第43話氏真航海伯



「皆の者、面を上げよ」


静岡城の大広間で氏真の言葉と共に一同が顔を上げる。

ルイーズ達フランス人は慣れない正座を免除されて片膝立ちだ。

実は俺も床几に座っている。


「太郎より委細は聞いておる。災難であったな」


これには奴隷として連れていかれようとしていた者達に掛けた言葉だ。

続いて氏真はルイーズ達に顔を向ける。


「フランス国からの客人もよくぞ来られた」


代表してルイーズが謝辞を述べ、一行が頭を下げた。


「それにしても……切支丹に改宗せぬことを咎めて、国の百姓(おおみたから=ひゃくせい)を奴隷に売るとは許せん」


氏真が憤慨するとそれに合わせて俺や重臣が待ったをかける。


「ですが殿、ここ駿河から豊後までは遠すぎます。

 九州征伐など間違いなく、今は夢のまた夢。どうにもなりますまい」


「……されば、今出来ますことは今川、北条、武田、長尾の四家に触れを出して

 イエズス会なる者らの御領内での折伏を禁ずること位ではなかろうかと思いまする」


家臣からの諫言にじっと考え込んだ氏真が重々しく口を開く。


「まことにそうであるな。ではそうせよ」


これは氏真も含めて事前に協議しておいた小芝居である。

フランスから来たルイーズ一行から聞き取った情報も含めて、キリスト教の悪評が全国に広まっていく予定だ。

さらに、清水港にはフランス公使館が作られた。

そして初代フランス公使はなんとルイーズである。

これには理由があって、フランス王家に連なるモンモランシー公爵家の一族というものだ。

本人は「なんでわたしが公使なのよ! 私はれっきとした商人なのよ!!」と憤っていたから、多分、臨時公使ということになるのだろうが。


それで残るドーフィネ号の乗組員には、俺が今川水軍に譲渡したポルトガル船の航海訓練の教官をさせている。

燃えかけていた二隻はリバースエンジニアリングの為に船大工に引き渡したので残る六隻が今川艦隊に配属というわけだ。

艦名も新たに付け直して、水軍から海軍へと成長を遂げた今川海軍には、南太平洋~東太平洋の航路開拓任務が割り振られる。

ただ、それだけでは何の稼ぎにもならないから、残りのクルーには日本近海の域内交易に従事してもらって金を稼ぎたい。


フランス人の方はそれで良いとして、奴隷狩りに遭った日本人は駿河遠州で入植してもらうつもりだ。

この時代にはまだ開拓されていない土地が多いからそこに入ってもらう。

職人は今川家で雇用してゆくゆくはマニファクチュアを立ち上げたい。

残るはイエズス会対策だが……


「太郎。伴天連どものことだが」


「ん?」


「朝廷と幕府にあやつらの悪行を奏上しておきたいと思う」


「いいんじゃないか?

 今の幕府に取り締まる力があるとは思わんが、やらないよりはマシだろう。

 九州征伐など今の将軍家には無理だろうがな」


「そうだろうな……」


渋々ながらも氏真、納得せざるおえないようだ。


「そうなると恐らくは、九州の切支丹大名と反切支丹大名の間でいくさになるだろうな。

 結果、牢人も多く出るだろうから、使えそうなヤツは駿河に連れてきて雇えばいい」


「……では、先を読んで手を打っておくか」


氏真がさらさらと書状を書き上げる。



「それで話を戻すが、南へ向かうとしてその先はどうする?」


「南に行けば温かいのは分かるだろう」


俺の問いかけに氏真は「そうだな」と言う。


「南に行けばそれなりの大きさの島がいくつもあり、しかも琉球よりも温かい。

 そこでサトウキビを栽培して砂糖を作って今川家で売る」


「なるほど」


「それに、絶海の孤島だ。謀反者の流刑地としては最高じゃないか。

 切腹させるよりも島送りにしてサトウキビを作らせた方がよほどためになる。

 何しろ、南蛮船でないとたどり着けない大洋の向こうだ。

 ……それに、人命は大事にすべきだろう?」


「お前が言っていた、殺すな、というのはそういうことだったのか……」


「殺しちゃまずいだろ?

 謀反を起こしても更生の機会は与えるべきだ。

 赦免になるのが五十年後だとしても、な」


「ぶっ! 五十年後か。そりゃそうだろうな」


噴き出した氏真が同意する。


「それで島のおおよその位置だが……」


とりあえずヒントだけは与えておこう。

ポルトガル船から没収した地球儀を前にして、島々の凡その位置を教えることにする。

小笠原諸島、硫黄島に南鳥島、それと沖ノ鳥島は早急に保全活動に取り組むべきだな。

まだ島が大きいうちに侵食対策を施して全島を無事に保全する。

サンゴ礁の成長にストロンチウムは欠かせないからそれも精製すべきか。

それとミッドウェイ島も日本領として確保しておきたい。

ミッドウェイは日本とアメリカ本土のちょうど中間地点にあるから、ここを押さえればハワイ進出の道が開ける。


「そんなわけで南の琉球より南で生えてる作物の種や苗を買い集めておく必要がある」


「……それは堺の商人に頼むか。太郎、繋ぎを頼む」


「それはいいが……

 用事が済んだら、そのまま出かけたいんだがな」


「今度はどこだ?」


興味深そうに氏真が聞いてくる。


「ちょっとフランスへ行ってくる。

 ルイーズは臨時公使だから、正式な人員を送ってもらいたい。

 それと向こうでユグノーに接触してフランス商人が船団を送るように手配を頼もうと思っている」


そう俺が言うと氏真がこう切り出した。


「ならば、オレの金を使っても構わん。

 利が無ければ商売人は動かんから、こっちの品物を持っていくべきだ。

 お前のことゆえ、アイテムボックスとやらで運ぶのだろう?」


太っ腹なところを見せる氏真に礼を言って、俺は清水のフランス公使館に向かう。



「え? フランスでは何が売れているか、ですって?」


ルイーズに面会を申し込むと、手持無沙汰なのかすぐに現れた。


「だって、やることないじゃない。日本に居るのはドーフィネ号の人間だけだし」


そう言ってぼやくルイーズに話を持ち掛けたのだ。


「んー、何と言っても香辛料かしら?

 カタナとかいう武器も面白いかも? なんか手入れが大変そうだけど。

 あとは何だろう……、あ、あとは絵とかもいいんじゃないかな?」


「わかった。助かる」


「でもなんで、そんなことを聞くのよ?」


「これからフランスに行って正式な外交官派遣を頼みに行くんだよ。

 駿河にもっと商船も派遣してもらいたいしな」


「ちょっと! それ、早く言いなさいよ!!

 私も行くからね!!!」


ルイーズがいきなりそう言い出す。


「え? 公使館はどうするんだ?」


「そんなの休業よ! 休業!!

 どうせまだ誰もフランスからジャポンまで来てないんだから閉めたって問題無いでしょ!?」


呆れていると、更にルイーズはこうも言った。


「それに私も付いて行った方が話が早く回るんじゃないの?

 私を連れて行かない手はないわよ」


これでまた、お市との二人旅でちゃっちゃと片付ける筈だったのがひっくり返ってしまった。

お市は「ルイーズお姉さまと御一緒できるのですね」とか言って喜んでいるが。


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