異世界勇者の信長いじめ~~お前、俺のこと嫌いだろ!?
上梓あき
第1話プロローグ
或る、うららかな春の日。ラビア王国の王都クスコは春の陽気に包まれていた。
玉座では着座したばかりのラビア王プリンセスⅠ世が俺達に言葉をかけている。
「勇者よ。やはり行ってしまうのか」
「はい。元々、そういう契約でしたので」
「そうか……」
王様、プリンセスⅠ世は心底残念そうだったが、それはそうだろう。
何しろ俺達勇者のチートスキルは彼ら王国政府にとっては使い勝手が極めていいものの、ほとんど脅威とはならない代物なのだから。
それというのも、魔王軍への勝利という赤子を産んだのは王国軍であり、俺達勇者の役回りはその産婆に過ぎなかったからだ。
そういうわけで十年来の御勤めを終えた俺達勇者は故郷への帰還という瞬間を迎えることになる。
無論、王国には残留を希望されたし、プリンセスⅠ世のプリンセスにも個人的に願われもしたけど俺の意志は変わらない。
「正直に言うと余は惜しい。
のう、勇者アベよ。お前の居た世界はゾンビで溢れかえって滅亡しておる。
そんな所へ戻って如何するのだ?」
安全な我が王国に残れ、という表情を顔に貼り付けつつもプリンセスⅠ世は口をつぐんだ。
「陛下の思し召しは大変有難いのですが、悲しいことに私は骨の髄まで日本人なのです。
最期は日本人として死にたい。
残念ですが、ここに居てはそれは叶いません。
そして故郷にはゾンビの襲撃に耐えて未だ生き残っている者が居るでしょう。
そんな彼らを見捨ててのうのうと生きていくことに私は耐えられません。
このラビア王国で学び、培った、勇者としての力を故郷の為に使わせていただきとう存じます」
俺の答えを聞いてプリンセスⅠ世は神妙な顔で問いを発する。
「このような問いかけを行うことを許して欲しい。勇者アベよ。
お主が助けようとする者の中には、お主にとっては「好きでもない人間」も居るだろう。
それでも、「同じ日本人である」というだけのことで助けようとするのか?」
このような言葉を口にするのも汚らわしいという表情のままで王様は口を閉じた。
「はい。それが愛国心というものに御座います。
好きでもない相手であっても同胞である限りは守ろうとする。
愛国心とはそういうもの。ゆえに愛国心ほど行い難いものは御座いますまい」
「ううむ……」
「そしてそれを行えない国民が作る国の軍隊が戦争に弱いのは当たり前。
何しろ、同胞であろうが死んでても良いという考え方なのですから」
謁見の間を沈黙が包み込んだ。
「戻ってみたら、生存者の中にそのような考え方の者が居るかもしれません。
ですが同胞として一度だけは救いの手を伸ばしてみたいのです」
これはユダヤ人的な考え方であるかもしれない。
ユダヤ人はナチス・ドイツの手によって、たった五年間で総人口の約半分がガス室に送られたという。
日本に置き換えるならば、五年間で六千万人もの日本人が進駐してきた外国軍隊によるホロコーストで犠牲になったようなもの。
民族抹殺の危機に追い込まれるまでは見えてこないものもある。
「そうか……決意は変わらんようだな。
だが、お主のような勇者と共に戦えたことを我らは誇らしく思う。
名残惜しいが望み通りにするがよい」
そう告げてプリンセスⅠ世はじめ王族一同は玉座を去って行った。
――陛下、勝手をお許し下さい。王国に召喚していただかねば、あの日、俺はゾンビに喰われてゾンビとなっていたでしょう。恩を仇で返してしまい申し訳ありません。
俺は去り行く陛下とそのプリンセスに心で詫びた。
そんな俺の肩に王国宰相のヴァジーナ・カパックが手を置く。
「では勇者様、こちらへ……」
宰相の後に続いて俺達勇者は地下の召喚の間へ向かった。
召喚の間へ入ると懐かしい風景が目に飛び込んで来る。召喚の間は半地下なので日当たりは悪くはない。
王室直属の魔導師達が送還魔法を唱える中、俺は魔法陣の上に乗った。
「お別れだ、フィリー」
「タロウ、行っちゃ嫌ぁ!」
もう一人の勇者、
彼が召喚された時は大騒ぎだったそうだ。
未知の毒物で死にかけの彼を助けるために国中の医師や聖職者が集められてキュアやヒールをかけまくってなんとか救命できたという。
もっとも、宰相のヴァジーナ・カパックに言わせれば「それはよくあること」だそうな……
言われてみれば俺もゾンビに噛まれてゾンビになりかけの所を召喚で助けられたわけだから何も言えない。
「よく考えてみてください。死にかけの者をこちらに召喚して命を助けるから、恨みを買わずに済むのではないのですか?
無理やりの召喚ではないので反抗されることもありませんし、奴隷化アイテムのような非効率的なことも不要になるというもの」
それが王国の方針だとヴァジーナ宰相が教えてくれた。
こういう方針に転換してから、王国と召喚勇者の関係は上手くいくようになったとも。
「なんでこんな簡単なことに私たちの先祖は気づかなかったんでしょうね?」
こう言って笑うヴァジーナ・カパックの笑顔がどこまでも黒かったのを俺は憶えている。
「なあ、
「ん、なんだい?」
「フィリーのやつは俺が消えたら元の森に帰してやってくれないか」
「いいとも。ボクは土地改良事業でもう少しこちらに居るから、フィリーたんのことは引き受けよう」
「いーやーだー!!こんなロリコンの妖精ヲタクと一緒にいーたーくーなーい!!」
いい笑顔で答える
なぜならこのおっさんはすごく女にモテるからだ。
召喚されて最初に引き合わされた時には、アキバに居そうなキモオタのおっさんだなと思ったけど、話してみたらやたらとインテリなくせに滅茶苦茶愛想がいい。
その上、言語能力に長けていて、英仏独語にスペイン、ポルトガル語どころかロシア語から中国、朝鮮語に果てはアラビア語やスワヒリ語まで読み書き会話ができるという異文化交流の怪物のような人だった。
何しろ、こっちに召喚されてからというもの、翻訳アイテムなしで会話ができたというのだから、お前はダニエルなジャクソンかと。
そういうわけでおっさんが女の子に囲まれているのを見た男どもが「なんでこんなさえないおっさんが……」と思ってしまったのは仕方がないだろう。
もっとも女目線で見ると「話しが面白くて頭の回転がいいのにかわいい」ということらしい。
そんなわけで「遊び人の
……特にちっちゃな女の子にはやたらとモテた。とにかく何でだか「安心する」んだそうな。
とはいえ、おっさんはロリコンじゃないのでフィリーを任せられる。
そんなことを考えていたら魔法陣の回転速度が上がって光り始めた。
XYZの三軸で回転する魔法陣の中心へと俺の身体が浮かび上がっていく。
俺はポケットの中にあるはずのダンジョンコアをもう一度確かめてみた。
これが俺の切り札だ。
ゾンビまみれの日本に戻ったらダンジョンを展開して避難所にする。
ダンジョンを拡張して避難民を次々と受け容れ、日本列島からゾンビを駆除して日本を復興させるんだ。
そう決意して俺は目を瞑った……のだが、鳥かごを蹴破ってフィリーが俺の胸に飛び込むのが目に入ったところで世界は暗転した。
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