第52話 残滓 四
「この石は持ち込みなのだが、見るかね」
快慶の大きな掌にのせられた帯留めを目にして、秋人は言葉に詰まった。夕空のような桃蜜のような色合いの石は、サクヤヒメを思い出させる。浩乃が持ち出して行方知れずになっている、水入り
「……いいえ、浩乃さんに直接訊いてみます」
声を絞り出した。この石がサクヤヒメの一部であることなどありえない。見えるわけではないが、確信がある。サクヤヒメの纏う憎悪は、ウロが言ったとおり、少なくても今の浩乃の感情ではないはずだ。そうか、と快慶は淡々と帯留めをしまった。
礼を言って辞し、夕暮れの道をウロと二人で歩く。長い長い影ができる。休日のはずだったのだが、結局調査になってしまった気がする。だが、まだ夕食を楽しんでもいいはずだった。秋人は少し後ろを歩くウロを振り返る。
「平城京跡がライトアップされてて綺麗みたいだ。行ってみる?」
うっそりと上げられたウロの顔は、黄昏に翳っている。金環は融けるように仄かに瞬き、心配になって秋人はウロの手を引いた。
「疲れたなら、ホテルに戻ろう」
ウロの思いの外長い睫毛がぱちりとこちらを見上げた。何か言いかけて口をつぐみ、また開く。
「いや、行こう」
「茶番だな」
背後から突然聞こえた第三者の声にぎょっとして振り向くと、二人の影から切れ長の目が浮かび上がった。
「鼠狼……!」
影から歩み出したコートの男は帽子を目深かに被り、口元だけが逢魔が時の光に薄く笑っているようだった。ウロが咄嗟に間へ入り込むが、白い
「石に値しない脆さだな、坊や」
やけに紅い長い舌がウロの肩越しに踊って見える。嫌悪に秋人はぞっとした。
「お前の目的はなんだ、なぜ俺たちにつきまとう」
「君たちが私たちの邪魔をしているんだろう?」
牽制してるんだよ、手を出すっていうなら、代償を払いなよね。白くかわいた頬が小首を傾げた。人間味のおおよそ無い声が、脊髄を冷たく
「かわいそうに」
囁きが秋人の耳に届く前に、闇夜に猛る波濤のごとく、三人を呑み込むほどの
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