第7話 昼間の星
窓を開ければ微風が春の香りを運んでくる。秋人はドアの影に遠慮がちに立っているウロを、中に入るよう促した。
「大家さんにはゲストを呼ぶってメッセージしたから大丈夫だよ。今は出払っていて誰もいないし」
コーヒー飲む? インスタントだけど。日曜日から散々な目に遭い、まだ全く本調子ではないのだが、秋人はできるだけ平静を装ってウロに尋ねた。これ以上心配されては年上の沽券に関わる。ウロは躊躇しているようだったが、小さく頷くと、ダイニングの椅子に浅く腰掛けた。秋人は湯を沸かし、戸棚からカップを二つ取り出す。
「ミルク入れる? 砂糖は何杯?」
「……ミルクと、砂糖は三杯で」
案外甘党なんだな、と可笑しくなり、あの不貞腐れたような様子は、子供っぽく見られるのが嫌なんだろうと思い至って、秋人は痛む身体が少しだけ軽くなったような気がした。温かいカップを差し出すと、両手で受け取って礼を言う。日に焼けた硬そうな長い指に、擦り傷だらけの手の甲がおっかなびっくりというように動くのを見て、秋人は夢の中の少年を思い出した。
「そうだ、これ」
自分のカップをテーブルに置いてから、秋人はバックパックを漁ると、オパールを取り出した。ジュエリーの扱いに詳しくないので、取り敢えずハンドタオルに包んでおいたのだが、よかったろうか。ウロは散髪をサボった長い前髪の下から、驚いたように目を大きくして秋人を見上げたが、オパールは素っ気なく受け取る。
「マリーに渡さなかったのか」
座り直し、コーヒーに口を付けかけていた秋人は、ウロがぼそりとこぼした一言に、眉を寄せた。
「うん? だって、ウロのだろう?」
「この石がそう言ったのか?」
どうして自分は、このオパールをウロに返さなければならないと思ったのか。秋人は小首を捻る。オパールが、そうしたそうだったからだ。ますます分からない。黙って考え込んでしまった秋人をじっと見つめて、ウロが口を開いた。
「アキト、“サザンクロス・ナイツ”って知ってるか」
「“ナイツ”って……the order(騎士団)のこと?」
「そうであってそうでない。サザンクロス・ナイツは、錬金術士たちと煉丹方士たちのleagueみたいなものだ」
「ウロとマリーも所属しているの?」
「マリーは昔、追放された」
真っ黒な瞳が俯いて、まろやかなコーヒーの湯気に揺れる。マリーがどれだけ話したか知らないけれど、彼はもともとコマンダーランクの錬金術士なんだ。だけど石の記憶を見ることができるだけのオレたちみたいなのは、相互扶助と自衛の組織が必要なんだよ。
「稀な能力のために、狙われることがある。さっきみたいに」
ウロの終わらない呪文のような言葉に、秋人は唾を呑んだ。どうやら、おとぎばなしでは済まなそうである。
「上層部に、アキトを潜在的なメンバーとして守るよう、通達を頼んだんだ」
「……一体誰が、何のために、奪い合うっていうの」
焦燥が滲んで硬くなった秋人の声音に、ウロはまた無表情だがどこか哀れみ深いとも怒りを隠したとも分からない顔を上げた。それは、このオパールが、と言いかけて、ぐう、と聞き慣れた音がした。もうすぐランチ・タイムだ。
「……インスタント・ヌードル作るよ。卵と白菜入れて」
取り敢えず自分は、この少年の空腹を満たしてやることくらいしかできないし、それだけでもできて良かった、と苦笑して秋人は立ち上がった。
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