第27話龍のお医者さん



「んじゃ、行ってくるわ」


「おう、頼むな」


見送りの氏真に声を掛けて俺は静岡を出た。

甲斐の黒駒が引く荷車を操る俺の横に護衛兼刺客のお市がぴったりと張り付いて歩いている。

がしゃがしゃと音を立てる白銀の西洋甲冑をお市は結局のところ上手く着こなしていた。

チラ見してみてもエルフの姫騎士のようで確かに似合っている。


そんな感慨を温めながら歩く道々、お市はずっと無表情で冷たいオーラを漂わせていたのだが、

俺はというとお市の全身から放たれる遠赤外線の熱を体で感じていた。

これは一体どういうことかというと、人体には遠赤外線などを感じ取る官能が備わっているということだったりする。


といっても、別に超能力や異能チートの類などではなくてただの一般的な人体の官能にすぎないのだが。

まぁ、クルマのヘッドライトが背中に当たると温かさを感じたりするといった種類の官能だから鍛えればそれなりに役には立つ。

そしてその官能がビンビンに知らせてくるのがお市の体から溢れ出る出る遠赤外線放射である。


お判りいただけただろうか?


隣を歩いている十代の美少女騎士が熱源なのだ。

はっきり言って暑苦しい。処暑の暑さであろうか。

少なくともインディアンサマーではない。



「よろしく頼む」


「へい」


大井川の手前で馬と荷車を番所に預けた。

川舟に荷を乗せて対岸に渡るとまた馬車に乗せ換える。

そうやって渡河を繰り返して進んでいるうちに段々面倒くさくなってきた。

日本の国土は、急峻な山脈とそれに伴う急流によって複数の平坦な可住地に分断されていることを嫌というほど痛感する。

道理で律令制が崩壊するしかないわけだ。

科学技術の発達が一定段階に達するまでは封建制の方が日本の国土には適合していたのは間違いない。


「航路を制する者は日本を制す。だな」


「えっ?」


俺の口から漏れ出た言葉になぜかお市が反応した。

信じられないという顔でお市が俺を見る。


……何だ? 一体何がある?


俺がそういった疑問と共にお市を注視すると、彼女はうつむいて何事かをつぶやき出した。


「どうしてこの男が兄上と同じことを……!」


思索に耽るあまり、俺より少し離れたお市から距離を取ると少しだけ涼しくなる。

解放感による溜息を洩らしつつお市を見るとアンジェリカと目が合った。

お市の顔には疑惑の色が浮かんでいる。



友野二郎兵衛の座の看板のお蔭で、遠江から三河尾張を通り抜けるのにさして手間はかからなかった。

三河を通る時、吉良家に寄り道して反松平を焚きつけたくらいなので特筆すべきことはべつに無い。

尾張にしたところで、エルフの姫騎士アンジェリークになってしまったお市に誰が気付くというのだろう?


そんなことで俺とお市は政治的な意味において、易々と長良川を越えた。

斎藤義龍が目当てだから俺は井ノ口の町へ一直線に向かう。

馬借に馬と荷車を引き渡すとアイテムボックスに荷をすべて放り込んだら正直、せいせいした。


「……もし、竹中様のお屋敷はどちらの方でございますか?」


通りすがりの人に道を訊きながら竹中半兵衛の屋敷を訪ねると、折良く半兵衛は城から戻ってきたばかりとのこと。

アポなしではあったけど、時間はあるとのことだったので、早速面会することになった。

時候の挨拶などを繰り返しつつ本題につなげる糸口を探る。


「我が殿は今川家の方が来たら是非にも会いたいとの仰せにございます」


会話の流れの中で半兵衛がそう披露したのを俺は見逃さなかった。


「それでしたなら、こちらとしても異存など有りよう筈もございません。

 我ら京へ向かう途上では御座いますが、よろしくお願い申し上げます」


要するに「旅の途中なんだからさっさと面会を済まさせてくれ」と言いたいわけだ。

それで斎藤義龍との面会の段取りを相談したのだが、流石は竹中半兵衛、自分の家の若手家臣団にサッカーを教え込んていたそうな。

なので自分と俺とで監督をして、義龍に練習試合を上覧していただこうという話になった。

メンバー招集の都合で試合は三日後の午後。

チームの調整は明日明後日でこなすということだ。

実質的には試合というよりも競技の展示と言った方が適切かもしれない。

同じ織田徳川の三張連合と敵対している大名家同士ということで感情的なしこりとかは無いし。



……というわけで試合展示はつつがなく終了した。

観戦していた斎藤義龍なんかは良いものが見れたと喜んでいたし、その嫡男の龍興なんかは自分もやりたいと目を輝かせてもいる。


「いや、実に面白い。これはいくさの調練にも使えるな」


試合後の宴席で斎藤義龍が興奮気味に話す。


「父上、わたくしもやりたいです」


龍興が熱に浮かされたようにその意望を口にした。


「このサッカーはいくさ場の勘を養うことにも繋がりますので家中で奨励することに意味はあるかと思いまする」


俺がそう告げると義龍は「うむ」と力強く頷いた。

その姿を見て俺は思う――果たしてこれは来年死ぬ人の姿だろうか?

