第19話 始まりの終わり
夕日に伸びた長い影を、秋人は辿っていく。検査入院も短期で済み、オーバリーの病院からモーテルに戻るため、ウロの後について歩いているのだ。薄暮のなかに佇むウロは、静かに燃えているようで、でもどこか、ひとりぼっちだ。『銀河鉄道の夜』でカムパネルラが言っていた、“さそりの火”みたいだな、と秋人は思う。
驟雨が過ぎると、虹が出た。デレクが窓を開ければ、清涼な雨後の風が吹き抜け、大きな虹が輝いた。
「爺さんと見たよなあ。一緒に散歩へいくと、いろいろ教えてくれて楽しかった」
ベッドの上で、イーソンが懐かしそうに言う。柔らかな視線は、小さい頃を思い出しているのかもしれない。デレクも腕を組んで仰いだまま、少し掠れた声で答える。
「作り話も多かったがな。“ムーンリバー”は虹の根元から掘り出したんだと、昔は信じていた」
「兄妹仲良くしていたら、虹の端っこを取ってきてくれる、とも言っていたぞ。それでジェニファが張り切って……」
兄弟はそこまで話すと、黙ってしまった。祖父は約束を守っていたのだった。“ムーンリバー”から削り出された三つは、兄妹に贈られるはずだったのだ。
「本当に美しいものを見つけ出す心も、また美しいのだと祖父は申しておりました」
“ムーンリバー“のペンダント・トップを受け取り、愛おしそうに見つめながらジェニファが呟いた。そうして美しい心は受け継がれていくのだと。いつの間にか、虹は消えていた。
「ウロ、シドニーに戻ってからも、また会える?」
ウロに駆け寄り、秋人は内緒話をするように尋ねた。うっそりと顔を上げ、青ざめた薄い唇が開きかかり、またへの字になってしまう。黄昏が映っているのか、真っ黒な瞳の底がちらちらと紅く揺らめいている。あの川べりで見た花みたいだな、と秋人は見惚れかかるが、どうやらウロはあまり機嫌がよくないらしい。
「もう会わない方がいい、術士になるつもりがないのなら」
オレが側にいたせいで、秋人の気が増幅してしまったのなら、あいつらに手を出される前に。そう言えば、錬金術士も煉丹方士も、石を介して雇い主を長寿にすることができるために狙われやすいのだ。鼠狼みたいな奴と、日頃からやり合わなければならないとしたら、と思い出して、秋人はぞっとした。鼠狼は“ナイツ”と自分たちは違うようなことを言っていたから、術士たちの間にもグループがあり、対立しているのかもしれない。現実が急に血生臭くなってきた。
「でも友人になりたいんだ」
我ながら情け無い声だな、と思いつつ、しぶとく言い募れば、ウロは火花が散るように瞠目した。
「あんな目に遭ったのに? それに知ってるだろ、オレの石は凶暴なんだ」
「ウロのせいじゃないだろ、助けてくれたのもウロだ」
「オレ役に立ってなかったろう?」
夕日のせいか、泣くのを我慢している子供の染まった頬でウロは言った。“ムーンリバー”を見つけたのはアキトだし、あの虹はアキトの水性とマリーの光性が、“ムーンリバー”の心象を映し出したものだ。オレはずっとそうなんだ、何の役にも立たない。
「……俺はさ、揉め事苦手だし、面倒は避けて生きてきたんだけど」
ウロの隣りに並び歩きながら、秋人は大分蒼く翳ってきた空を見上げて言う。
「ウロといると、なんていうか、気持ちがあたたかくなるんだ。それまでつまらなかったものが、楽しく見えてくる」
穏やかでも低調な日常が、毎日生きてるって面白いなあ、って思えてくる。
「俺、修煉するよ。ウロとマリーが教えてくれるんだろう?」
「気分で決めるなよ」
「他に特別やりたいことも目標も無かったから」
石と人間の関わりについて、もっと知りたいしね。俺、ウロが術を使うために灯す、あの牡丹色の気はとても綺麗だと思う。“ムーンリバー”に同調した時の、あの全能感と無力感が忘れられない。ウロが寂しく笑った気配がした。一つ二つと、東の果てから星が瞬き出す。
誓約を。我らは鉱心に仕え、忘却と愛惜を封じ、幾千の夜を超えるもの《the thousands cross nights》。
(第一章完結)
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