第3話浜名湖で今川軍残党と合流
夜明けとともに起きだして俺は朝食の準備を始めた。
浜に落ちていた海草を海の水で洗ってナイフで切り、鍋に入れて出汁を取る。
ぐつぐつと煮えてきたところで米と焼干しを入れて塩で味を調えた。
いい具合に粥が煮えあがった頃合いで、横になっていたおっさんが「ううむ」と目覚める。
「おお、目が覚めたか。おっさん」
俺はしゃもじをを上げておっさんに呼びかける。
ぼうっとしていたおっさんは俺の声でこちらに意識を振り向けた。
しばらくの間、合わなかった焦点を俺に合わせるとおっさんは板の間に頭を伏せて言う。
その言い回しを聞くに、現在がいくさ人の時代と思われた
「此度はお主に御蔭で九死に一生を得た。
お主は玄広恵探の遣いであろう。この通り、礼を言おう」
玄広恵探って誰だっけ……?
「ところでおっさんは誰?」
「おお。これは名乗らずに失礼いたした。
余は今川治部大輔源義元。
桶狭間でお主に命を救われた粗忽者よ」
自嘲気味におっさんが漏らす。
名乗られて名乗り返さないのは無礼というもの。
俺も名乗り返すことにした。
「俺は
「ほう。南蛮帰りとな?」
俺の自己紹介を聞いておっさんの目が光ったような気がする。
たぶん、俺の品定めをしているに違いない。
「左様。とはいえ、正しくは南蛮ではなく、南蛮のようなものだけどな」
まさか剣と魔法の有る中世ヨーロッパ風の異世界に召喚されてました……なんて云ってみたところでわからないだろうから適当に話を作る。
そんな会話をしながら義元のおっさんと飯を喰っていると、外から馬のいななきが聞こえた。
「フィリー」
俺が呼びかけるとニンフのフィリーが俺のシャツの中に飛び込んで来る。
それを見て義元のおっさんはびっくりとした表情を作っていた。
用心深く気配を探って小屋の外に出ると統率の取れた軍勢が小屋を前にして止まっていた。
後ろからついて来る義元のおっさんをかばいつつ軍勢と対峙する。
しばらく待っていると軍の後方から隊長格の騎馬武者がやってきて俺達の前に立った。
「殿っ!御無事でしたかあっ!!」
号泣しつつ駆け寄る騎馬武者からおっさんを庇うと、義元のおっさんは「必要ない」と云った。
「某、某は殿が織田方に討たれたものと思い居りました」
おっさんがおっさんにしがみついて号泣する。
これもまたブロマンスか……
「安心せよ。この者の御蔭で余は助かった」
その言葉を聞いて騎馬武者は、今度は俺に抱きついてきた。
「有り難うございますっ!!」
「……して無事に隊を纏め上げて戻ってこれたのはお主らだけか」
「左様に御座います。
蒲原氏徳殿、松井宗信殿はじめ主だった武将が幾人も討ち取られております」
「……そうか」
義元のおっさんは目を瞑って唸った。
「余が粗忽であったせいで、あたら多くの者が命を落とした。
これは余の咎であろう」
「そのようなことはありませぬ。
我ら家臣が信長の攻め筋を読めなかったからにございます」
「いや、これは余のせいよ。
じっとしていてもしょうがないから、しんみりとした二人に敢えて俺は声を掛けることにする。
「で、義元のおっさん。これからどうする」
「うむ。主だった諸将が討たれてしまった今となっては踵を返しての反攻は難しい。
元康は今頃は岡崎城に入って今川の下から抜ける算段をして居ろう。
松平が敵に回る前に前線の味方を撤収させねばならぬが……」
「じゃあ、それ、俺がやろうか?」
「安倍殿、やってくれるのか?」
目を閉じて思案していた義元のおっさんに俺が声をかけると望外のことのような顔で、おっさんは俺を見た。
「いいさ。乗り掛かった舟だ」
「一人で大丈夫か……?
と言いたいところだがお主なら成し遂げてくれるであろう。
よろしく頼む。と、しばし待たれよ」
云うなり義元のおっさんは
花押などと呼ばれるサインを書き上げると半紙に包んで渡してきたので俺はそれをアイテムボックスに入れた。
念のために俺は書状をアイテムボックスから何度も出し入れしてみせる。
乘連のおっさんは驚いていたが、流石に大将なだけはあって、義元のおっさんなどは「これなら盗まれることはないな」と頷いていた。
「では太郎どの。よろしく頼む。我らは曳馬城で待つと伝えてくりゃれ」
「おう。不沈空母、もとい大船に乗ったつもりで待っていてくれ」
去り行く義元のおっさんに別れを告げて、未だ抵抗を続ける最前線の今川方諸城へと俺は向かった。
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