第10話 訪問者

 一コマ目の講義が終わり、秋人は慌ただしく席を立つ。一階ロビーに降りていくと、普段若い学生たちやスタッフが賑やかに行き交う広い吹き抜けが、妙にざわついている。原因は直ぐに分かった。

「マリー、どうしてここに」

 大層な美女が、これまた大学生には見えない黒づくめの青年と、ロビーの端で雑談している。秋人は周囲の浮き足立った視線を無視して、二人へ小走りに近付いた。

「アキト、この後の予定は」

 ガラスから透過された陽光にさんざめくブロンドと白い肌がこちらを向き、にいと艶やかな唇で笑う。平伏したくなる華麗ぶりから秋人は微妙に視線を逸らし、ウロの傍らへにじり寄る。

「四時半まで講義とチュートリアルで、それからアルバイトです」

「今週末空けておいて。月曜は講義無いんでしょう」

「ええ、でもバイトが……なんでですか」

 ふん、とウロが鼻を鳴らし、秋人に目配せする。悪い、オレにはマリーを制御できない、と心外に寄せられた眉根が言っている。

「オーバリーに行くのよ。インシャからの伝言聞いてないの?」

「アキトは部外者だろう」

「あんたが面倒見るんでしょう? その石も随分馴染んでいるようだし」

 ウロは歯がみして悠然としたマリーを睨む。一触即発そうな、といっても手も足も出ないウロが全身の毛を逆立てて威嚇しているような二人に、秋人はええいままよ、と割り込む。

「どうしてオーバリーなんですか? “インシャ”ってどなたです」

「インシャが、最後の一つはオーバリーに有るって言ってきたの。インシャっていうのはねえ、こいつの師父で、行方不明の高位煉丹士」

 毎度手紙で連絡がくるのよね、アナログっていうか、前近代レベルの男。まあそのおかげで、足が着かないんだけど。マリーは素っ気無く言うが、輝かしいアイスグリーンの瞳が、どことなく翳ったように秋人には見えた。

「アキト、国際免許証は?」

「持ってませんよ、必要無いでしょう」

「……オーバリーどこにあるか知ってる?」

 オーバリーはシドニーが州都であるニューサウスウェールズ州と、メルボルンを州都とするビクトリア州の境に位置する街である。オーストラリアの重要な水源であるマーレイ川沿いに交通の要所として栄え、シドニーからは車で五時間半ほどの距離になる。

「広いなあ、オーストラリア……」

「まあ日本と比べたらね。しょうがない、私とウロで交代するしかないわね」

「ウロ、ライセンス持ってるの!? いや、なんで俺も行くんですか」

「“ムーンリバー“のお気に入りっぽいから。あの石扱いにくいのよ」

 オパールだから、水の気が強くって。マリーの思案げな呟きも耳に届かず、秋人は慌てて言い募る。

「無理です、バイトせずに旅行にいくような余裕ありません」

 オレも出張費かつかつだから、アキトの分カバーできない。ウロも仏頂面でフォローなのか情け無いのか分からない台詞を付け加える。マリーは豪奢な睫毛を瞬かせ、はあ、と大きく溜め息を吐いた。

「あんたたち、ホント、甲斐性が無いわね……アキト、私が三日間あんたを雇ってあげる。その代わり宿泊費諸々、そこから出しなさいよ」

「AFPの職務じゃないんですか」

「私はコントラクターだもの。自営業よ。ABN(オーストラリア・ビジネス・ナンバー)見る?」


 魔女って自営業なのか、そりゃそうか。

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