第42話いざ駿河へ!



俺たちはラ・ドーフィネ号の面々と自己紹介をし合う。

ドーフィネ号のフランス人達はお市が妙に気になってしょうがないようだ。


「こいつは俺の従者のアンジェリカ。

 イングランドよりも遥か北にあるアルフヘイムの王女で騎士だ」


俺の説明にアントワーヌが胡散臭そうな顔をする。


「そんな名前の国なんて聞いたこともないわ!

 それにその耳は何よ?! 意味もなくやたらと長いじゃない!」


「こいつは耳長人、いわゆるところのエルフだからな」


「はあ!? そんなエルフなんて聞いたことないわよ!!」


どういうわけかアントワーヌという女の俺への当たりが厳しい。


「ふざけるのも好い加減にしなさいっ! 私は公爵令嬢なのよ!!」


「冗談だろ?

 公爵令嬢っていえば『わたくしは公爵令嬢ですのよ。おーっほほほほほ』っていうやつじゃん。

 お前はどう見ても悪役令嬢には見えないわ」


「無礼なっ! わたしはルイーズ・ド・モンモランシー! モンモランシー公爵家の娘よ!!」


「え? モンモランシー? ヴァリエールじゃないの?!」


「……一体、お前は何を言っているんだ?」


お市が額に手を当てて嘆息する。


「そうよ。アンジェリカ! もっと言ってやりなさい!!」


言語スキルを付けたせいで、いつの間にか仲良くなっていたお市とルイーズが二人がかりで責めてくる。

二人の関係は、公爵令嬢と守護又代の家格の違いからルイーズが上のようだ。


お市が「ルイーズお姉さま」なんて言うと

ルイーズが「なぁに? アンジェリカ?」と答えている。


そんな二人の囀(さえずり)りを躱(かわ)していると、俺に船長のオスカルが訊ねてきた。


「我々をポルトガル人に突き出さないのか?」


「え? なんで?」


俺は頓狂な声を上げる。


「我らをイエズス会に売れば取引材料になるだろう」


探るようにオスカル船長が問う。

なので俺もぶっちゃけることにした。


「いや、正直、こちらとしても新教徒と接触したかったんだわ。

 あいつらイエズス会とイベリア勢のやらかしが酷いんで、手を組むなら新教徒かなーって」


そう俺が言ったら、副長のアンドレアが目を見開いている。


「今回の件はそんなわけで渡りに船なのよ。

 ユグノー? 大歓迎。 Viva Française!」


俺は両手を広げて叫んだ!


「なぁに? あの人、またやってるわ」


「そうですわね。ルイーズお姉さま」


いつものお市とは違うお市を見て、俺は、女には女の世界があるんだなと思った。




そんな船上でのやりとりのあと、

ドーフィネ号のクルーを拿捕したポルトガル船八隻に送り込んで制圧した。

敵船の乗組員は全員無力化しておいたからなんとかなった。

スケルトンクルー(回航専門乗組員)として必要な分だけ叩き起こすと抵抗できないようにして作業をさせる。

乗船の際に南蛮人と誤解した日本人奴隷がパニックになりかけたが、俺が説明して事なきを得た。そんなことがあってから、琉球に向かったんだが、

ポルトガル船を拿捕して戻ってきた俺達を見て、朱儁(しゅしゅん)が驚いていた。

まぁ、それも仕方がないか。


到着した那覇港ではポルトガル船の来航ということでひと悶着があったが、俺達が拿捕したものだと知ってなんとか場を収めた。


「朱儁(しゅしゅん)殿、王一党の兵隊を集めてくれないか」


港に降り立った俺が朱儁(しゅしゅん)にこう言うとすぐに、港の倉庫街に駆けていく。

彼によれば王汝賢の出張所が那覇にあるらしく、すぐに人は集まった。

ポルトガル人捕虜を下船させるよう彼に頼み、捕虜を埠頭に下ろす。

奴隷として連れて行こうとしていた日本人に掛けていた鎖でポルトガル人は縛り付けてある。

捕虜を整列させると俺は彼らに話しかけた。


「お前達は俺の捕虜だ。俺の手下になりたい者は名乗り出ろ。給料ははずむ」


俺の言葉にざわつき出す捕虜たち。

その喧騒が静まるのを待って俺は続けた。


「それが嫌な者はこの場で俺の捕虜から解放する! どちらか好きな方を選べ!!」


この申し出に捕虜たちが互いを見合う。

ややあって、捕虜のグループは二つに分かれた。

はっきり言って、俺の手下になろうという者は少ない。

ほとんどが俺の捕虜から解放されることを望んだ。


「では、解放する」


そう言って、俺は捕虜を王汝賢側に引き渡した。

これに捕虜たちから抗議の声が上がる。


「だましたな!」


「何を言うか! 約束通り、俺の捕虜から解放したじゃないか!!」


引き立てられていく捕虜に向かって言い放つ俺。

お市は引きつった笑みを浮かべて俺を見ている。

ルイーズも「この詐欺師……」と。


とにかくそういうわけで俺は王汝賢側に捕虜と船内の物資を売り渡した。

船さえ手に入れればこちらのものだ。幸いにもフランスのユグノーとのコネも出来かけている。

ポルトガル人捕虜は明本土に連れて行って奴隷として売りさばくという朱儁(しゅしゅん)達と別れた俺達は駿河へ帰還することにした。


救出した日本人を元の場所に連れ帰るわけにはいかない。

理由を上げれば、キリスト教への改宗を拒んで大友宗麟に売り飛ばされた者達だからだ。

中には寺社の宮司や別当もいるという始末。呆れて物が言えない。

そんなわけで駿河行きを提案したのだが、全員が一も二もなく同意した。


ラ・ドーフィネ号を旗艦にした船団が那覇を出帆する。

本当の西岸に沿って北上して辺戸岬を回って太平洋に出るルートを指示したらルイーズが喰い付いてきた。


「この先に島なんて無いでしょ?」


「お前達の海図に無いルートを通るからちゃんと記録しておけよ。これは海のハイウェイだ」


「本当? 大丈夫かしら?」


「バスコだ蝦蟇だって探検しただろ? 大丈夫だ」


俺だって別に無茶を言いたいわけじゃない。

この船に天測航法の道具がそろっているから言っているだけだ。

後続の船にはランプの灯を絶やさぬよう言ってある。

外洋だから夜の海を三列三行の船団で航走するのも難しくはなかろう。

で、そうして向かい風も逆風もなんのその、黒潮に乗って走っていると富士山が見えてきた。

フランス人に俺は呼びかける。


「憶えておけ。あれが富士山だ。ここからでもよく見えるだろう?」


「確かに特徴のある山だな。これなら一度見れば忘れることはない」


「ここから北へ向かう。あの山を目指して進んでくれ」


俺の言葉に頷いたオスカル船長が舵輪を回す。

船が右へ傾くと左へ曲がり始めた。

他の船もこれに倣う。


やがて清水港が見えてきた。

今川水軍の軍船が港から出てくるも、帆に描かれた赤鳥紋を見て態度を変える。

赤鳥紋は二つ引き両と並ぶ今川家の家紋であるから、敵ではないと察したのだろう。

接岸すると、何故か氏真が待っていた。

疑問が頭に思い浮かぶ。


「決まってるだろ。こんなことをやらかすのはお前くらいしかいないからな!!」


俺の後ろでお市とお市から通訳を受けたルイーズが腕を組んで頷いていた。

とまぁ、そんなこんなで俺はフランスのユグノーという貴重な同盟者を得ることになる。

1561年の夏のことだった。


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