に触れた。お前、溶けないよな……?と呟くのがおかしい。大丈夫、大丈夫、俺底無しなんだろう。ウロの指先から熱が伝わってくる。ぴりぴりと身体の中で渦を巻くようだ。

 予想していた通り涙が溢れてくるが、その濁った視界で明らかにきらきらと水面が繊細な光を返すように色彩がたゆたい、虹色の飛沫が霧になって漂い始めた。そこに映る影がある。


「あの画家だ」


 ウロは慎重に言う。どうやら同じものが見えているので半分成功だ。清根は若い時分の廖庵をこの離れに住ませ、親子のように衣食住から画材まで与えて面倒をみてやっていた。しかしやがて確執が起こり、清根は廖庵をなじるようになる。スケッチブックや描きかけの絵を取り上げ、破棄してしまう。二人の間に入って廖庵をかばっている若い女性は、浩乃だろう。紫織によく似ている。


「お待たせしました」


 二人でこそこそと見えているものを相談していると、背後から呼びかけられた。落ち着いてはいるが覇気を滲ませる声。秋人が驚いて振り返ると、そこにはミカミ・マテリアルズCEOの、三上宏輝が佇んでいた。

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