第5話 振り向くもの
夢を見た。
光はどこか渦を巻いているようで、秋人は底へ底へと沈んでいく。薄ぼんやりと深いところに佇んでいたのは、質素なドレス姿の女性だった。縮れた栗毛に痩せて血色の悪い肌をしているが、朝露のように清楚な立居振る舞いで、その白く細い指先から滑り落ちる。
お前にこれを与えよう。この石が、お前の平穏を守ってくれるように。
手渡された輝きに見惚れる間もなく、業火が吹き上がる。炎の舌が怨嗟を撒き散らして、塔の十字に纏わりつく。少年は遠くの高台からそれを見て、大地に伏して泣き荒ぶ。
先生、先生、僕たちが何をしたと言うのです、ただ真実を見ているだけなのに。
涙に溺れそうになれば、そこは鈍色の波と雑踏の港だった。人々は我れ先にと船のタラップを登っていく。忙しげに往来する甲板の手すりから、コートに身を包み亜麻の髪を靡かせた、少女がこちらへ手を振った。
哀しみが怒りが、忘れられないならば残酷だ。喜びも希望も、永遠でないから大切なのに。
灰色の翼に煽られるように仰げば、回廊の暗がりから一人の男が歩み出してくる。道士服に、場にそぐわないぼさぼさの髪、苔色の瞳が明るい中庭を見て細められる。
石に魅せられ過ぎぬことだ。
桃の花弁が舞う、霞がかった麗かな空模様の下、その男はくたびれたスーツケースを携えて去っていく。もう片方の手には、幼い少年を連れている。遠去かりながら、少年だけがこちらを振り向いた。
「ウロ!?」
見覚えのある鈍く輝く視線に、秋人は思わず名を呼んで、覚醒した。またもや突然時間と場所が変わったが、触れるソファの触感が生々しいので、先ほどまでが夢で、今は現実なのだろうと認識する。が、自分が夢に落ちるまで、どこで何をしていたかが即座には思い出せない。
「やっと起きた」
呆れたような揶揄うような声が、テーブルの向こうから聞こえてくる。昨夜のあれこれと、どうやらソファで眠ってしまったようだと考え至って振り向くと、ハーバーからの朝日を受けて、眩いばかりの絶世の美女が見下ろしていた。
「ええと、オハヨウゴザイマス、マリー?」
あまりの華麗ぶりと昨夜の暴挙に、引き気味で挨拶すると、ふん、と鼻で笑われた。
「私はもう出る。キッチンでもシャワーでも使うがいい。鍵はオートだ」
艶の有るチャコールグレーのスーツに髪を纏め、オレンジベージュを引いた唇の端を上品に釣り上げる。秋人があたふたと立ち上がる前に、ショルダーバッグを掴んでドアホールへ消えてしまった。追いつく間も無くドアが閉まる音とともに、一言投げられる。
「携帯に、私とウロの番号を登録しておいたから」
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