第25話 去来

 モンゴルにおける資源開発について、日本の某財閥とメイデンが、政府間の了承を得ずに交渉を進めているらしい。レアメタル貿易や外国資本による採掘権の保有は、国家の安全保障上重要な問題になるので、日本政府とモンゴル政府が調査を急いでいる。と、資料の字面だけを追えばそういうことなのだが、それが何故、男二人座敷に正座して我慢比べになるのか分からない。

「……無茶だろ。ウロとマリーに見えないものが、俺に見える訳ない」

 後は任せた、と快慶さんたちは次のアポのため帰ってしまったのだった。残された秋人はウロと共に絵の前でまんじりともせず正座している。そろそろ脚が限界だ。

「言っただろ、能力のレベルだけじゃなくて、石とは相性がある」

 仏頂面でウロが答える。なぜウロも正座しているのか謎だが、ともかくもこの問答は何度目である。秋人は痛み出す頭を振り、脚を崩して胡座をかいた。

「消息不明の管理人を探した方が早いと思う」

「それが進まないから“ナイツ“に依頼が来たんだ。本当に消されたか、他の権力が絡んでいるんだろう」

 『本当に消された』、メイデンならやりそうだ。秋人はぞっとして肩を揺らした。ウロはそんな秋人の様子を見て小さく溜め息を吐き、こちらも脚を崩す。

「……お前、どうやって見てる?」

「どうやってって……“ムーンリバー“の時は、川に落っこちたからよく分からない」

「映画館のときは?」

「特別何もしてなかったと思う。“向こうから言ってきた“」

 Gan ma(ち)、とウロは舌を打った。人を指導する態度じゃないだろう、それは、と思うが、ウロも望んでしていることではないのでしょうがない。術士になればウロの助けになれると思っていたのが、とんだ始末である。しかし今さら引き戻せない。

「ウロはどうやって見てるのさ? さっき『溶かすから燃える』とか言ってた?」

「オレは火の気を吹き込んで溶かして見る……しかできない」

 それで息が紅く染まるんだな、と秋人は考える。ウロの牡丹色の息はとても綺麗だ。河原に見た、あの紅い花も壮絶に美しかった。あれはウロの気そのものだったのだろう。“ムーンリバー“に同調して、感覚が石に近くなっていたから、ウロの気のカタチがよく見えたのだと思う。

「やって見せて」

「は? あの絵には無理だって言ったろう」

「以前、眼鏡を使ってやって見せてくれたじゃないか。もう一回見たい」

「お前なあ、自分のこと考えろよ。この案件だって、新人に来るはずのモンじゃないぞ」

「考えてるよ。ウロは俺の力を引き出せる、ってマリーが言ってたじゃないか」

 ウロは絶句すると、阿呆!と立ち上がった。秋人も立ち上がり睨み合う。子供の喧嘩である、が引けないものは引けない。

「甘えんな、やる気もなけりゃ、やめちまえ」

「俺と双修するのがそんなに嫌か」

「お前の力を、オレが食い潰す訳にはいかないんだ!」

 牙のびっしり生えた闇の大口。ウロの石、チョーカーに括りつけられたタングステンは、飽きることのない捕食者だ。一度食われかかった感触を思い出して、秋人は唇を噛んだ。ウロは呆然と俯くと、踵を返して襖を開け、部屋を出て行こうとする。咄嗟に手を伸ばし、秋人はウロの肩を掴んだ。開け放たれた縁側の先から、庭の手水に流れる水が、きんとんきんとんとん、と水琴を鳴らした澄んだ音がした。


 ぐるり、と視界が回り、秋人は不安定に膝を突いた。急に腰の砕けた秋人に驚いて、ウロが上体を支えてくれる。きんとん、きんとん、と頭の中で水滴の音が響く。まるで涙みたいだ、と秋人はウロを仰ぎ見るが、視点が上手く合わない。震える声で、秋人はウロのコートを掴んだ。

「この絵じゃない」

「何?」

「見ていたのは、この絵じゃないんだ

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