第44話 うらはら

 運慶の丸い目が、スクリーンに映ってこちらを見る。好奇心旺盛にくるくるよく動くさまは、東大寺金剛力士像の大きな目を彷彿とさせる。怒らすと怖いんだった、と背後から覗き込んでいた秋人は思い出す。

「日本支部がアクセスできる貝谷吾郎の情報はこんなものかな」

「随分詳しいですね」

「そりゃまあ、ナイツは基本的に公権力側だからねえ」

 いろいろ教えてもらえるの。全部じゃないけど。運慶のスクロールに従っていた視線をこっそり泳がし、秋人は応接ソファの角に座り込んでいるウロを盗み見た。俯いて隠れた表情を探ろうと動かしかけた肩を、ぐいと押し戻される。

「それで、貝谷という男がどうした」

 男の姿のマリーが、更に背後から圧を掛けてくる。秋人は心中溜め息を吐いた。

「会島邸の所有者だった人物です。戦前戦後に日本政治経済の黒幕とも言われてました」

「故人なのだろう?」

「ええ、それで現在の会島邸の管理者である清根さんは、その貝谷吾郎の息子の愛人で、三上浩乃の実の母親なんです」

「あ、ホントだ。書いてある。じゃあ三上浩乃さんって貝谷吾郎の孫娘なんだね」

 秋人は一気にまくし立て、運慶がのほほんとスクリーンを指差す。

「で、“サクヤヒメ”はもともと清根のものだったはずが、冬原廖庵の妻―冬原結花の手に渡っていたと」

「ただ……幸介君の話によると冬原夫婦と三上夫婦は懇意なんですよね」

 子ども同士も随分親しそうだった。浩乃の母である清根は結花を憎んでいたと思われるが、娘は違った。いや、どうだろう? 浩乃は結花に実の娘を預けていたのだから、その親しみは結花ではなく紫織に向けられていたのかもしれない。


「冬原結花さんの旧姓は七坊だね。由緒正しいお家柄だ」

 今度は冬原廖庵のデータに飛んで、運慶はふむ、と顎を撫ぜる。実家がよく許したもんだな、駆け出しの芸術家アーティストと結婚するなんてさ、ねえ快慶? 丁度お茶を淹れ、高い背を屈めてウロの前にも置いてくれた快慶に振り向く。

「そうだったの? 快慶さん」

「先生、誤解を与えるような言い方はやめて下さい」

 マリーの気が逸れたところで、秋人は冬原結花のデータに目を通した。何か引っ掛かる。鏡の中の清根が言っていた『娘を華族へ嫁がせるために』という下りだ。

「……結花さんのお母さんの旧姓は貝谷……?」

 清根と三上家のデータだけ見ていたら分からなかっただろう。貝谷吾郎は、娘を七坊に嫁がせていたのである。

「当時七坊は事業に失敗して苦しい状況、一方成り上がり者の貝谷吾郎は権威が欲しかったんだろう。利害の一致による政略結婚かねえ」

 クリックする運慶の指先を見ながら、秋人は頭をフル回転させた。娘を華族へ嫁にやったのが貝谷吾郎その当人であるなら、清根が慕っていた男性は息子ではなくその父親だったのだろうか。清根の手元にあった“サクヤヒメ“は、恐らく貝谷の娘の嫁入りに際して取り上げられて、七坊に贈られたのだろう。だから結花が持っていたのだ。それどころか清根は、貝谷吾郎の身辺整理のために、父親と不仲の息子に『下げ渡されて』しまった。


 秋人は低く呻いた。しかしまだ、絵画が入れ替わった謎が解けていない。

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