第10話キャプテン氏真爆誕



駿府の町の空気は悲喜こもごものありさまだった。

大敗を喫したとはいえ、義元のおっさんが無事であるからだ。

駿府城内にもそのような空気が溢れている。

俺は義元のおっさんとの打ち合わせ通りに氏真を探すことにして城内を見て回った。



――いた。


毬を蹴る音を頼りに進むと、男が蹴鞠に興じているのが見えた。

あれがおそらくは現当主の今川上総介氏真なのだろう。

俺は気配を殺して氏真に背後から近づくと、その玉を奪い取った。

「あっ」と声を上げる氏真の眼前で、リフティングを披露する。

氏真は怒声を発することも忘れて、俺が奪った玉の動きを見つめていた。


「すごい……」


感嘆を言葉に表した瞬間、氏真は我に返る。

すると玉を奪われた怒りが沸々とこみ上げてきて、氏真は俺から玉を奪い返そうと挑んできた。


「くっ、このっ!」


好きなことで虚仮にされたと思ったのだろうか、ムキになってがむしゃらに挑みかかってくる氏真の足さばきに力が入る。

氏真と俺は汗まみれとなってお互いに玉を奪い合ったが、どれほどの間、俺と氏真は密着していただろう。

足を削り合うような激しいプレイの連続で足がもつれ合った俺と氏真は絡み合うようにして地面へと倒れ込む。

荒い呼吸で胸を激しく胸を上下させて氏真は俺の隣に寝転がった。


「あぁ……、蹴鞠は面白いなぁ」


氏真が深い息を吐いて独り言ちる。

俺もその通りだと相槌を打つと氏真は深いため息をついた。


「戰がなければもっと色々とやれるのに……」


俺は氏真のつぶやきを聞いて「ほう?」と思う。


「たとえばどんなことだ?」


「まずは開墾だろ。それから治山で山に木を植えたい。

 あとはもっと色々な作物を植えて育てたり商いを盛んにして戰をせずともすむようにしたいな」


「……なるほど」


「なんだ? 俺とてただの蹴鞠狂いではないぞ。

 戰をしなくてもすむ世の中にするためには戰をせねばならぬのが我慢ならないだけだ」


こう言って氏真は憮然とした。

ならば、俺としてはこう言ってやろう。

これも信長の足を引っ張って天下布武の足止めとなるに違いない。


「実はな、氏真」


俺が呼びかける。


「ん?」


「南蛮にも蹴鞠があってな、俺が見せた技は南蛮伝来の蹴鞠の技よ」


「なんだと?! 南蛮にも蹴鞠があるのか!?」


身を乗り出した氏真は興奮のあまり俺の上で馬乗りになって問い掛ける。


「教えてくれ! 南蛮の蹴鞠とは一体どういうものなのだ!?」


上に乗った氏真は俺の両手を取ると、爛々と目を光らせて俺に詰め寄った。


「わかった。教えるから俺の上からどいてくれないか。身動きが取れん」


「あっ、これはすまない」


そう言って氏真は俺の上からどいて立ち上がると俺の手を取って引き上げる。

興奮のあまり鼻息が荒くなった氏真を見ていると、こいつも真性のサッカーバカなんだなとつくづく思った。



「……まぁ、ざっとやりかたを説明するとこういう風になる」


俺の説明を聞いた氏真は興奮冷めやらぬといった感じで、実にわくわくとした表情だが、その一方で氏真近習の小姓たちはどこか醒めた目をして俺達を見ていたのが気になる。


「まぁ、何はともあれまずは試合をやってみようか。

 わからないことがあればその都度聞いてくれ」


「おう」


返事を返してきたのは氏真一人だけだった。


「まぁ、とりあえず始めるか」


俺の合図で近習たちは俺の紅組と氏真の白組に分かれてゲームを開始する。

最初のうちは嫌々やっていた氏真の小姓たちも走り回ってボールを追いかけているうちに段々と夢中になってきていた。

戦術や駆け引きといったものを繰り広げているうちに、勝負事が持つ面白さに魅せられていく小姓たち。

体力の尽きるまで玉を追って追いかけ続けた氏真達は城の馬場に五体投地して火照った体の余韻を冷ます。


「どうだった。この南蛮式蹴鞠は?」


俺は小姓たちに問い掛ける。


「……思っていたのとはまるで違いました。これではまるで戰ですね」

小姓の言葉に氏真が頷いた。


「うむ。これは間違いなく戰だ。

 この南蛮式蹴鞠を我が家中に広めれば今川家は戦に強くなるだろう。 特に組のカピタンは試合中ずっと走りづめな上で組全体を見て指図を出さねばならぬところが気に入った。

 侍大将や組頭として使えるかどうかの見極めにもなる……」


そこまで云うと氏真は目を閉じた。沈思黙考の後に氏真は口を開く。


「これはおもしろい。おもしろいぞ。俺はいくさよりもこっちのいくさがやりたい」


「ほう。ならばこんなのはどうだろうか?

 四年に一度、日ノ本すべての大名家の代表を一堂に集めて南蛮式蹴鞠の天下杯をやろう。

 特に二十年に一度の大会は伊勢の遷宮のために、帝による天覧で行うんだ。

 そしてゆくゆくは南蛮の国々に乗り込んでいって蹴鞠での戦いをやろう。

 氏真、お前は大日本蹴鞠連盟の総裁としてそれを取り仕切れ」


俺の言葉に氏真は息を呑んだ。


「……とんでもない夢だ。 だが、見てみたい夢だ。

 蹴鞠の世界で天下に覇を唱える……か。本当になったらこれほど面白いこともない」


「いや、氏真。「なったら」ではなく「する」んだ。そのためには……」


「天下だな」


俺の言葉を氏真が継いで言う。


「――俺は天下は要らん。もしも取ったらお前にくれてやる。その上で俺は蹴鞠の世界で天下取りよ」


氏真は俺が口にした「天下」という言葉をあっさりと投げ捨てた。

そんな氏真に驚きつつもどういうことか真意を尋ねる。


「お前と玉の取り合いをしていてわかった。

 鞠は友達。その友達と友達なお前は言ってみれば兄弟。

 お前になら天下を預けて、鞠と遊んでいられそうだ」


こうして蹴鞠狂いが天下に目覚めた。


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