第8話 白面

 塗りのはげた箸で、くたくたに煮えた白菜を掬うと大きな口でかぶりつく。が、熱かったらしく咽せた。秋人は水を差し出してやる。少し涙目になったような顔を上げて、ウロは礼を言った。

「有り難う。温かいもの食べるの久しぶりだ」

 向かいに座り、少年の精悍な顔立ちが僅かに緩むのを物珍しく見ていた秋人は、問わずにいられなかった。

「一人の時も、ちゃんと食べてる?」

 啜った麺を惜しむように咀嚼し飲み込んで、ウロはバツが悪そうに視線を泳がせた。

「忙しくて……」

「食べないと身体に悪いよ、ウロくらいの歳なら尚更」

「オレ、多分、アキトとあんまり変わらないよ」

 今度は秋人が目を丸くする番だった。細身だが筋肉質の四肢をしているものの、せいぜい高校生くらいかと思っていた。

「石と共振して長いと、歳を取り難くなるんだ」

 スープの染みた卵の方に完全に気を取られ、関心の無さそうな言いようだが、もの凄いことなのではなかろうか。秋人はグラスから水を一口飲んだ。

「不老っていうこと? もう驚く体力残ってないよ……」

「“らしい”だろ? 煉丹術の始まりは“丹薬”を服食して不老長生を目指すことだったけれど、現在の要術は石、つまり永久不変のものに同期するんだ」

 饒舌なのは麺をかき込む合間に話すからだろうが、それをうらめしそうに眺めつつ、秋人はテーブルに頬杖をついて溜め息をこぼした。

「なんでウロはそうなったの? 俺にも素質が有るってどういう意味」

「“気”の性質によって、石と共振し易い人間がいるんだ。マリーは光性が強い。見ただろう?」

「じゃあ、不老長寿になれるかなれないかは、生来決まってるっていうこと」

「修煉して気を高める方法も有るし、あとは、……」

 スープの一滴まで飲み干し、ごちそうさまでした、のつもりなのか、箸を置いてちょこんと頭を下げる。目を伏せたまま苦々しい声が絞れて聞こえてきた。

「石の記憶を見る行為と、見せる行為は違う。第三者に見せる、ということは、石と第三者を術士が媒介する行為だ。それによって、第三者の時間が緩進する」

 術士自身が丹薬みたいなものなんだ、だから自分自身も守らなくてはならない。

「特にアキト、お前は“メイデン“に目を付けられたからな」

 乱れた前髪の下から瞳が剣呑に輝く。秋人は椀に浮いた油を見てぼんやりとしていた思考を引き戻された。

「“メイデン“って?」

「隠し名だよ。世界経済を支配するコングロマリットの一つ。このオパール を使って、ゲームを仕掛けた張本人だ」

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