第37話 神流し 二

 気をつかって疲れた、というより、日本に戻ってきてずっと緊張していたのかもしれない。今日の分のインタビューと撮影が終わり、秋人は機材を運んで車へ戻ってきた。何より三上浩乃の笑顔に紛れた鋭い視線が堪える。腹の探り合いはもともと苦手だが、オーストラリアに留学しているうちに、更に抵抗力が落ちてしまったらしい。


「ウロ?」

 建物の裏手に停められたレンタカーへのろのろと辿り着くと、ウロが座席から離れて見知らぬ男性と雑談しているところに出くわした。

「あ、“アキト“さん?」

 こちらに気付いたウロの視線を追って顔を上げた青年は、バイクのヘルメットを小脇に抱えている。歳は恐らく二十代前半、明るく染めた髪が冬空に健康そうに靡いている。

「初めまして、三上幸介です。ウロが英語で話してるのを聞いて、声掛けちゃって」

 大股に近づき、手を差し出される。握り返しながら、秋人は焦った。三上幸介、資料によれば確か宏輝と浩乃の息子だ。御曹司である。そして恐らく、紫織の弟に当たる人物だ。

「イギリスに留学中なんですけど、冬休みで帰ってきてるんです」

 秋人は陽気なお喋りに押され気味で、頷くしかない。そもそも大財閥の御曹司に対してどういう態度を取るべきか分からない。

「親父と顔合わせたくないからここに滞在してたのに、今日取材が有るっていうじゃないですか」

「モウシワケゴザイマセン……」

「秋人さんが謝ることじゃないですよ。親父は態とに違いありません」

 自分は若い頃好き勝手してたのに、息子の様子は気になるんですよ、全くね。幸介は肩を竦めて見せるが、それほど邪険にしているようでもないので、お互いよく分かっている親子なのだろう。秋人はつられて笑ったが、幸介はにい、と愛想の良い唇のまま、囁いた。


「あなたがた、“サザンクロス・ナイツ“なんでしょう」


 血の気が引いたような気がして、秋人はウロを見た。幸介のお喋りに巻き込まれて注意が向かなかったが、ウロはずっと困惑したように眉根を寄せていたのだ。もとより他人と話すのがあまり得意ではない上に、幸介の爽やかそうでいて甘ったるく追い詰めてくる話術に、内心たじろいていたのだろう。秋人もまんまと嵌ってしまった。

「ご存じで……」

「紫織ちゃんから聞いたんですよ。俺もイギリスでちょっと関わったことがあって」

 冬原の叔父さんのことで、どうして親父たちに用が有るのか興味がありますね。絵が消えたんですってね。幸介は色の薄い瞳で秋人を覗き見る。まるで蛇に絡みとられているようだ、と秋人は思った。これは人を支配する気質だ。三上宏輝から受け継いだものだろう。

「冬原紫織さんと、親しいのですか」

「親父たちと冬原の叔父さん叔母さんはずっと懇意なんです」

 機材を片付けているなら、今日の取材はそろそろお終いなんでしょう? 美味しい居酒屋を紹介しますよ、一緒に行きましょう。向こうにいると日本の味が恋しくなりますよね。数秒前までの雰囲気を微塵も感じさせず、人好きのするにこやかさで言ってくる。秋人は何と答えていいか、口を蠢かしたままウロの側へ身を寄せていくが、タイミングの悪いことにそこへ一番の手練れが顔を出した。

「それはそれは、私たちも是非同行させて戴きたいですね」

 幸介が突然現れた美女に、呆気に取られてから返事をするまで約4秒。

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