第2話桶狭間で大暴れ
「いてっ」
視界が戻った時、あたりは雹が降る大荒れの天気だった。
「うぉおおおおおっ!!」
「きゃあっ」
いきなり俺の目の前に槍が突き出された。
俺のシャツの中にあわててフィリーが飛び込む。
足で穂先を蹴り上げると、俺は突き出された槍をがっと掴んでそのままスイングした。
「うわっ」
周りに居たやつらが吹っ飛ばされる。
少し隙間が出来たので、改めてあたりを見回すと俺は槍を持った男達に囲まれていた。
映画の撮影か何かなのだろうか、奇妙なことに日本の戦国時代の足軽みたいな格好の連中しかいない。
その中のうちの一人がずい、と前に出て何か言い出した。
「突然現れるとは怪しげなやつめ。俺が相手だ」
そう言い終わらないうちに槍を突き出してくる。
不意打ちのつもりだったのだろう、渾身の突きを放ってきた。
「ふっ」
慌てることなく俺は槍を掴み取ってそのまま真っ二つにへし折ってみせる。
「うぬぅ……」
槍を失った男が刀を抜いた。
この時、突然、俺は勇者としての実戦経験から「これが本物の合戦である」と悟る。
そして俺は足元に転がる死体から刺さった剣を抜いて構えた時、背中に温かい温もりが触れた。
背中越しにどこの誰とは知らぬおっさんの声が聞こえる。
その声は覚悟を決めた男の声だった。
「余も戦おう」
圧倒的多数の敵が喊声を上げて押し寄せる。
俺とおっさんは背中合わせになりながらそれをさばき続けた。
状況を観察するにおっさんの味方はみな討ち死にしていて、生き残ってるのはおっさんと飛び込みで割り込んだ俺の二人だけ。
仮に俺がおっさんを討ち取ったとしても、戦場心理を考えれば、周りの敵は俺に殺到するだろう。
こうなってはもう、見知らぬおっさんと共同戦線を組むしか外に道はない。
「ええい。まだか。かかれ、総がかりじゃ」
人波の向こうから叫び声が聞こえてくると、更に多くの敵勢が押し寄せてきた。
四半時以上も戦い続けて、俺も集中力が切れ始めてる。
そこでふと後ろを振り返ると、おっさんはあちこちに刀傷を受けて満身創痍となっていた。
「まずいな……」
舌打ちした俺は懐の中のフィリーに話しかけた。
「フィリー、魔法を撃てるか」
「いいけど、どれがいい?」
「爆裂魔法。それもどでかいやつを」
「いいの?」
心配そうに問いかえるフィリーに「仕方ないさ」と俺が微笑みかけると、フィリーは花の咲くような笑顔と共に俺の胸に吸い付いた。
「んんっ。太郎の、おいしい」
フィリーが胸から俺の魔力を吸い上げる。
みるみるうちに俺の右腕に文様が刻まれて回転をはじめた。
「
フィリーが俺の胸に向かってささやいた瞬間、周囲が爆発する。
爆風はあたりにあるすべてのものをなぎ倒して吹き飛ばした。
今、この瞬間に動いているものは俺達しかいない。
「さぁ、行くぞおっさん」
「……」
おっさんに声を掛けるもおっさんからの返事がない。
慌てて振り返るとおっさんはもう虫の息だった。
これはまずいと直感した俺はアイテムボックスからヒールポーションを取り出しておっさんの全身にぶっかける。
みるみるうちに傷が塞がって呼吸も安定してきたおっさんに俺は「ほっ」と安心の溜息をついた。
「太郎。早く!!」
フィリーの急かす声に押されて俺はおっさんを抱きかかえるとぬかるんだ地面を踏んでその場から逃げ出そうとする。
抱えやすいようにおっさんはお姫様抱っこの体勢だ。貴腐人が見たら大喜びの場面かもしれない。
一目散に逃げ出した俺達を見て武将が慌てて命令する。
「鉄砲隊、構え!!」
「フィリー、プロテクションを」
「わかったわ。太郎」
俺がフィリーに魔法を頼んだ次の瞬間、轟音と共に鉛玉が飛来した。
弾かれた鉛玉が地面にぼとりぼとりと落ちていく。
「うぉぉぉぉ」
息つく間もなく俺達の進路を塞ぐようにして敵が押し寄せた。
分厚い槍衾が前方にぎっしりと並んで行く手を遮る。
「どうする? 太郎」
フィリーの問い掛けに俺はちょっとばかり考える。
「ファイアーボールを連続で、感覚は十秒」
「わかった。吸っていい?」
「いい。吸……あんっ」
「んふっ。太郎って女の子みたいな鳴き方するよね」
「いいから撃って……くれ」
フィリーに吸われて頭の芯が甘く痺れてきた。
それを我慢して彼女に頼む。
「いいよ。それ、それ、それっ、ファイアーボール」
フィリーの掛け声とともに打ち出されたファイアーボールが敵の槍衾を崩していく。
燃え上がる敵陣を横目に俺達は一目散に駆け抜けた。
そのまま十里以上を駆け通しに駆ける。
逃げる俺達と同じ方向に移動している軍勢を見かけたけど、敵かどうかわからないのでそのまま追い越して逃げた。
魔力もかなり使ってフィリーに胸を吸われまくったから今日はもう戦いたくない。
追いすがる敵を避けて逃げ続けたらいつの間にか背後に西日が当たっていたことから察するに俺達は東走していたらしい。
行く手を海峡らしきものが遮るあたりまで来た時には夕陽の残照はほぼ消えかけていた。
手頃な小屋を探しておっさんを寝かせると俺は野営の準備を始める。
「いったい、いつの時代なんだ……」
アイテムボックスから取り出した火種から囲炉裏に火を移しながら俺はつぶやく。
沈んだような声音でフィリーが鳴いた。
「ごめん。たぶんわたしのせいだと思う。
わたしが太郎の魔法陣に飛び込んだりしたから送還魔法の時間軸と空間座標が狂ったんだ」
震えながら俺にしがみついてフィリーはごめんなさいと云った。
鼻にかかった声で静かに泣く。
「なに、いいってことよ。
見方を変えればフィリーの御蔭ともいえる」
「……え?」
怪訝そうな顔でフィリーが俺を見た。
「だって考えてもみてくれ。
世界がゾンビの呻き声に包まれるよりもはるか昔に来れたんだ。
うまくやればゾンビの発生自体を無かったことに出来るかもしれない。
だからこれはフィリーの御手柄だ。胸を張っていいぞ」
「そ……そう? えへへへっ。そうなんだぁ……えっへん」
フィリーは誇らしげに薄い胸を張る。
彼女を慰めるために半ば口から出まかせのように言った言葉だったが、改めて考えなおしてみると確かにそうかもしれないと思う。
そもそもゾンビ発生の第一原因はアメリカの大学で狂犬病ウィルスにインフルエンザ並の感染能力を持たせる実験にあった。
この実験を指導した大学の研究者チームの教授が「可能だからやってみた」と科学雑誌のインタビューで答えていたのはよく憶えている。
しかも最悪なことにこの実験株は何者かの手によって実験室から持ち去られ、それから約一年後、中国奥地でゾンビのパンデミックが始まった。
FBIの捜査によれば、盗まれたウィルスの背後には中国の影が見え隠れしていたという。
現在の中国とアメリカがこの世界に存在しなかったならゾンビによる終末は起きなかったかもしれない。
俺はこの線に賭けてみることにした。
「よしっ、やるか!」
俺は頬を両手で叩いて気合を入れた。
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