第48話 気配

 零れたプラチナ・ブランドを指であそびながら、マリーは横目でウロを見る。心配なら、そんな態度をしてみせなくってもいいのに、と秋人は内心肩を竦めるが、コーヒーを淹れたカップをマリーの前に置くと、ウロの隣りに座った。


 会島邸から慌てて帰ってくると、ホテルでウロが待っていた。不在にしていた間、幸介から連絡が有ったという。曰く、先に秋人に電話しようとしたが通じなかった。会島邸では携帯を放り出していたから仕方無い。その次に、ウロに掛かってきたのである。そういえば電話番号交換してたなあ、と思い出す。なんだか納得がいかない。いや、他人の交友関係に口出すような立場ではないのだけれど。

「管理人の居場所が分かったらしい」

 ソファに浅く腰掛けたウロは、テーブルに置かれたコーヒーから立ち上る湯気を目で追っているような、ぼんやりと俯いた面持ちでぼそぼそと話す。マリーは気に入らない、というように鼻をならした。

「警察から調査が上がってきたタイミングで、口裏合わせか」

 そして落ち着く間も無く、マリーが乗り込んできたのである。既に運慶から知らされていたのであろう、女性の姿で美しい眉を顰められると、畏ろしくて秋人は平伏したくなる。

「コースケが言うには、貝谷の別荘がゴアにあって、管理人の清根夫人はちょくちょく滞在しているみたいだ」

 マリーの不機嫌をものともしないウロは流石である。コースケ?ああ、三上幸介くんのことか、いつからそんなに親しくなったの、と秋人はまた思考が逸れそうになるが、踏みとどまる。

「それなら、身内からしてみれば、行方不明じゃないだろうね。ただ周りの人間に伝えて出かけなかったってことなのかな」

「行動が不可解だ」

「すみません、それでですね」

 マリーの噛み付きそうな言葉じりに戦々恐々としながら、秋人は先刻会島邸で運慶と見た光景について話した。マリーの眉間の皺が一層深まる。

「目的は」

「話の内容までは分からなかったんです。誰と話しているかも」

「インドまで行って絵を見ることはできない」

「……インド支部に頼めばいいだろう」

 マリーと秋人の言い訳じみた会話に、いつの間にかうっそりと顔を上げたウロが言う。マリーは大仰に溜め息を吐いた。

「何を取引条件にされるか分かったものじゃない」

「それはあんたに対してだけだ」

「インド支部? サザンクロス・ナイツにインド支部があるの?」

 ウロに向いて尋ねると、うん、と頷く。多分二番か三番目に大きな支部だけど、正確な所属人数が分からないんだ。強力な術士が多くいる。同じ光性の支部副長とマリーが凄く仲悪い。ウロの陰気な蛇足に、マリーは露骨に嫌な顔をした。

「とにかく、政府からの依頼なのだから、他国を介入させたくない」

 それは道理である。そもそも私企業が国の外交政策の頭ごなしに、大規模な資源開発を進めようとしたことが発端なのだ。しかし今度の問題は、絵の場所が分かっても、持って帰ってくることができない。清根が説得に応じるとは限らないし、既に他の人物の手に渡ってしまった可能性も大きい。

「清根さんと話ができるのは、恐らく浩乃さんだけでしょうねえ」

 秋人のぼやきに、マリーは目を細めて何か考えているようだった。ぬるくなったコーヒーを啜る。マリーは一見身につけるものも飲食するものも、愛好するものは全て高級品のような気位の高さを纏っているが、実際のところはかなり雑食である。秋人が淹れる出涸らしのお茶や、薄いコーヒーや、インスタント・ラーメンもよく食べる。味も重要だが、誰の手を経て、誰と一緒に食事するか、という方が大事だと思うね、ということらしい。


「……秋人、ウロ、明日は休みでいい」

 秋人は耳を疑い、飲み掛けのコーヒーで咽せそうになった。ウロも傍らで目を瞬かせている。

「こちらに来てからずっと動き回ってただろう、明日は休め。オーストラリアの労基法に引っかかる」

 国外にあるのなら、一日二日日程スケジュールが変わったところで、どうにもならないだろうし。マリーはいつもの調子が出てきたらしく煌々しい視線で微笑むが、秋人は一層陰鬱になった隣りの猫背を、なだめにかかった。

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