どうにもその流れが想像できない。

だが、俺の勘が告げている……何かあると。


そこで俺は決断した。

無礼講であるとの義龍のお言葉に甘えてアイテムボックスから銀食器を取り出す。


「お近づきの印に我が今川家から斎藤義龍殿に贈り物が御座います」


「ほう。桶狭間で厄落としを果たした今川家よりの贈り物とな?

 いったい何であろうの?」


「はい、これで御座います」


桶狭間を厄落としと言い切る斎藤義龍の器量に驚きを憶えつつも、俺は物入から取り出した風を装い、銀の匙と箸が納められた木箱を、蓋を取ってご覧に入れた。


「……純銀の箸と匙に御座います。どうぞお収めを」


会食の席でこんなものを渡すのは不調法なのは間違いない。

しかし疑惑を抱いている俺は無礼講にかこつけて義龍に銀食器を贈った。

そうなると当然、義龍としては立場上、俺に贈られた銀の箸を使わざるおえない。


――そして義龍が銀の箸を汁椀に入れた時に変化は起こった。


「……なっ!!」


義龍が手にした箸先が黒く変色した。

それを見て俺は自分の汁椀を差し出して箸の根本側を漬け込むように言う。


すると当然、箸は変色しない。


「義龍殿、今一度、その銀の箸の根元を貴方様の汁椀に浸していただけますまいか?」


この一言ですぐに察した義龍が箸を汁椀に浸けると箸が黒く変色する。


「これは如何なることぞ!」


龍興が吼えた。


「落ち着け、龍興」


「ですが父上……」


そこで父子の会話を打ち切った義龍が俺に目を向ける。


「……安倍殿。安倍殿はこのことを知らせんがためにこの箸を手渡されたのですな」


そう言った時点で義龍はすべてを察したようであった。


「信長めに毒を盛られていたか……許せぬ」


低い声でつぶやいた龍興が拳を握る。

その様子にお市は驚愕の表情を湛えていた。

「まさか、そんな」とつぶやきながら。


当然、すぐさまに下手人の詮議が始まった。

城の調理場関係者と出入り業者はただちに身柄拘束の上、尋問。

この流れの中、数人の女中と料理人が逃亡を図った。


「逃げたぞ! 追え!!」


「くっ、ただのネズミではないな」


逃げ回る途中で武器を手にした女中とコックは刀をふるって血路を切り開こうとする。

岡目八目、傍観するに、かなりの手練れが揃っていると見受けられた。

なので、つっぱり棒を手にして俺も捕物に参加する。


「大人しく捕まれ」


俺の声に反応したネズミが逆手に持った直刀を一閃して、銀色の軌跡が一直線に描かれた。

それを俺が身体強化した右手で受け止めるとネズミは驚愕する。

掌底で喉元にアッパーを叩き込むと脳震盪で曲者は沈黙した。



「さて、お前たちの雇い主は誰だ?」


「……」


城の御白洲に引き出された曲者に斎藤義龍が訊ねる。

あらかじめ緊急招集を掛けられた重臣達も臨席の上でだ。

曲者は無言で黙し、何も語らない。。

拷問しても決して吐かないであろうことはその態度から読めた。


「ああ、別に言わなくてもいいぞ。

 命じたのは織田弾正忠家の信長に相違あるまい?

 一年がかりでの毒殺とはなんとも手が込んでおるのう……」


「うっ……」


義龍が推理を展開しだした途端、曲者どもは口から血を吹いて絶命する。


「……こいつら忍びだな」


「どうしてわかる?」


俺の独り言に義龍が反応したのでその理由を説明した。


「口の中に予め自決用の毒が仕込んであった。

 こういうことをやらかすのは忍び、忍者と相場が決まっている」


「ああ」とここで義龍がうめいた。


「我が家には忍びが居らん。そこに付け込まれたか……」


「されば伊賀者を雇ってはいかがでしょう?」


「伊賀者をか……」


ためらいながらも、俺の発言に義龍が飛びつく。

忍者の二大メジャーである伊賀と甲賀はまったく違う。

伊賀をブラック企業とすれば甲賀はホワイトと言っても良い。

「社員」という言葉で伊賀と甲賀を表現するならば、その違いはすぐに浮き彫りとなる。

同じ「社員」でも、甲賀のそれは結社における社員のことだ。


であるならば、結社における社員とは何か?


株式会社と呼ばれる結社において社員たる者の名は株主という。

世間一般において株式会社の「正社員」と呼ばれているのは、実は結社における社員のことではなかったりする。

ぶっちゃけてしまうと「正社員」というのは社会保障つきのただの雇われ従業員に過ぎない。


だから「正社員」が頑張ってどれだけ会社の営業成績を上げようとも、その利益は分配されるわけじゃなかったりする。

ゲームデザイナーが独立してオーナー経営者になりたがるのにはそういう裏があるという。

エルフ王国の騎士団に引き抜かれた女騎士の剣〇とか〇乃とかのひろゆきが独立を選択したのはそれがためだそうな。


そしてブラック企業だからこそ、伊賀は筋さえ通らなくても金次第で忍びを雇えるし、そんな集団だから「抜け忍には死を」という掟があるわけ。

……全員が株主で、足抜け引退は忍者本人の自由意志による甲賀とはエライ違い。


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